スワップマリッジ

ふくちろ

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5.

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「飛鳥ちゃん。ちょっと休憩したら?」


急にかけられた声にビクリとする。
平日の昼間、今日は柚くんは大学に出ていて日菜が休みだから家に来ていた。


「あぁ、すまん。ボーッとしてた。」

「筆が進んでませんよ?天ヶ瀬先生?」

「あーうん。どうしたもんか迷ってる所があってな。」

「飛鳥ちゃんにしては珍しいね。いつもはネタさえ決まれば一気に書き上げちゃうのに。」

「たまには、迷うさ。」


日菜が淹れたコーヒーを飲む。
ブラックかと思ったら砂糖が入っていて驚く。


「んぐっ」

「嘘つきには罰が当たります。」

「嘘つき?」

「小説の事じゃないでしょ?」


真っ直ぐな目で見られて、少し怯む。
この目には弱い。そうだ、日菜に隠し事なんて出来ないんだ。


「昨日母から連絡があってね。父と週末来るそうだ。」


私は父が苦手だ。
真面目を絵に描いたような人で、いつも厳格で誠実な姿勢は尊敬している。
しかしそんな父だからこそ、自分を卑下してしまう。

小説家になりたいと話した時も、日菜との交際を告げた時も、翼達と4人で交換結婚の旨を伝えた時でさえ
「そうか」
と一言発しただけだった。

非難をされるなら反抗も出来るが、肯定でも否定でもない一言に私はどうしたらいいのかわからなくなる。


「昔から仕事で家を空けがちだったから、いまだに父との距離がわからないんだ。」

「私も、初めて飛鳥ちゃんの家でお義父さんにお会いした時は緊張したなぁ。」

「あの人は小学生相手にも笑顔を見せないからな。翼の仏頂面は父に似たんだ。」

「ふふっ、でも感情がない訳じゃないじゃない。私と翼くんの結婚式では泣いてたし。」

「泣いてたか?」

「飛鳥ちゃんからは見えなかったかもしれないけど、うるうるしてた。」

「それは見たかったな。」


日菜のご両親には交換結婚の事は言っていない。だから普通に夫婦として結婚式も行ったのだ。

ちなみに柚くんのご両親はというと、
「なんて素敵な計画なんだ!」
と称賛の嵐だった。世の中色々な考えの人がいるものだ、と改めて感じた。


「私は飛鳥ちゃんのご両親にはとっても感謝してるよ。翼くんの提案とはいえ、私の都合で普通じゃない結婚を許してくれて。子供だって…できないのに…。」


俯く日菜の頭をそっと撫でる。


「だから、ね。お義父さんは言葉にはしないけど応援してくれてるよ。じゃなかったら、飛鳥ちゃんの本全部買ってたり、オランダ語の勉強したり、いつも家にいらっしゃる時に私の好きなお菓子買ってきてくれたり、しないって。」

「………全部初耳なんだが。」

「え、そうなの?」

「私の本もお菓子も母が買ってると思ってたし、オランダ語については完全に知らない。」

「本はいつも発売日に買っていらっしゃるし、お菓子もお義父さんが選んで下さっているし、結婚が決まってから柚流くんのご両親と話す機会もあるからってオランダ語の勉強を始めたって、お義母さんから聞いたけど…。」

「そこまで聞くと逆に接し方に困るぞ!?」


なんだその不器用のテンプレートは!
気持ちが悪い!
それを聞いてどんな顔で会えばいいんだ。


「あははっ、週末が楽しみだね?」

「父の顔をまともに見れる自信がない…。」


週末なんて来なければいい…という思いとは裏腹に、父との30年の溝を埋められそうな予感にソワソワと落ち着かない。

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