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第一章 鷺沼崇の場合
八 ◯鷺沼 崇【 1月10日 午後6時20分 】
しおりを挟むそう簡単に見つけることはできないだろう、心の中でそう決めつけていた。しかしなるほど、現実とは自分の予想の斜め上の世界をいくものである。改めてそう実感した。
想像よりも遥かに早く、柳瀬川を発見した。その場所は二十六階。エレベーターから降りたのが二十一階なので、そこから五つ上のフロアである。
危ないところだった。二十六階に到着し、外階段から建物内へ入るために扉を開けたところで、エレベーターホールから廊下へ歩いていく柳瀬川の後ろ姿を見つけた。あと数秒早く、このフロアに到着し扉を開けていれば、俺は奴と鉢合わせになっていた。
ごくり、とつばを飲み込む。何はともあれ、無事にここまでやって来ることができた。そして、ここからが本番だ。奴を殺すことができれば、俺の罪が公表されることはなく、晴れて億万長者だ。
(大丈夫、お前ならやれる。やれる、やれるぞ…)
そう自分に言い聞かせ、扉を開けて中へと入り込む。暖房がしっかりと効いた建物内、冷えた手足を温めながらも、足音が響かないよう柳瀬川から少し距離を置いた後方を歩く。
そこで俺はやっと、肝心なことに気がついた。そうだ。こうやって柳瀬川を尾行するのは良いが、どこで奴を殺すか何も考えていなかった。脅迫状に書かれた殺害の条件から、誰にも目撃されずに殺す必要がある。また、俺の痕跡を残すことなく。何も考えず、柳瀬川を見つけたから殺すというのは危険ではないだろうか。
待てよ。これまでの二十五階までどのフロアも、俺以外の第三者を見つけることはできなかった。この二十六階も同様の可能性は高い。
そうであれば。このまま奴を尾行しつつこのフロアを歩き回り、誰もいないことを完全に把握できた段階で、奴を殺せば良いのではないだろうか。そうすれば、条件にも当てはまる。
そして殺害に使用するのは拳銃、遠距離からでも狙える凶器だ。わざわざ奴に近寄る必要はなく、今のこの距離から撃てば良い。奴に弾丸が当たり、死んだことを確認し、ここから逃げ去る。これで俺が果たすべきノルマは達成である。
命を狙われていることなど露知らず、柳瀬川は自分の履いているズボンのポケットに手を入れ、猫背のままにふらふらと廊下を歩いている。その姿は、このホテルを守るために雇われた「警備員」という単語で言い表すことはできない程、頼りないものであった。
それから柳瀬川はのろのろフロア内を歩き回り、最終的にエレベーターホールに戻ってきた(俺は姿を見られぬよう、ホール前の廊下をまっすぐ進んだ突き当たりに身を潜めている)。やはりこの二十六階には俺と柳瀬川以外、誰もいないようであった。
柳瀬川はそのまま、エレベーターの上昇ボタンを押す。今が、その時か。俺はバッグに目を向け、中身を漁って拳銃を取り出し、撃鉄を親指で引いた。小さくカチッと音が鳴り、撃鉄が固定される。そのまま銃口を奴に向けた。しかし、拳銃を取り出していたその数秒のうちに、目の前の現状は大きく変わってしまった。
ぎいぃと接続部の軋む音がホールに響き、非常口の扉が開く。そして開いた扉の先から、俺が今、特に会いたくない人物が現れたのである。
檜山武臣。俺が殺した小林と同じ消費者金融コモレビで働く社員であり、現在金を借りている、まさにその者であった。
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