災い姫は暴君に溺愛される

芽巳櫻子

文字の大きさ
上 下
1 / 12

終幕

しおりを挟む


 パリディユスは、最愛であるラルウァの腕に抱かれ、静かに涙を流していた。
 
 数分前。
 鬼気迫るラルウァが引き連れてきた騎士団は、目の前に広がる光景に、未だ困惑している様子だった。彼らの足元には、短剣が刺さった状態で事切れている男が、無惨な姿で転がっている。濁りきった目を大きく開いて、広がり続けている血溜まりの中で仰向けになっているそれから、目を逸らす人さえいた。
 パリディユスの乱れた服装や、白魚のようなか細い手が鮮血に汚されていることから、彼女がこの惨状を作り上げたことに変わりない。だが、この惨状とパリディユスの繋がりが見出せないでいる騎士団員達は戸惑い続けていた。
  
「お前は、悪くない。悪くない」

 言い聞かせるように繰り返すラルウァは、彼女の頭を撫でた。
 この場所で、唯一冷静だったのはラルウァだろう。室内の状況もひと目見ただけで理解し、血まみれになっている男の傍らで泣いていた彼女へと駆け寄ったのだから。
 パリディユスは汚れた手でマントを握り締め、縋り付くようにして冷たく硬い鎧に頬を押し付けていた。
 首を横に振り、薄桃色の唇を噛んで。乾き始めている血が、マントを汚すことはなかったが、無数の皺を作った。

 二人だけ切り離された世界を、騎士たちの隙間から見たユリアは、眉間に皺を寄せ口元を震える手で覆っていた。嫌悪、とも受け取れる表情だったのだろう。ユリアの表情を見た騎士は目を丸くさせ、そして事切れてしまっている男へと視線を移すと、これでもかと睨んだ。

「……お労しい」

 ユリアの呟きは、暗闇に消えていく。
 その言葉を耳にした騎士だけが、ユリアの呟きの意味を理解しているようだった。

 この日、一人の男が死んだ。
 ひどく美しい女の手によって、一人の男の命が奪われた。これが、パラディユスの正当防衛と言えるのかは、定かではない。
 しかし、彼女をきつく抱き締めるラルウァがそれを突き通せば、まかり通るだろう。
  
 ここは、そういう国なのだ。 
 今日、ここで誰かは恨み、誰かは悲しみ、誰かは歓喜した。
   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...