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第一章 告白

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 成都大学せいとだいがく
 東京都、武蔵野むさしの市にあるその学校は、国内の私立大学の学力としては中間より少し下に位置し、学生数は七千程度。卒業先の就職先は公務員、零細から中小企業、一部は大手企業もある。言うなれば、平凡な大学である。
 詩音は、雄吾や直樹と同じ二回生で、サークル「YHクラブ」の同期でもあり、雄吾にしてみれば、大学生活で初めてできた友人でもあった。

 雄吾の実家は、群馬県の沼田市利根町ぬまたしとねまちにある。老神温泉おいがみおんせんという温泉街が有名で、皮膚炎や筋肉痛の改善等、効能豊かな温泉が湧き出す源泉が通った場所である。
 バブルの時代は歓楽街として栄えたようだが、時代は流れ、今では廃業した店が立ち並び、ひなびた温泉街となっている。進学と同時に上京した雄吾は、同じ日本といえど雰囲気がまるで異なる東京の街並みに、戦々恐々としたものだった。

 入学式は、大学敷地内の文化ホールで行われた。電車の乗り継ぎに慣れず、雄吾は開始ぎりぎりに到着した。
 ホール内では、既に数百名を超える生徒がざわめいていた。席は自由席だった。空いている席はステージに近い前列側。既に各所でグループが出来上がってきていて、自分の置かれた状況に、内心恥ずかしくなったことを覚えている。
「そこ、良いですか」
 席に座った後、緊張からか周りをきょろきょろと見回していた雄吾は、不意に声をかけられた。
 喧騒の中にもかかわらず、りぃんと鈴が鳴ったかのような、透き通った声。声がした方を向くと、そこには一人の女子生徒が立っていた。小麦粉を被ったかのような白い肌に、雄吾より少なくとも拳一つ分は無い、華奢な肩。肩甲骨辺りまで伸びている、長い黒髪をサイドテールにまとめ上げた彼女は、二重ながらも切れ長の目をしていた。
「空いてます?」
 返答せずに見惚みとれていた雄吾は、我にかえり慌てて何度か肯いた。彼女はくすりと笑いつつ、「座っていいですか」と再度雄吾に問うた。どうぞと、返す言葉が若干上擦ったことに、思わず顔が熱くなった。
 ありがとうございますと、心地よく響く鈴の音。彼女は雄吾の隣に座った。座ってから資料を取り出しつつ、「周りの人達、もう友達になっているんですね」と周りを見ながら言った。その声が、彼女から自分に向かってかけられたものだと理解するのに、雄吾は数秒要した。
「え、ええ。そうみたいですね」
 恥ずかしさを隠すため、雄吾も彼女同様に四方八方へと目を向ける。彼女はうんうん肯くと、「みんなコミュニケーション力、あるなあ。それか東京じゃ、友達と一緒に入学しているんですかね。私、生まれが田舎なもので、誰もここに知り合いがいないんです」そう言って肩をすくめた。
「あ、俺もそうですよ。上京組です」
 雄吾は彼女に顔を向けた。彼女は微笑む。まるで天使のよう。
「本当ですか」と、そんな天使は両掌を合わせた。
「奇遇ですね。ご出身、どこですか?」
「あ、その。群馬です」
「群馬!」雄吾は驚いて、少しだけ声を上げてしまった。「俺もそうなんですよ」
「え、そうなんですか。ちなみにどのあたりで?」
「ええと、老神温泉って分かりますか。その辺り出身です」
「もちろん知ってます!有名じゃないですか」
「光栄です、故郷を知っててもらえているなんて」
「私、両親と昔よく行きましたもん」
 自分のことを褒められた訳ではないが、何だか照れくさくなった雄吾は、「ちなみに、そちらは?」と聞き返してみた。
安中あんなか市です」
 安中市は群馬県の西側、長野県軽井沢町に隣接している。雄吾の沼田市からは若干の距離があった。
「分かります?」
「もちろん。俺、知り合いいますよ」
 昔馴染みの顔を浮かべながら、雄吾は答える。本当ですかと目を煌めかせ、彼女は強く肯いた。「びっくり。まさか上京したその先で、地元県民の人の隣に座るだなんて」
「俺もですよ。どんな確率ですか」
 ほんとですねとくすくす笑う彼女を見ながら、そんな彼女と数分前までは話すのに緊張していたことを雄吾は思い出した。出身地が近いと分かるだけで、ここまで打ち解けられるとは。上京し、慣れない土地で四年間。思っていた以上に心細かったのかもしれない。
 そんな雄吾に彼女は少しはにかむと、彼の方へ体を寄せた。それから少しだけ、声量を抑えて「このままだと私達、大学デビュー失敗組になっちゃいますよね」と囁く。彼女から漂ってくる爽やかな香りが、仄かに彼の鼻腔をくすぐる。
 彼女とのつながりを、このまま終わらせたくない。瞬時にそう思った雄吾は、そのままの勢いで「じゃあ、俺と友達になりません?」と彼女に言い放った。
 彼女は一瞬きょとんとするも、くすりと笑った。「こちらこそ、お願いできますか。同郷のよしみもありますし」
 彼女の快諾に、心中ガッツポーズをとった雄吾は自然と口の端を引き上げながらも「あっ」と頭を掻いた。「名前。教えてもらってもいいですか。俺、立花雄吾って言います」
 雄吾の言葉に、「うっかりしていましたね」と彼女は苦笑し、雄吾の瞳をしっかりと見つめた。
「桐谷詩音です。これから、仲良くしてくださいね」
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