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一章
5話 ラルウァ(2)
しおりを挟むラルウァが指示した通り、伯爵はあれから三日後の今日――先ほど処刑された。
罪状は横領と窃盗補助――それに加えられた殺人罪での斬首形だった。
――地下牢にぶち込まれた後、フィデスが告発の件を伯爵に伝え、わざと牢の鍵を開けたまま後にすると、目論み通り牢から脱走し、伯爵は妻を手にかけた。
その報告をフィデスから受けた際「騙されるとは、よほど己の企てた計画に自信があったらしいな」と使用人の目が多い廊下だったにも関わらず、大きく笑ってしまったのが記憶に新しい。
馬の手綱を片手に、特注の黒い鎧のバイザーを上げ、口元だけ笑みを浮かべているラルウァの視線が向いているのは、清掃が始められている処刑台だった。
「人間、三日であれほどまでにやつれるとは」
フィデス曰く、牢屋にいた伯爵に伝えた際、わかりやすく殺気立っていたらしい。
自身を追い込んだ人間を、どうにか排除したくてたまらなかったのだろう。伯爵はフィデスから聞いたその足で、夫人を殺害するために、なんの計画も無しに実邸に戻ったそうだ。
城の地下で拘束されているはずの伯爵が、邸宅内に現れたことで慌てふためいていた夫人を、真正面から切り裂いた。本日の朝刊にも載っていた事件だ。
『脱獄したウォルター・ケラスス伯爵、妻であるシア・ケラスス夫人を惨殺! 動機は逮捕へと至った夫人への逆恨みか!?』
至る所にばら撒かれた記事は、どの新聞社も同じことを綴っていた。
だが、伯爵の悪事がラルウァに気付かれてしまったのは、夫人の告発が原因というわけではなく、また別のルートでの発覚したことだ。
告発自体は、本当だ。
ただ、告発した人物は不明。――子供が書いたような文字で、ラルウァ宛に手紙が届いたのが、ことの発端だった。
内容は『ケラスス伯爵の横領、並びに宝物庫内部の窃盗補助について』の書き出しから、犯行の発端から証拠までが詳しく書かれていた。
子供に書かせたか、あるいは聞き手とは反対の手で書いたのか。
「まぁ、それらしい人物はいないようだ」
首が飛んだ遺体も回収され、見せしめのために城下の中心部に存在する広場を貸切、仮設的な処刑台は解体されつつあった。
同時に進められていた清掃も、大方終えられている。野次馬としていた民衆も、閑散としていた。
告発人が来れば、盗まれたガラクタに何か魅力があったのか聞けたが……。
このまま留まっていても、特に収穫はなさそうだ。
ラルウァは赤いマントを靡かせるようにして、軍馬に跨り、バイザーを下ろした。
* * *
処刑場を後にしたラルウァは、アビッソ宛の手紙にあった場所へと進軍させた数十万の兵を追うようにして馬を走らせた。
――キュクヌス帝国より、南に位置する小国ウルペースには、不幸を振り撒くとされている姫がいる。『災い姫』とも呼ばれる姫は、死んだ人間のように青白い肌と、白い毛が特徴であり、人を震え上がらせるほど美しい顔立ちをしているらしい。
その姫は、過去に様々な人間を不幸に貶めたそうだ。
産みの親である王妃の精神を狂わせ、乳母に数人の使用人、そして心優しい異母兄すらも不幸にし、酷い時には死人が出た。
姫の周囲にいる人間が、無差別に不幸になることはなく、不幸に陥る人間には、共通点があった。
それは決まって、姫に危害を加えた者。
言葉で傷付けた乳母は、食べた料理に毒草が入っていたらしく、声を失った。
姫の宝石を盗んだ使用人は、強盗に襲われ、恐怖心から部屋に閉じこもりきり。
そして、姫の食事に『虫』を入れた使用人は、帰宅途中の無数の虫に体を食いちぎられ死んだらしい。
もし、その姫を手に入れることが出来たなら、利用の仕方次第で、世界を手中に収めることすら出来るだろう――
その手紙を読んだ瞬間、手に入れたいと思ってしまった。
世界を手中に収められるという言葉にも惹かれたが、それ以上に、人に不幸を――しかも死を呼ぶような災いをもたらすという存在に、興味を持った。
物珍しいものが好きな、自分のコレクションにしたいとすら思った。
キュクヌス帝国より南に位置するウルペース国とは、サブルム国を小さく挟んでいるのもあり、国同士が関わっていることなどなく、接点がないに等しい国だった。
だからだろう、そういった話が今までラルウァの元にやってこなかったのは。
ただ、治安が安定していて、のどかな場所。そして気候が安定しているからか自然が美しいとして、旅行で訪れる貴族が多い国でもあった。
すでに向かわせている兵には、国を落とすように指示をしてある。
もし、王が投降し、姫を差し出すならば従属国として名は残したっていいだろう。しかし、そうでなければ、燃やして更地になっているはずだ。
地図で直線に測った道を、足の速い馬を走らせれば、一日足らずで国境には辿り着く。
ラルウァは道とは言いにくい森を抜け、ウルペース国を目指した。
* * *
「戦況は?」
馬を降り、数万の兵の後方で指示を出していたキュクヌス帝国の騎士団長――フェッルムに声をかけた。
サレット兜を小脇に抱え、勢いよく振り返り頭を下げたフェッルムは「お待ちしておりました!」と一言、一般兵であろう若い騎士指示を出し、持たせていた地図をラルウァの前に広げさせる。
「投降する様子がないので、兵力に物を言わせて攻めています。現在、城門前でウルペース国の騎士と戦闘中で、もうすぐ突破できるかと。陛下のご指示通り、周囲の木々を燃やし、逃げ場も断たせています」
地図を指差しながら、戦況を説明したフェッルムは「ウルペースの騎士は実力はあれどかなり人数が少ないので、先頭での指示は各部隊長に任せております」と、威圧的な顔を緩め、歯を出して笑っていた。
「なら、そのまま任せる。私は城内に入り、コレクションを取りに行く。馬車はいつ頃来る予定だ?」
「あと数分後に到着予定となっています」
「到着したら、ここで待たせておけ。投降しないようであれば、王族はその場で首を刎ねろ」
「かしこまりました!」
* * *
ラルウァが辿り着いた頃には、城門は突破され、城内の至る所にキュクヌスの兵が立っていた。
「ご報告を申し上げます! 城内ですが、一通り確認しました。西側の塔に王族が集まっております。ただ、東側の一部屋だけ、鍵が掛かっていて入れない部屋がありました」
「髪も白い娘は西側にいるか?」
「いえ、その報告はあがっておりません!」
「私は鍵がかかっている部屋へ行く」
「では、ご案内致します!」
兵の報告を聞き、先導する兵の後ろを着き、ラルウァはまだ火の手が少ない東側の塔へと向かっていく。
「東側の塔ですが、部屋は、その鍵がかかっている一部屋しかありませんでした」
先導する兵の言う通り、長い廊下の先に扉が一つ。二階がある様子もなく、まるで離れのような構造だ。
ラルウァは扉を前に、予備動作もなく蹴り出した。一度だけではひしゃげるだけで、壊れることはなく、二、三度蹴ったところで扉は壊れて開く。
ゆっくりと、木の破片を踏みながら中へと入れば、そこには金色一色。
そして、カーテンの側に、まるで差し色のように白い人影があった。
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