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第四章 見つかった死体
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しおりを挟む「はい、保存できました」
「え、もう?早くない?」
「これ、無料のクラウドサービスの中じゃ一番メジャーで、スペック高いって評判なんで。これでUSBとかが無くたって、どこでもデータを見れますよ」
「大学図書館のパソコンでも?」
「ええ」
へええと感激に目を輝かせる絵美。雄吾は目の前のノートパソコンに目を向ける。11.6インチ、色はピンク。台湾製のメジャーな型式で、ひっくり返せばタブレット端末としても使える、ツーインワンタイプのもの。
触ってみるとさくさく動く。見ると、メモリは16ギガもあった。文系大学生には、役不足と言える程。雄吾の持つ、標準スペックのノートパソコンからしてみれば、ひとまわりもふたまわりも高価な代物だった。
そういえば、大学側の用意したチラシに記載されていたものが、このようなものだった気がする。追々《おいおい》スペック不足で講義を受けられない学生が発生しないように、大学側はあえて高水準のものを買わせる節があると、新入生歓迎会の時、先輩が言っていた。彼女はそれを鵜呑みにして、購入したのだろう。
ぱたん。雄吾はパソコンの天板を畳み、椅子に座ったままくるりと反転し、絵美の方を向いた。彼女はベッドに腰掛けたまま、両方の掌を合わせて、にこにこと微笑んでいた。
「ありがとぉ。使い方もなんとなくだけどわかったし、これからかなり楽になるよ」
「お役に立てて何よりです。絵美さん飲み込み早かったし、慣れるのもすぐですよ」
「ほんと?うれしぃねぇ」
「そういえばスケジュールのデータ、どうです?」
「モーマンタイ、言うことないよん。さすがだねぇまったく」
何度も感謝され、気恥ずかしくなるも、他の学生達よりも少しばかり、パソコンに長けていて良かったと、少しだけ思った。
「さてと」絵美はすくっと立ち上がり、床に敷かれた絨毯の上、猫柄のクッションを指差した。「タッチー疲れたでしょ。少しそこ、座っててよ。とっておきのお菓子あげる」
「良いんですか?」
「なぁに、お礼も兼ねてね。この前お父さんから、高いやつ送ってもらったの。少し食べてみたら、びっくりするくらいめっちゃ美味しくって。なんか自分だけで食べるのももったいないし、タッチーにも食べてもらいたいの。…あ、辛いの苦手?」
「いける口です」
「そかそか。コチュジャン、結構入ってんのよね。ほらあたしのお父さん、本場で働いてるでしょ。そこのやつだから。少しピリッとするけど、めっちゃ美味しいよ?」
父は貿易関連の仕事をしていると、昨年末の飲み会で彼女が話していた。単身赴任で、韓国で働いているらしい。確かに、そこの土産であれば辛そうだ。雄吾の口内に、自然と唾が湧き出てきた。
「じゃあ、お言葉に甘えて良いですか」
「うん、ふふ。少しまっててね」
絵美は雄吾に手を振ると、部屋を出ていく。雄吾は自然と、彼女の後ろ姿を目で追った。白地の半袖シャツにベージュのショーパン。布地の無い部分に晒された、程よく肉付きの良い肢体。肩あたりで切り揃えた、青混じりの黒髪が、彼女が歩くたびに小刻みに揺れる。
意味もなく雄吾は首を振る。雑念を払うと、ふうと息をついた。それから咳払いをしてから、きょろきょろと室内中に視線を巡らせた。
彼女の自宅の間取りは1LDKである。玄関の先は廊下になっていて、真正面には物置用のクローゼットがある。玄関左手側には浴室、トイレがあり、右手側には広さ1:2程度で、二部屋存在する。うち玄関に近い側は、キッチンと食卓がある洋室、奥の部屋は寝室兼客室で、ベッドやパソコンデスクが置かれており、空いたスペースの床には、正方形で二畳程度の、ゴブラン模様の絨毯がひかれている。その上に置かれた、虹色のガラステーブルは、部屋の様相に合っていた。
ここに来た本当の目的は、旅行スケジュールのデータを渡すことでも、クラウドの使い方を絵美に伝授することでも無かった。永塚の死体があった痕跡を見つけること。そのために、雄吾はここに来たのだ。
無論『成り代わり』をすれば、もっと易く探せるだろう。しかしそれで仮に見つけることができたとしても、直樹の時と同様に、その後消されてしまう可能性もある。
群馬で結衣に成り代わったことで、今日はあと一回だけしか使えない。故に『成り代わり』は、もしものためにとっておくべきだと考えた。
立ち上がって、もう一度室内全体を見る。死体を隠せそうな場所は無い。が、痕跡はあるかもしれない。本棚、パソコンデスク、テレビやその下のテレビデッキの収納。何も無い。ベッドの下…も、もちろん何も置かれていない。
この部屋はシロ。
雄吾はそろりと、廊下に出た。抜き足差し足、耳をすますと、もう一つの洋室から、絵美の鼻歌が聞こえてくる。まだ大丈夫そうだ。
それにしてもすごい香りである。アロマ、コロン、何を使っているのか分からない。柑橘系かと思いきや、甘ったるい重めのものも混ざっている。鼻のにおいを感じ取る神経は、既に麻痺していた。女性の自宅はどこもこれほどまでの香りを放っているのだろうか。結衣と詩音の家も、そうなのだろうか。それともこれはひとえに、絵美の趣味なのだろうか。
げんなりとしつつ、ちらりと玄関から続く廊下真正面、物置用のクローゼットに目を向けた。訪問時から、ここは怪しい気がしていた。天井までのびる、雄吾の背丈以上の高さの扉。物は沢山入りそうである。
呼吸をゆっくり整え、雄吾はクローゼット縦二等分したあたりに備わった、金色の把手に手をかける。そうしてから、手前にそれを強く引っ張った。
と、思った。
「タッチー?」
途端、全身から冷や汗が滲み出た。背後から、声が聞こえた。ゆっくりと時計の秒針のように、カクカクと振り返る。
絵美が、キッチンと食卓のある洋室から、顔だけをこちらに出していた。
訝しげな眼差し。雄吾はそっと、あくまで自然な様子で、把手から両手を離す。それから、くるりと体を反転させた。
「何、やってんの」
「え、ああ、これは」しどろもどろになりながら、雄吾はかぶりを振った。「トイレに、行きたくて。そこでここかなって思って」
「トイレ、こっちよ?」
絵美は彼女の斜め前の扉を、こんこんと手の甲で軽く叩く。雄吾は頭を掻き、作り笑いを浮かべた。
「うっかりしてました。ははっ…」
「もう、借りる時は一言ね。一応ひとんちにいるんだから」
「すみません」
軽く頭を下げて、いそいそとトイレへと歩を進める。が、トイレのドアノブに手をかけようとしたところで、「なんてね」絵美がその腕をそっと掴んできた。
「ないよね」
「え?」
「そんなわけ、ないよね?」
「え…」
「嘘つき」
驚いて彼女の顔を見る。絵美はいつもの腑抜けた拍子ではなく、いつにも増して真剣…いや、無表情と表した方が正しいだろうか。目を見開き、雄吾をジィッと見る。彼の腕を掴む手には、いつの間にか力が入っていた。
「タッチー。なんでそこ、開けようとしたの?」
絵美は顎で、物置用のクローゼットを示す。
「いや、その…」
「そこに何があるか、知っているの?」
何があるかだって?
一体、そこに何がある?
絵美の態度から、それは明白だった。
「絵美さん…」
「話して。タッチー、君は今日何をしに、うちに来たの?」
彼女のその台詞で、ギブアップだと雄吾は感じた。
「絵美さん、ごめんなさい」
「え?」
眉根を寄せた彼女の顔を、しっかりと瞼の裏に焼き付けた後で、雄吾は目を瞑った。それから、左手の指と指を擦り合わせた。
パチンと音が鳴った次の瞬間、ジェットコースターに何度も乗った後のような浮遊感。視線の位置が、だるま落としのようにガクッと下がる。気づいた時には、目の前に倒れ込んだ自分の…立花雄吾の体があった。
両手を見た。小さく、指が細い。雄吾のものより、肌の色も薄い。グーパーグーパーと、二度ほど掌を開閉させた後で、雄吾は洗面所に行く。そうして、鏡で自分の姿を見た。
そこには先程まで対面していた絵美の姿が映っていた。
頭にずきんと、痛みが走る。こめかみに指を強く押しつけた後で、雄吾は安堵した。無事に『成り代わり』完了だ。こういう時のために、今日の分を余らせていて本当に良かった。
彼女に問い詰められたのは少し焦ったが、それはまた『成り代わり』を終えた後、適当に誤魔化せば良い。
とにかく、今は。
雄吾はまた、目の前のクローゼットに目をやる。絵美は自分がここを開けようとしたことに、不審な様子を呈した。恐らく、他人には見られたくないものが、ここにある。
人が来るから、すぐに片付けできないようなものは物置きに押し込む。それは誰もがやることだが、しかしさっきの彼女の様子は…
雄吾のお目当ての物が、この中にある可能性は高かった。
改めて、扉の把手に手をかける。
そこに何があるか、知っているの?
絵美の声。何があるか。それは、見れば分かることだ。雄吾は今度こそはしっかりと、手前に引く。扉はいとも容易く開いた。
途端、ごろっと落ちる何か。透明なビニールに入ったそれを見た瞬間、雄吾は頭が真っ白になった。
人の顔。顔だけ。体が無い。
つまりは切り落とされた、人の首。
見知った顔だった。
つい、数時間前に会ったばかりの男。
「やま、もと」
見開いた旧友の瞳が、雄吾を睨め付けていた。
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