上 下
58 / 61
最終章 サンプル

しおりを挟む

 手始めに、彼女は永塚に言い聞かせた。
 夏の旅行で、絵美を襲うように。
 それには、セイムズのエネミーを使うように。
「どうしてセイムズを?」
「私の店に来た時に、永塚が言ってたことを思い出したの。セイムズは危険ドラッグを使って、良からぬことをしているって。自分がサークル部長と友人なんだって。使えると思ったわ」
 それから結衣は、詩音と直樹に『薬』を飲ませた。彼らには永塚を殺すように。永塚には、彼女達の言うことを聞くように命じた。

 あの男は、計画してた。
 来週の旅行で、絵美さんにその、乱暴しようって。

 そういえば、と雄吾は詩音の台詞を思い返した。その台詞には、違和感があった。。雄吾のように盗み聞きをしたわけでもなければ、一体どこからと。
 情報元…いや、永塚の計画は創作されたもので、詩音は製作者である結衣から、直接それを聞いただけだったのだ。雄吾は脱力しそうになった。

「実際に永塚が死んだのは、私の家よ」
「結衣の家?」
 結衣は片手を上げて、すぐに下げた。「ロフトからね。ぽいって、落としたの」

 鍵は、直樹が無理矢理ね。壊しちゃった。

 思えば部室棟で永塚を殺したというのも、おかしな話だった。。すぐに警備員が来るかもしれない、その状況で永塚を殺し、死体を運びだすなんて、リスクが高すぎるし、成功するとは思えない。
 しかし、鍵が壊れていたことは間違いなかった。つまり、彼らは鍵を壊しただけだった。詩音達が逮捕された時のために、結衣が作った物語。雄吾が詩音から聞いたそのストーリーに現実味を帯びさせるために。
「首の骨ってヤワなのよね。数メートル程度でも、折れて死んだわ」
「…永塚さんは頭が凹んでたと思うけど」
「あー。落ちた時、テーブルの角にね。当たりどころが悪かったみたい」
 直樹の家、バスルームで見た永塚の死体を思い出し、雄吾は若干、気分が悪くなった。
「でも、何であいつらを…」
「何でって?」
「永塚さんを殺せれば良かったんだろ。それなら、別に直樹や詩音、絵美さんも。三人を巻き込む必要は、無かったんじゃないのか」
 結衣はフフッと小さく笑う。
「なんだよ」
「必要があったの」
「えっ」
「あんたに好かれるためには、それがね」
 最初に言ったでしょと、結衣は仮面みたく張り付けた笑顔を、顔を青ざめた雄吾に向ける。「あいつを殺すためだけにこんな力を望んだ訳、無いでしょ」

 『薬』を飲ませて、雄吾が自分を好きになるようにする。それが彼女の、本当の望みだった。

 しかし天使との契約後、『薬』の力が不十分であることに彼女は気が付いた。時限的…つまりは効果が切れてしまえばそれまでであり、真に想い合った関係にはなれないのだ。
 結局は、雄吾から好意を持ってもらうように、仕向ける必要がある。『薬』は、そのためのツールに過ぎないことを知った。
「私、また、色々考えたの。そこで思いついた。永塚の口封じ、それが上手く使えるって」
「上手くって…」
「邪魔者の排除にね」
 雄吾が想いを寄せている、詩音。
 雄吾に想いを寄せている、絵美。
 彼が彼女達と話している様子を見るだけで、結衣は嫉妬の感情に駆られていた。それなのに、作り笑顔を浮かべなくてはいけない状況。本当に嫌だった。
「永塚を殺した罪を、詩音と絵美さん。あの二人に被ってもらおうってね」
「じゃあ、直樹は?」
「直樹?」
「今の話だと、あいつは関係無いだろ」
「まあ、確かに関係無いんだけど」
 結衣は少女のように、嬉々とした表情を浮かべる。「。それをあんたに話せば、どう?あんたが詩音に対して、諦めつくかなって思ったのよ。あの二人、付き合ってるって言われても違和感ないもの。お似合いっていうのかな」

 前々から思ってたんだ。二人、付き合っちゃえばいいのにって。

 カフェ「ひのき」で、詩音は雄吾と結衣に、そう言っただろうか。今の話のとおりであれば、結衣が『薬』を使って、彼女にそう話すように仕向けたのかもしれない。
 結衣は店に入った最初、スマートフォンを触っていた。その直後、詩音が来た。あれもまた、偶然では無かったのだ。
「だから、直樹にも共犯になってもらった。二人とはいえ、か弱い女二人ってのもね。大の男を殺して、運んで、なんて。全然現実的じゃないでしょ?」
 男手があったのであれば、実際にそれを行なったことによる、体力的な不自然さは無くなるかもしれない。
「そんなことで、直樹を」
「私にとってはそんなことじゃなかったのよ」ムッと雄吾を睨むも、その後顔を緩ませ、溜息をついた。「でもね。今考えると、彼を仲間に入れたのはミスだったかも」
「ミス?」
「うん。なんか私が天使から叶えてもらった『薬』の力ってね、相性があるみたいなのよ。なんていうんだろ、効き目の違いっていうのかな。効き辛い人もいれば、反対によく効く人もいるみたいでさ。
 詩音は後者で、直樹はその前者なの。私が『薬』を飲ませても、詩音達よりもすぐに効果が切れるのよね」
「効き目、か」
 そこで雄吾は、一つ心当たりがあった。
「結衣と群馬に行く前の直樹の言動も、そうだったのか」
「あれね」結衣は唇を尖らせた。「永塚を殺した後にね、あいつの携帯が見つからなくて。直樹が部室で見たって言うから、取りに行かせたの。その後すぐに、あんたが免許証を部室に忘れたって言ってたことを思い出して」
 結衣は慌てて、直樹をすぐに呼び戻した。
「私がいない時は詩音から直樹に『薬』を飲ますように、命令してたんだけど。部室には直樹だけしか向かわせてなかったから。鉢合わせたらどうしようって思ったの」
 彼女の予感は的中した。二人はそこで対峙した。
「聴いていた感じだと、そんな変なことは喋ってなかったけど。直樹、部室であんたを待ってたみたいだし、何かあったかもしれないって思って。その後、あんたから手紙の件を聞いて、やっぱりなって思ったわ」
「その時、あいつは結衣の名前を言わなかったな」
「私の名を漏らさないようには、一番きつく命じていたから。自首対策ね。でも、もしかするとあの時点で私はあんたにバレてたのかもね」
 聴いていた。やはり、彼は盗聴されていた。ただし詩音ではなく、結衣に。だから、彼は手紙を書いたのだ。『薬』の効果が切れ始め、朦朧とする自意識の中で。
 雄吾が部室を訪れることは、結衣達の会話から知っていたのかもしれない。雄吾にとって、直樹は一番の親友だった。彼にとっても、そうだったのだ。『たすけてくれ』。あれは、彼の最後のエスオーエスだったのだろうか。
 あの時、雄吾の頭の中では直樹が「永塚殺しに関わった一人」だった。彼が本気で助けを求めているだなんて、気付けるわけがなかった。
 とはいえ、自分の中でそう短絡的に考えていなければ、彼を助けることができたのかもしれない、そう考えると、歯痒かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

「学校でトイレは1日2回まで」という校則がある女子校の話

赤髪命
大衆娯楽
とある地方の私立女子校、御清水学園には、ある変わった校則があった。 「校内のトイレを使うには、毎朝各個人に2枚ずつ配られるコインを使用しなければならない」 そんな校則の中で生活する少女たちの、おしがまと助け合いの物語

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

周りの女子に自分のおしっこを転送できる能力を得たので女子のお漏らしを堪能しようと思います

赤髪命
大衆娯楽
中学二年生の杉本 翔は、ある日突然、女神と名乗る女性から、女子に自分のおしっこを転送する能力を貰った。 「これで女子のお漏らし見放題じゃねーか!」 果たして上手くいくのだろうか。 ※雑ですが許してください(笑)

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

交換殺人って難しい

流々(るる)
ミステリー
【第4回ホラー・ミステリー小説大賞 奨励賞】 ブラック上司、パワハラ、闇サイト。『犯人』は誰だ。 積もり積もったストレスのはけ口として訪れていた闇サイト。 そこで甘美な禁断の言葉を投げかけられる。 「交換殺人」 その四文字の魔的な魅力に抗えず、やがて……。 そして、届いた一通の封筒。そこから疑心の渦が巻き起こっていく。 最後に笑うのは? (全三十六話+序章・終章) ※言葉の暴力が表現されています。ご注意ください。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

処理中です...