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第二章 成り代わり

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 嵐が去ったかのような。
 数秒の間、食堂に静寂が訪れたが、すぐにいつもどおりの喧騒に戻った。
「俺は西城直樹。お前らと一緒、一年だよ。よろしくな」
 改めて皆で食堂の席に座るや否や、直樹は肌の色と正反対な程に白い歯を、彼らに見せた。かと思えば、大きく息を吐く。
「さっきはマジで驚いたぜ。腹減ったんで来てみたら、ドラマのワンシーンみたいなことになってんじゃん」
 先程の威圧感とはまるで異なる彼の雰囲気。雄吾は戸惑いつつも「さっきはありがとう」と素直に礼を言う。
 実際、彼がいなかったら自分は雰囲気イケメンに殴られていたのだと思う。そのまま詩音達も先輩方に連れられ、最悪の結果で終わっていたのかもしれない。
「ねね、二人って知り合いなの?」
 詩音の横に座っていた女子学生…詩織の学部の友人で、名前は柳沢結衣やなぎさわゆいというらしい。吊り目の彼女は、好奇心を含んだ声色で、直樹と雄吾を交互に見た。その度に、大きなピンクのシュシュでまとめ上げた、緩くカールしたポニーテールが揺れる。
「ああ」
「そうなのか?」彼の言葉に、雄吾が驚いた程である。「俺、西城のこと知らなかったけど」
「ひでえな。先週会ったじゃねえか」心外だともいわんばかりに、直樹は雄吾を睨む。
「先週?」
「ほら、スプリットの新歓」
「ストリップ?」
「その間違いはアウト」
「アウトって…」
「スプリットでしょ。テニサーの」
「え?あ!」
 結衣の言葉で、ようやく雄吾は思い出した。そういえば、そうだ。先週参加したテニスサークル「スプリットステップス」の新入生歓迎会。沢山成都大生がいる中で、雄吾は彼と少しだけ、会話をした気がした。
「名前、覚えていてくれたのか」
「同じ一年だし、つながりはあって損ないだろ」
「じゃあ、あたし達のことも?」結衣は詩音と自分に指を向ける。直樹は肯いた。「ただ、二人はどこで一緒だったかは忘れちまって。ただ、二人とも印象残ってて、顔と名前は覚えていたぜ」
「へえ。それって、可愛かったってこと?」
「言わせんなよお嬢ちゃん」
 詩音と結衣はふふふと笑う。これだけ人がいる中で、顔と名前が一致してなおかつ即興で助けに入るなんて。雄吾はこの男のポテンシャルに、心の中で嘆息する。
 それから直樹は「サークル決まってないんだろ?」と三人に聞いてきた。
「良ければ俺と一緒にYHクラブに入ろうぜ」
「YHクラブ?」
「さっきも言ってたね。西城君はそこにしたの?」
「直樹で良いよ。その方が慣れてっから」
 詩音にそう言いつつ、直樹は頭を掻いた。
「最初に新歓で参加したんだけどさ。さっきのヤリチン共と違って、気の良い人達ばかりだぜ。酒の強要もないし、上下関係も厳しくねえ。俺、一発でここ!って決めたわ」
 それならその後も別のサークルを見て回っていたのか。聞けば、「人脈を作るため」「他にも選択肢があるかもしれないから」だというが…
「うちの大学の新歓って、一年は金払わなくて良いだろ。遠慮なくタダ飯食えるのって今しかねえじゃん」
「一番の目的、それなんじゃないのか?」
 彼の返答に雄吾が呆れていると、結衣はくすくすと笑った。
「ねえ詩音、立花君。そこ、行ってみようよ。お墨付きのある場所の方が外れ無いって」
「おいおい柳沢さん、先輩方の前でそんな言い方したらあかんよ?俺か雄吾が殺される」
「なんで俺もなんだよ」
「ふふ。西城君って面白いね」
 にこにこと笑みを浮かべる詩音と結衣。雄吾は直樹の肩を強く叩いた。
「ほら、じゃあ。早く案内しろよ。そのワイエイチなんとやらってとこに」
 勇気を出して助けようとした自分は、正直力及ばずだった。それが、突然現れたこの男は、難なくこなしてしまった。それに関しては感謝しかないはずなのだが、同時に雄吾の中では、彼に対する嫉妬の感情が芽生えていた。
 直樹は自分と違い、人として魅力がある。そう、雄吾は感じていた。振り返れば、もしかすると、自分の中の焦燥感がそう思わせていただけなのかもしれない。
 ただ、それだけでは無かった。
 雄吾から見て、直樹と詩音の二人はお似合いだった。
 だからこそ、詩音達が興味を持ったYHクラブに雄吾も同行した。直樹と彼女との関係に進展がないかどうか、見張るという腹黒な目論見が、彼の中にはあったのだ。
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