歌を唄う死神の話

ちぇしゃ

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勇者の成り方

4話

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俺は原付を走らせながら喫茶店でのアルバイトに向かう。

熱風と柔らかい潮風が顔面を叩いていく。
近所の高校では運動部員がトラックを大きな掛け声を挙げながら
駆けている。
俺があの学校に通っていた頃は、帰宅部だった。
しかし、今更、青春の汗を流す後輩達を見ても羨ましいとかは大して思わない。
その代わりにアルバイトをしていたからな。


喫茶店。歌声喫茶でのアルバイト。
最初はそこいらの知り合いやらには「似合わない。」と
笑われたものだったけれど、
それも笑いつかれたのか、最近では噂にもならない。

俺は歌も唄えないし、楽器が出来るとか
そんな才があるわけでもない。
単純に募集していたところが、此処だけだっただけだ。

部活もせずに遊んでるだけなら、バイトでもしろ。
と親に言われて、そして俺は洗い場での仕事を任せられている。

「晴夏くん。これ持ってってくれる?5番の子にね。」
「うぃっす。」
俺は生返事をすると立って大袈裟に身振り手振りをし、
まるで大ベテランの歌手のように歌声を披露する着物姿の女の子を避けて
御盆の上に並々と注がれたウィンナーコーヒーを運ぶ。

「ウィンナーコーヒーお待ちどうさまです。」
「…………。」
返事は返されない。ただの女子高生のようだ。
「えっと…あの、ウィンナーコーヒー。」
「…………。」
「…………。」
俺はちょうど壁に掛けてあったオタマトーンを彼女の耳元で響かせた。
「…わ!?…あ、え?、す、すいません。」
「ウィンナーコーヒー。おまちです。」
「……あ、あり、がとうございます。」
そのおかっぱ頭の女子高生は鈴の鳴るような小さい声でたどたどしくお礼を言う。
彼女は他の客と一緒に唄う事もせず、
また配られた歌詞カードに目をやる事も曲リストに目をやる事もせず
ただただ持参したのだろう分厚い本を夢中で読みふけっていた。
何の本を読んでいるのだろう?
分厚い本の表紙には英語で表記されていて勉強のできない俺には
到底読めたものじゃなかった。
あんなに集中するんだ。きっと彼女にとってはとても楽しい物語なのだろう。



変わった奴だな。
と思いながら俺はまた厨房に戻っていった。




バイトを終えて俺はとっぷりと暗くなった夜の道を
原付で走る。
そして、俺は自宅近くの公園で一人遠くの海を眺める陽生を見かけた。

「純文学の主人公か何かか?」
「そんな大仰なもんじゃないよ。」
俺が話しかけると、少し驚きはしたがそれでも安心したように陽生は笑った。
「晴、バイト帰り?」
「バイト。」そう言うと俺は陽生の飲みかけていた缶コーヒーを奪い取る。

「……忙しくってさ。ボクから言い出したのに、ごめんね。」
「ああ…まぁ。バイトか?それとも勉強?」
ジキルが三人目を連れてきた。ということは言えなかった。
だから、別に普通に参加できる。という事も言わなかった。
気にするな。そんなセリフは俺のセリフじゃないだろう。と思ったのだ。

「……そんなとこ。」
「だけど、待ってるからな俺は。」
「ありがと。」
嘘をついたみたいで後ろめたかった。

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