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第三章 彼女の嘘

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 車を出た二人は、自動ドアを抜け、眩しい店内に足を踏み入れた。入口のところで、各々店内を見回す。
 誰もいない。駐車場のガラガラ具合。この時間でもコンビニに数人はいるだろうとい後おもちは、東京に住む者の感覚なのかもしれない。
「店員さんは?」
 結衣の言葉にレジを見る。誰もいないのは、客だけじゃ無く、従業員もそうだった。二つあるレジの横には誰も立っていない。彼らを迎え入れてくれたのは、入店時にセンサーで稼働する軽快な音のみ。
「どうしようか」
 雄吾はレジに身を乗り出した。そうして「すみません」と大声で叫ぶ。
 すると、レジ横扉の奥から男が飛び出してきた。マッシュルームカットの、ひょろっと背の高い若めの男だ。成都大の軽音サークルに、一人はこういうのがいるだろうと、雄吾はぼんやりと思った。
「すいませんすいません」
 男は頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべる。雄吾は男の胸についているネームプレートをちらっと見た。
「あれ、山本やまもと?」
 店員は訝しげな表情を雄吾に向けていたが、数秒もしないうちに「あっ」と大きな声を上げた。
「立花じゃん!お前なんでここにいんだよ」
「はは、どんな偶然だよ」
 店員…山本栄介やまもとえいすけは両手をレジにつき、顔を綻ばせた。
「雄吾の友達?」
 結衣は怪訝な表情で、雄吾の後ろに隠れるように山本を見る。
「悪い。こいつ、俺の高校時代の同級生」
「初めまして、山本です」
 快活良い声で、ニコニコとする山本。結衣は若干引き気味に、「初めまして」と呟く。当時から、彼は他人との距離感がやたらと近かった。初対面の結衣からしてみれば、彼の雰囲気に引いてしまうのも、無理はなかった。

 それから少しの間、雄吾は山本と二人で思い出話をしていた。結衣は気を使ってか、一人離れて、店内奥の方へと歩いて行った。
「まさかお前と会えるなんてな。今、何してんの?」
「プータロー。地元連中で飲んだり、遊んだり。こうやってバイトしたり」
 高校卒業時の記憶を辿れば、山本は大学に進学せず、地元の零細企業に就職をしたはずだった。しかし今、彼は彼自身話したとおりに生きて、ここにいるようだ。
 彼にもまた、雄吾が知らない、彼の人生があったのだろう。『成り代わり』で彼に成れば、その片鱗を少しでも感じることができるかもしれない…と思いつつも、雄吾はあえて、「そっか」と一言で返した。
「お前は東京の大学だっけ」
「うん」
「たった数年なのに、変わったなぁお前。何してんのここで…と」そこで山本は、店の奥で飲み物のショーウィンドウを眺めている結衣の背中に視線を飛ばした。「そっかデートか。あの子、彼女?」
「違う違う。結衣は同じサークルの友達」
「へえ、結衣ちゃんね。可愛い子じゃん」にやにやと、彼女から雄吾へと視線を移した。「彼女じゃないのに、こんな深夜に二人でここに来たって?いつからそんなプレイボーイになったんだい雄吾ちゃんは」
「色々あるんだよ」
「色々あるだけマシだわ。俺なんか女っ気皆無よ。何せ、こんなど田舎だろ。若い子なんてまあ、いないわけで。野郎ばっか歳食って、ぐだぐだ馬鹿やってって生活。なんも変わりなんてねーよ、まったく」
 己の人生に嘆く山本。しかしそんな卑下する己の人生の語り口は、ひどく流暢で、躊躇いがなかった。
 恐らく彼の気持ち的に、今の生活は気楽なのだ。変わりのない生活。ぶつくさ文句は言いつつも、このままで良い。心のどこかでそう思うことがあるのかもしれない。
 他人の人生を勝手に推測して、少し気分が下がった雄吾は、話題を変えることにした。
「いつもこうなのか」
「え?」
「この時間、お店に誰もいないの」
「まあな。この辺りさ、夜はお客さん全然来ないんだよ。だから品出しとか、決まった作業が終わったらレジに突っ立っててもしょうがないし、いつも裏で漫画読んでる」先程彼が出てきた扉の先を指差しつつ、山本はつらつらと喋る。
「でもそれだと、お客さんが物を買いたい時に困るんじゃ」
「そのためにベルがあるんだ」
 レジの上の脇には、レストランでよくみるような銀のベルが置いてあった。上から掌で押すと、チィンと金属音を立てる、あれである。ベルの前には張り紙が貼られており、「ご用の方はベルを鳴らしてください!」と黒のマジックで汚く書かれていた。
「ここ、そんな過疎ってんのな」
「そりゃもう。だから店員も俺一人、ワンオペ。おっといけね」彼は慌てて口を抑える。それからちらりと、雄吾を見た。「お前ら、強盗に来たわけじゃないよな」
「当たり前だろ」
 雄吾が呆れ顔で応えると、彼はまたニッと笑う。「ワンオペって、強盗からすると狙い目らしいからさ。あまり言っちゃいけないやつだったわ」
「なるほど。そういう危険もあり得るのか」
「まあな。でも、ワンオペだと誰に気を遣うこともないし、楽よ楽。店長達の家もここから歩いてすぐの所にあって、強盗とか来たらすぐに遠隔のアラームを押せって言われてる」
 レジ下にあるんだよと、山本は人差し指でレジ台をつつく。「それに強盗なんかが来ても、素直に金を渡せば、多分殺されることも無いだろ?俺、所詮バイトだしさ。むしろある意味体験談としてあいつら…ああすまん、地元の連中と飲む際に、話すネタにもなるし。
 それに夜間は給料も少し足されるんだよ。最近じゃ、深夜帯は俺メインさ」
 山本はあっけらかんとそう述べる。楽観的な考えはともかくとして、彼の言い分はあながち間違ってはいないと思えた。下手に正義感を出して、殺されたり怪我をさせられたりでもしたら。賠償等のやりとりで面倒なことになる。コンビニ側としても、それは避けたいだろう。

 ひとまず、雄吾は彼の話を整理する。
 この時間帯、山本は頻繁にバイトを入れているという。それは、雄吾達にとって好都合だった。
「山本、昨日も朝まで出勤してた?」
「もちろん。なにせ今日で夜勤五日連続ですからね」
 胸を張るだけのことなのだろうか、アルバイター山本は自慢げな表情で鼻を鳴らす。雄吾は唾を飲み込み、尋ねてみることにした。
「あのさ、昨日の午前三時ごろかな。その頃に客が来ただろ」
 雄吾が尋ねると、山本は黒目だけ上に向けて少し考えこんだが、すぐに「はいはい」と何度か肯いた。
「来た来た。覚えてるよ。二人な。なんかさ、沢山の氷をめいっぱい買ってったの」彼は大きな半円を描くように、両手を上から下まで下げる。「飲み物も一緒に買ってたし、冷やすためだったんかね。まあ、それでもあんなには要らねぇよな」
 袋に詰めるの大変だったんだよと、うんざりするような表情。雄吾は緊張した面持ちで、続けて訊いてみた。
「何か、聞かれたかって?」
 雄吾は肯く。「例えばだけど。道について聞かれたり…」
「ああ、そういえば」山本は掌にもう片手の拳の側面をポンッと当てた。「妙義山ってあんだろ。あれの登山道で、一番きついところはどこかだなんて」
「一番きつい、か」
 山本は険しい表情を浮かべる。
「俺、言ってやったの。妙義山ってどのルートもきつい、大変な山なんですよって。遭難や落下で死人も沢山出ているし、二人とも軽装だったし、やめた方がいいですって。
 そうしたら、今度は一番マシなルートは?って。俺の知る限りじゃ『石門めぐりルート』だろうと思ったから、そう答えた」
「石門めぐりルート?」
「ああ、お前もそこまでは知らないよな」
 山本はまるで宙に地図があるかのように、空中に人差し指を立てる。「ここから少し車で行ったところ、うねうね山道に入るんだけど。そこを進むと、中之獄神社なかのごくじんじゃってお寺が出てくるのよ」
 お寺と神社は全く異なるのだが、あえて言うまでもないため、雄吾は聞き役に徹する。
「そこから少し歩いたとこに、山道の入口があって。そこが、妙義山の登山道の一つ、石門めぐりルートって言われてる。妙義山道の中じゃ、それこそ一番マシな道だろうね」
「そこ、この時間でも入れたりするの?」
「え?分からんね。夜に行ったことは無いから」山本は肩をすくめた後、眉間に皺を寄せた。「でも、昔昼間に友達と行った記憶じゃ、初心者にはマジで厳しい道だよ。明かりもないし、死ぬかもしれない。いずれにせよ、今から行くもんじゃないってのは、確かだぞ」
 デートならもっと夜景が綺麗なところとか、沢山あるだろと、ぶつぶつ話す彼は、本気で雄吾達を心配しているように思えた。チャラチャラしてはいるが、根は優しい男なのだ。
 しかし、情報は手に入った。昨夜、直樹と詩音はここで雄吾達と同様に情報を得た。そうなると、彼らは、その後そこに向かったに違いない。
「教えてくれてありがとな」
 雄吾が礼を言うと、山本は「暇だから」と苦笑した。「てかなんでお前、そんなこと知ってんの?」
 好奇心を含んだ目で見てくる山本。雄吾は落ち着いて「実は」と話す。「俺の大学の同級生なんだけど、ここで落とし物をしたっぽくてさ」
「落とし物?どんな?」
「えっと、ピアスなんだけど」
 カフェ「ひのき」で誤魔化した結衣の言葉が咄嗟に浮かび、口にしたが、そもそもピアスってそんなに落ちるものなのだろうか。着けたことが無いだけに、不安になる雄吾だったが、
「ピアス?昨日か。ちょっと待てよ」
 眉をハの字にして、先程までいた従業員室へ入っていく彼を見て、その考えが杞憂だったことに内心ホッとする。
 すまないな山本。そんなものは無いんだよ。

 ピアスの落とし物は無かったという、当然の回答の後に、店の奥にいた結衣のもとに行き、今の話をする。彼女も「そこに行こう」とのことだった。
 次の目的地が決まったところで、教えてくれたお礼に何か、ということになり、二人とも好きなペットボトルを一つずつ購入する。まるで昨夜の直樹達のよう。もしかすると、彼らも同様の思いだったのかもしれないとも思えた。
 店を出るところで、雄吾は山本に呼び止められた。
「お前、昨日の子達と知り合いなの?」
「え?ええ、まあ」
 店の外で待っている結衣をちらりと見つつ、雄吾が答えると、山本はにんまりと笑う。
「良いなー」
「何が?」
「いやぁ。結衣ちゃんもそうだけど、昨日の二人も可愛い子達だったからさ。東京って可愛い子ばっかなんだな。ここ、さっき言ったとおりど田舎だから、若くて可愛い子なんて早々いねえからさ」
 可愛い子…詩音の顔を思い浮かべつつ、適当に相槌を打とうとしたところで、雄吾は山本の顔を二度見した。「今、なんて言った?」
「え?えーっと、こんなど田舎に可愛い子なんて」
「違う、その前その前」
 まるでコントのようだ。しかし雄吾はもう一度、聞かないわけにはいかなかった。今、この男はなんと言った?
 そんな焦る雄吾に少し気圧されつつも、山本は先程自分が声に出した台詞を、もう一度口にした。
「昨日の二人も可愛い子達だった。これで良いか?」
「可愛い子、達」雄吾は彼の真正面に立ち、両肩を掴む。「来店した客は、男と女の二人だったんじゃ?」
 しかし続く山本の答えは、雄吾の認識とはまるで異なっていた。

「来たのは女の子二人だったよ。男はいなかったけど」
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