災い姫は暴君に溺愛される

芽巳櫻子

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一章

9話 パリディユス(7)

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 無意味な言葉を冒頭に付け足し、男から受けた指示を発するトリスティスの言葉の節々に、パリディユスは刺々しさを感じていた。
 既にこの場から去っている男はパリディユスに直接的な痛みや、生命を脅かすような言動で苦しめてくるが、いま目の前にいるトリスティスという男は、チクチクとした針のような言葉で心を傷つけてくる。

 パリディユスとはまた違った白い肌と、目の下の隈が、トリスティスの陰気な部分を目立たせており、表情が乏しいのも、見下ろされている彼女からしたら恐怖の対象だった。  

  
「えー、こちらの部屋は二階になっていますので、窓から逃げ出すことは出来ません。勿論、樹に飛び移って逃げるといったことも出来ないよう、窓にはデザイン格子を施しましたので何か道具を使用して壊さない限りは外れないようになっています。因みに、この部屋の出入口はこちらの外鍵専用の扉のみとなります」

 口を動かしながらも、壁一面に並ぶ三つの窓の中、一つの窓のカーテンだけを開き、わざわざパリディユスへと見せてくれたその先には、黒い格子に大小大きさの異なる薔薇を思わせる針金が付けられていた。
 指だけであれば隙間から抜けられそうだが、格子につけられている薔薇は緻密なデザインとなっているので、どんなに華奢なパリディユスの手首でも、格子から抜くことは叶わないだろう。

 例え、手首が抜けたとて、体や頭が抜けることなんてない。
 よほどの馬鹿でない限りはすぐにわかりそうなことであるが、トリスティスはやはりパリディユスを小馬鹿にしているようで「えー、運よく手首が抜けたとして頭や体は抜けませんので、挑戦しないようにしてください」と言った。

 ――流石にそんなこと考えるわけない!
 そう言い返したかったが、パリディユス以外の男三人の中で、彼らが陛下と呼ばれ慕われている男と、どこか同じ雰囲気を、彼女はトリスティスに感じたらしい。
 どこがとは、はっきりとせず、考えてみても言葉では形容しにくいようで、パリディユスは眉を寄せ、眉間に皺を作った。       

「全てのことがこの部屋で完結するように、小さいですが浴室もついています。もしも、大きい浴室をご希望でしたら、使用人を連れ大浴場でもご利用ください。えー……、部屋内をご希望でしたら、パリディユス様が陛下へ直談判するようお願いします」

 会釈をする程度、それぐらい軽く頭を下げたトリスティスは「えー、それとですね……」と、ドレッサーの鏡台に手を乗せ、隅に寄せられていた宝石箱を探り寄せた。

「一応、アクセサリーや宝石といった装飾品も用意させました。どれも陛下が飽きて放り投げてしまったような時代遅れのものばかりですが、現在のパリディユス様がどこか人前に出ることはないかと思いますので、それで十分でしょう。クローゼットにも何着かドレスやワンピース、ネグリジェ等を入れておきました」  

 トリスティスが開いた宝石箱には、煌びやかな宝石や、耳飾りやネックレスが綺麗に収納されていた。赤い宝石が多く、どこか禍々しさを感じさせるようなデザインの装飾品がパリディユスの淡い灰色の目を捉えて離さない。

 節のはっきりとした指が、開いたままの宝石箱から離れ、暗いブラウンのクローゼットを開いて「何か必要なものや、サイズが合わなければ明日やって来る使用人に声をかけるようにしてください」と言ってすぐに閉めた。 
        
「一応、えー、パリディユス様は既に地図上から名前が消えた国の王族ではありますので、コレクションといえど世話係という名の使用人を付けさせていただきます。人選はまだ行っている最中ですので、それまでは歴の長い女性使用人が交代で業務に就くことになっています。悪しからず」

 異論はあるか。
 そんな表情を浮かべているトリスティスの黒々とした目がパリディユスに向けられ、慌てて首を横に振れば、彼は「では私がすべき説明は終わりましたので、これで失礼いたします。邸宅で妻と子供が待っていますので」と、しきりに気にしていた青い宝石の付いたカフスを外し、スラックスのポケットへと入れ早々と扉のほうへと向かって行く。
 流れるような手つきでジャケットの胸ポケットから、別の色の宝石が埋め込まれたカフスを取り出し、慣れた手つきで付け替えていた。

 どうして二種類のカフスを持っているのだろう、そう思ったのはパリディユスだけだろうか?
 乗馬の際、カフスボタンをつけることがパリディユスもあったが、わざわざ付け替えたりはしなかった。しかし、その様子に疑問を持っているのはパリディユスだけのようで、近くで見ていただろうドゥルケとフィデスは何も言わなかった。
  
 随分と急いでいるのか、トリスティスはドゥルケやフィデスに何か挨拶や言葉をかけることなく、カフスをつけ終わると、その大きく厚みのある体を素早く動かし、大きな扉の外へと出て行ってしまった。

 バタン、と閉まった扉を見つめるのは彼女だけではなく、ドゥルケとフィデスも見つめている。
 目を丸くして驚いた表情で見つめているパリディユスとは違い、二人はあまり気にしていないような様子だった。


 パリディユスへ説明していた人物が退出したため、途端に部屋から音が消えたが、次に静寂を割いたのは、ドゥルケの口笛だ。 
 ピューっと、パリディユスの正面から吹かれたそれは、先ほど聞いたよりも大きく聞こえた。
 
「いやぁ、相変わらず、アルガ宰相の表情筋は仕事していませんね。フィデス書記官も表情がわかりにくい方ですけども、あの人はそれ以上っていうか」

 深い赤色の一人掛けソファにどかりと腰掛けたドゥルケは「あの人いつもあんな感じだから気にしない方がいいよ」と馴れ馴れしいような態度でパリディユスへ言葉を放った。
 未だ床に座り込んでいるパリディユスを他所に、長い足を組み、ツンツンと逆立った髪の後ろで指を組んで歯を出して笑うドゥルケと対称に、フィデスは壁にかけられている抽象的な絵画の角度を調整している。

 几帳面なのか、それともパリディユスと同じように何かこだわりがあるのか、フィデスは近くで確認して遠く離れて確認するといった行動を取っていた。 
   
「シーミウス卿も相変わらずお喋りが多く、何故貴方のような人が陛下に信頼されているのか理解に苦しみますね。あ、返事は要りませんよ、今集中しているので」  
「えぇー、そんなこと言わないでくださいよ。フィデス書記官も相変わらず神経質で辛辣で。なーんでこんな神経質なフィデス書記官が多くの者から信頼されてるのか、オレ、わかりかねますねー」

 罵り合うドゥルケとフィデスは、パリディユスの目の前であることを忘れているのだろう。
  
 「何を言いますか。シーミウス卿とは違い、このようにきちんとした性格で、なおかつ約束を守り誠実であるからこそ、商人の方々もこの僕を信用し、陛下の信頼も得ているのです」
「へー、でも、フィデス書記官って男にはモテるけど、女の人にはモテませんよね。それってそういうところが原因ですよ絶対」
「は!? それは今関係ないでしょう!? 僕はあなたと違って誠実なんです。女性と会っている時だってそれを守り、清く正しいお付き合いをするからこそ良いというものでしょう!?」

 顔を真っ赤にして、叫ぶように反論するフィデスの声が部屋に響く。
 それを見たドゥルケは腹を抱えて笑いながら、おちょくるように机すらも叩いていた。

  
 




 あれから数分間、冷静さを欠いたフィデスをドゥルケは笑い続けていた。
 この場所にパリディユスがいることを二人が思い出したのは、ヒーヒーと言いながら無理やり呼吸をして、ドゥルケが咳き込んだ時だった。

「あー……ごめんね。姫様がいること忘れちゃってました」
「い、いえ……」 
   
 ドゥルケの表情はあまり変化はなく、ただ眉を下げて申し訳なさそうに笑っていたが、フィデスはパリディユスがいる前だったことを思い出した瞬間に、大きく動揺し、曲がった眼鏡を震える手で直し、何も言わず早々と部屋から出て行ってしまう。

 かなり恥ずかしかったのか、出て行く瞬間に見えた彼の顔は、林檎のように真っ赤だった。
 やり過ぎた、という表情をしてその様子を見つめていたドゥルケは、一人掛けのソファから徐に立ち上がると、その後を追うようにして扉のほうへと向かう。  

「あー、フィデス書記官も出てっちゃったし、オレもそろそろ部屋を出ますね。明日から使用人が来ますけど、多分優しい人だと思うので!」
「は、はいっ」
「じゃ、また」   

 人懐っこい笑みを浮かべ、ドゥルケが出ていくと、扉が閉まった音の後からガチャンと鍵が掛かる大きな音が聞こえた。
 床に座ったままでいるパリディユスは、しばらくそのまま、その場から動かず、暗いブラウンの大火な扉をぼんやりと見つめていた。

 ――明日から、どうなるんだろう?
 そんな不安のせいか、それとも、やっと一人きりの時間ができたからか、鈍くなり消えかけていたはずの背中の痛みがぶり返して来る。

 パリディユスは痛む背中を手のひらで押さえ、また一周、室内を見渡した。


         
  
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