29 / 33
勇者の成り方
4話
しおりを挟む俺は原付を走らせながら喫茶店でのアルバイトに向かう。
熱風と柔らかい潮風が顔面を叩いていく。
近所の高校では運動部員がトラックを大きな掛け声を挙げながら
駆けている。
俺があの学校に通っていた頃は、帰宅部だった。
しかし、今更、青春の汗を流す後輩達を見ても羨ましいとかは大して思わない。
その代わりにアルバイトをしていたからな。
喫茶店。歌声喫茶でのアルバイト。
最初はそこいらの知り合いやらには「似合わない。」と
笑われたものだったけれど、
それも笑いつかれたのか、最近では噂にもならない。
俺は歌も唄えないし、楽器が出来るとか
そんな才があるわけでもない。
単純に募集していたところが、此処だけだっただけだ。
部活もせずに遊んでるだけなら、バイトでもしろ。
と親に言われて、そして俺は洗い場での仕事を任せられている。
「晴夏くん。これ持ってってくれる?5番の子にね。」
「うぃっす。」
俺は生返事をすると立って大袈裟に身振り手振りをし、
まるで大ベテランの歌手のように歌声を披露する着物姿の女の子を避けて
御盆の上に並々と注がれたウィンナーコーヒーを運ぶ。
「ウィンナーコーヒーお待ちどうさまです。」
「…………。」
返事は返されない。ただの女子高生のようだ。
「えっと…あの、ウィンナーコーヒー。」
「…………。」
「…………。」
俺はちょうど壁に掛けてあったオタマトーンを彼女の耳元で響かせた。
「…わ!?…あ、え?、す、すいません。」
「ウィンナーコーヒー。おまちです。」
「……あ、あり、がとうございます。」
そのおかっぱ頭の女子高生は鈴の鳴るような小さい声でたどたどしくお礼を言う。
彼女は他の客と一緒に唄う事もせず、
また配られた歌詞カードに目をやる事も曲リストに目をやる事もせず
ただただ持参したのだろう分厚い本を夢中で読みふけっていた。
何の本を読んでいるのだろう?
分厚い本の表紙には英語で表記されていて勉強のできない俺には
到底読めたものじゃなかった。
あんなに集中するんだ。きっと彼女にとってはとても楽しい物語なのだろう。
変わった奴だな。
と思いながら俺はまた厨房に戻っていった。
バイトを終えて俺はとっぷりと暗くなった夜の道を
原付で走る。
そして、俺は自宅近くの公園で一人遠くの海を眺める陽生を見かけた。
「純文学の主人公か何かか?」
「そんな大仰なもんじゃないよ。」
俺が話しかけると、少し驚きはしたがそれでも安心したように陽生は笑った。
「晴、バイト帰り?」
「バイト。」そう言うと俺は陽生の飲みかけていた缶コーヒーを奪い取る。
「……忙しくってさ。ボクから言い出したのに、ごめんね。」
「ああ…まぁ。バイトか?それとも勉強?」
ジキルが三人目を連れてきた。ということは言えなかった。
だから、別に普通に参加できる。という事も言わなかった。
気にするな。そんなセリフは俺のセリフじゃないだろう。と思ったのだ。
「……そんなとこ。」
「だけど、待ってるからな俺は。」
「ありがと。」
嘘をついたみたいで後ろめたかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?
ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。
それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。
「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」
侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。
「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」
※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる