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第五章 「成り代わり」の終わり

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 とにかく、永塚の死体は絵美の家に移されたということになる。
 詩音が口にする前に、その後の彼女達の動きを考えていたところで、雄吾は一つ気になることがあった。
「あのさ」
「うん?」
「詩音達は死体の処理に困ったわけだよな」
「そうよ。直樹や絵美さんの家、群馬に持ってったり、冷やしたりって、色々引っ掻きまわしたもの。死体に、私達の痕跡がないとも限らないじゃない」
 聞かずとも分かるでしょ、と言った表情。詩音の態度に、雄吾は更に違和感を覚えた。
「それなら、なんであんな小川に捨てたんだ」
 雄吾の疑問は至極当然だった。それだけ扱いに困るようなものを、適当とも思えるような場所に捨てるだなんて。
 それに、と。雄吾は三宅と榎本から聞いた話を思い返した。永塚の死体は発見時、裸だった。しかし、首にはストラップ付きのスマートフォン用のケースが付いていて、彼の学生証が入っていたというではないか。わざわざ死体の身元を警察に示すようなやり方。彼女達の意図からすれば、ズレているように思えた。
「なあ、どうして…」
「ちょっと待って」
 雄吾の声を遮り、詩音は両目を強く瞑った。それから小さな声でぼそぼそと、「それは。えっと、うん」何かしら悩むそぶりをする。眉をハの字にして、首を傾げた。
「確かにそうよね」
「え?」
 雄吾が聞き返すも、詩音は「私もそう思う」と、彼の言い分に同調する。
「詩音達がやったんじゃないっていうのか?」
「ううん。いや、なんていうのかな。私達が、あいつの死体をその、永塚の見つかった小川に捨てたのは確かよ。でも」そこで彼女は、自身の頭に手を当てた。「なんでって言われると、いまいち思い出せなくて」
 どういうことだろう。自分達が殺した死体を捨てた理由。それだけインパクトがある行いの意図を忘れることなんて、あるのだろうか。
「もう、良いじゃない」諦めたのか、詩音はこほんと咳払いをする。「私達、そこまでやったわ。それは確か。理由なんて、どうでもいい」
 詩音は空を見上げた。雄吾も自然と、同じように上を見た。夜空、星はあいも変わらず、純粋な程に瞬いている。煌びやかで、優美な景色。その下で、山本の死体と共に彼女の犯行内容を聞いているという、異様な状況だった。

「…昨日、警察にさ」
「うん」
「永塚さんをよく思っていなかった人、心当たりがなかったかって、聞かれた」
「ふぅん。誰を答えたのよ」
「セイムズの、春馬夕希斗」
「ああ、あの男」詩音も徐々に思い出してきたようだった。「一年の時の、食堂の?」
「昨日の夕方、お縄になったよ」
「捕まったってこと?なんで?」
 そこで雄吾は彼女に伝えた。絵美を襲う計画について、永塚だけではなく、彼らもまた関与していたことを。
「俺、あいつのもとに行ったんだ。それで、絵美さんの家で見つけた薬を見せて」
「薬…」
「エネミーだよ。危険ドラッグ」
「ああ、うん。そのことよね」
「春馬のいたサークル、それを売ってたらしいんだ。永塚さん、あいつらからそれをもらったんだって。絵美さんに、その、使おうとしたやつを」
 詩音の顔は、みるみるうちに紅潮していく。
「永塚だけじゃなく、あのサークルもそうだったの。本当に、クズばっか」
 どうやら詩音は、セイムズの実情については知らなかったようだ。雄吾は彼女の憤りには触れずに、「現行犯だってさ」と息を吐くように告げる。現行犯、彼女は繰り返し呟いた後で、「変ね」眉間に皺を寄せた。
「何が?」
「なんで、その薬を絵美さんが持っているの。だって、永塚はそれを来週の旅行で使おうとしたんでしょ。絵美さんの家に、それがあったのは変じゃない?」
「まあ、確かにそうだよな」
 詩音の問いはもっともだった。それにもかかわらず、平然と返す雄吾。そこで詩音は「まさか」と漏らした。
 雄吾は、こくりと肯く。
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