スワップマリッジ

ふくちろ

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6.

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「日菜さん?ごめん、今日も帰れない。戸締まりしっかりして、姉貴の所泊まってね。うん、俺は大丈夫。ありがと。」


数日前、とある容疑者から押収したPCから、大きな組織からのメールが発見された。
それから芋づる式に組織幹部に繋がり、近日ガサ入れ予定。
ともなると多忙を極める。2日前から署内に泊まり込みだ。
喫煙所で電話を切ると後ろから声をかけられる。


「お疲れ様です。警部補。」

「本嶋さん、お疲れ様です。」


振り返ると、さっぱりとしたスポーツ刈りにあご髭をたくわえ、俺より背が低いのに(と言っても180cm近くはあるか…)存在感抜群のオーラと体格を備えた男が立っていた。
今回の件は急遽、犯罪組織対策課との合同捜査になった。
本嶋さんは件の組織の担当であり、俺が警察官になりたての頃にお世話になった人だ。


「嫁さんですかぁ?警部補。」

「……そうですよ。巡査部長。」


警察はバリバリの縦社会。年齢よりも階級が物を言う組織でこの人は能力がある癖に巡査部長に留まっている。
新人育成の為にとか、責任職は向いてないとか、色々言ってるが結局は現場が好きなんだろう。
あと、自分より出世した後輩いじりを楽しんでる。


「いいですねー美人な姉さん女房。早く帰りたいでしょう?」

「ったく…会う度にその絡みやめて下さいよ。」

「ははっ悪いな。お前は嫁さんの話でしか面白い反応してくれねぇからな。」


俺の横で煙草に火を付ける。
たっぷり吸い込んでから、懐からスマホを出す。
ちらりと見えた待ち受けは中学生の娘さんと小型犬のツーショット。見た目裏切りすぎだろ。


「わりぃな。」

「何がです?」

「今回お前らにかなり無理させてるだろ…。」

「本嶋さんの無茶振りなんていつもの事でしょ。みんな馴れてますよ。」

「ははっそうか。じゃあまだ無茶言えるなぁ?」

「まだあるんですか?」

「んな露骨に嫌そうな顔すんなよ。いじめたくなるだろ。」


そう言って、今度はボロボロの手帳から一枚のメモを渡された。
アルファベットで書かれた単語と、その下に数字とアルファベットの羅列があった。


「今回の件と何か関係してるはずなんだ。調べてくれ。」

「へぇ、面白そうですね。」

「頼んだぞ。」


早速取り掛かるべくデスクへ急ぐ。
この単語は英語ではなさそうだ。何かの暗号か、このランダムな数字とアルファベットの並びからは色々な考え方が出来る。情報を絞るのは難しい。
いや、そもそも意味なんてない場合も十分にあり得る。

ここ数日の疲労で散漫しかけている集中力をかき集める。
ふと、見慣れた金髪が視界に飛び込む。


「柚流?」

「あ、つーく…っと、翼くん。」


柚流はチラリと隣に居た女性を見て、咄嗟に言い直す。
確かに職場での「つーくん」呼びは色々とまずい。うん。


「ご案内ありがとうございました。お忙しい中すみません。」


外面モード全開で女性に挨拶をしてから駆け寄ってくる。


「どうした?」

「さっき日菜ちゃんから連絡きてさ、俺帰る途中だったからついでにちょっと顔見に。」


近くの空いてる小会議室を見つけて入る。


「悪いな、わざわざ。日菜さんの事頼んだ、って言わなくても姉貴が勝手にするか。」

「あーちゃんが、もう翼は帰って来なくてもいい。ってひーちゃん抱き締めながら言ってたよ。」

「くっそうぜぇ。」

「こら、職場でしょ。」

「別に聞かれてねぇからいいんだよ。お前だってあだ名出てるぞ。」

「あ、」


しまった。と言うように口に手を当てる。
その手を取って軽く引き寄せる。


「久しぶりの柚流だ。」

「ん?つーくん結構参ってる?」

「俺も今自覚した。本嶋さんまじ鬼。」

「本嶋さんって、あのグリズリーみたいな人?」

「みたいってかグリズリーだよあれは。」


柚流の肩に顔を埋め、肺いっぱいに匂いを吸い込む。
煙草なんかよりよっぽど落ち着く。

柚流があやす様に俺の背中を叩く。


「何か必要な物ある?」

「んー大丈夫。あ、せっかくだから洗濯物だけ持ってって。」

「はーい。着替えあるの?」

「前に置いてた予備がある。明日の午後には一回帰る予定だから。」

「明日はひーちゃんお仕事の日だからね?」

「あー…マジか。曜日感覚狂ってんな。柚流は?大学?」

「明日は午前の一コマだけだから、午後には帰ってるよ。」

「ん、おけ。じゃあ、帰る前連絡するからうち居て。」

「かしこまりましたー。」

「………ふぅ、よし。落ち着いた。さんきゅ。」

「ん!よし、頑張れつーくん!」

「おぅ。荷物持ってくるから待ってて。」


仮眠室の俺の巣と化してる一角から洗濯物をまとめてある袋を持って戻る。
その途中また本嶋さんに会った。


「本嶋さん、さっきの解析はまだなんですけど、多分場所だと思うんですけど目ぼしい店のリストとかありますか?」

「おう、早いな。後で送っとく。」

「お願いします。」


先ほどまで纏まらなかった考えが、だんだんと形になっていく。
ランダムに見えた数字とアルファベットの羅列も意味のある物に見えてくる。
あと少し、確信がほしい。


「柚流、お待たせ。これ、頼む。」

「うん。じゃあ明日だね。」

「うん。気をつけて帰れよ。」

「つーくんこそ気をつけて!」

「はいはい。ありがと。」


大事な捜査が、たった一人の男の会瀬によって進捗するなんて誰も思わないだろうな。
不純とか現金とかなんと言われようが、このたった数分の会瀬で国の平和を護るんだからいいじゃねぇか。

ふと、本嶋さんのスマホの待ち受けを思い出して、みんな同じようなもんか、と少し笑えた。


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