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第27章 それでもお腹は空いてくるのですよ⁉︎

396話 畏怖

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 とある酒場のVIP用の部屋で、イライラしながら酒を飲む男が居た。

「あ、あの、陛下、一体何が起こっているのでしょうか…?」

 彼の空いたグラスに酒を注ぐ美女が、恐る恐る尋ねる。
 魔人国家ソードムでは、何よりも魔力量が多い者が上流階級者となれる。
 国王に就任して間もない時のアラガキは、その上流階級者よりも魔力量が上ではななかった。
 当然、彼が傲慢魔王の肩書きだけで選ばれた事をとやかく言う者達が居た。
 だが、彼はその者達を一蹴して、魔力量を奪ったのだった。
 そして瞬く間に、魔力量はソードムで1番となっていた。
 彼を怒らせると最大魔力量を奪われる。その噂は瞬く間に国中に広まり、彼に逆らう者は居なくなった。
 国民にとって、彼は畏怖する対象として扱っているのだ。

「お前達は心配する必要は無い!」

 荒々しく声を上げたアラガキは、怯える彼女に舌打ちをした。

「もういい、退がれ」

 室内から誰も居なくなり、一人酒になったアラガキはソファにもたれ掛かり天井を見上げた。

「…アレは何だったんだ?意味が分からん」

 突然、要塞都市に現れた異変。

 パガヤ王国に対しての進軍の後、失った戦力をかき集めるべくアラガキは指示を出していた。
 多くの魔人と魔導機兵を失ったのはかなりの痛手だ。
 生産資源が少ないソードムにとって、1から魔導機兵を作るには膨大な時間と資源がいる。
 それを短時間で生産、製造したのがあのアシヤという研究者だった。
 奴が残したデータは残っていて、そのデータをもとに機兵を量産しようとした時、最初の失踪が起きた。
 消えたのは4人。いずれも資源生産に魔法を使用した者達だった。
 その報告を受けている最中に、市街地からも失踪者の報告が上がり、ただ事では無いと配下達が騒ぎ始めた。
 その後はあっという間だった。目の前で配下が溶けて、我先にと数人の配下を連れて要塞都市から逃げ出した。
 事態の把握を配下に命じたが、帰ってこない。

「…奴等、逃げたんじゃないだろうな?」

 途中からグラスを使わずに、ラッパ飲みをしていたアラガキは、中身が無くなった事に気付いた。

「おい、酒を持って来い!」

「ハイッ」

 直ぐに返事が聞こえ、店の従業員が慌てて入って来る。

「お、お待たせしました」

 渡された酒瓶は、ソードムでは見ない柄の茶瓶だった。

「ん?」

「こちら、月の庭モーントガルテン産の葡萄酒ワインでございます」

「葡萄酒だと⁉︎ソードムの酒は全て、人工トウモロコシを主体にしたバーボンしかないのではなかったか⁉︎」

 従業員を見上げたアラガキは、その口を歪ませる。

「何で、テメェが居るんだ?倉戸ぉ⁉︎」

「久しぶりだね、荒垣君」

 目の前には、前世界で同クラスだった倉戸新矢が従業員姿で居たのだ。

「テメェが生き残っていたとはな。しかもこの国に居るって事は、まぁ、おおかた人工魔人になるべく送られて来た村人達に紛れていたってところだな?」

「まぁ、そんなとこだよ」

 彼を対して気にしていないのか、アラガキは葡萄酒のコルクを抜き飲み始めた。

「それで?俺はこの国の王なわけだが、さっきから何故、タメ口をきいてるんだ?」

「えっ?必要だった?」

 パリンと投げられた酒瓶が床で割れる。
まだ半分は入っていたのに、勿体無いなぁ。

「…お前、何しに来た?」

 その目は酔いは覚めた様で、冷ややかな怒りに満ちている。

「そりゃあ、復讐ってやつ?まぁ、本体はやらないだろうから、代わりに俺がって感じかな?」

「あぁ?」

 おそらく今、鑑定を使っているだろうけど、生憎とステータスも技能スキルも此処に来る事前にジャミングで減らしている。

「テメェごときが復讐だぁ?イキがってんじゃねーよ!」

 ピリッとした痺れが走り、新矢は金縛りに掛かりそうになった。

「ん?効かなかったのか?ならば、これならどうだ!」

 今度は魔力をゴッソリ奪われた。偽のステータス通りなら魔力枯渇で意識が朦朧とする量だ。

「何故だ⁉︎俺様の【畏怖千奪】は効いている筈だ!何故平然としていやがる⁉︎」

 アラガキはどうやら特殊技能ユニークスキルを使っているらしい。
 効果的には、技能ではなく魔力を奪うのかな?まだその効果範囲は不透明だな。

「ああ、そうそう、魔法は使わない方が良いよ?吸収されちゃうからさ?」

「何?どういう意味だ⁉︎」

「知ってるでしょ?要塞都市がどうなったか」

 床を指差して笑う倉戸に、アラガキは腰にある杖に手を添えた。

「この街も、その効果範囲エリアに入ったって事だよ」

 倉戸が何かを取り出して、アラガキの手前に投げた。
 それは火傷跡の特殊なマスクだと分かる。

「て、テメェ、まさかアシヤか⁉︎」

「正~解。結構、気付かないもんだねぇ?」

「じゃあ、お前の仕業なのか⁉︎」

(パガヤ王国に攻める前から、今起こっているこの事態まで、全部コイツがやったのか!)

 アラガキは杖を突きつけようとしたが、倉戸に杖を払い飛ばされてしまった。

「使うとダメだって言ってるでしょ?」

 その見下ろす表情に、前世界の倉戸の面影は無い。

(杖無しでも魔法は使えるが、奴が言うことが事実なら、使った途端に俺は溶けるというわけだ。それに、これだけ騒いでいても、配下の誰も現れない。既にやられたか…?)

「調子に乗るなよ!」

(魔法が使えないのはコイツも同じ筈だ。ならば、いつも殴られてばかりだったコイツに俺が負ける道理は無い!)

 アラガキは机を蹴り上げ、アシヤに殴りかかった。
 だが躱され、その後の連続した攻撃も全て空振りになる。

「こ、このっ‼︎」

 ブンブンと空を切る音だけが聞こえ、アシヤの余裕がある笑みは崩せない。

「そんな攻撃、バンドウと比べたら止まって見えるよ?」

「坂東だぁ?アイツは俺の駒だ!比べるまでも無いんだよ!」

「ハハッ、弱みを握っていないコッチの世界でも、バンドウが下についてると思ってるの?」

 足払いをされ、アラガキは派手に床に倒れた。その背中をアシヤは片足で踏み押さえる。

「喧嘩ではバンドウより下、狡猾な計画や根回しはゴウダより下。親の権力の下で威張るだけの勘違い男、それがお前だよアラガキ。お前はコッチの世界に来て、自分の権力を手に入れたわけだが、他人を見下す態度は少しも変わらない」

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 アシヤの足を払い退け、アラガキは立ち上がった。
 顔に血管が浮き出る程に怒りを露わにしている。

「魔人達から聞いたよ。お前の強みは、膨大な魔力量と全属性魔法の全てを使える点だったわけだが、どちらも今は使えない。まぁ、特殊技能も、俺相手には効果が薄いみたいだな?つまりは、お前を擁護する父も、良い様に動く駒達も、華やかさで品格を持たせる女も、今この場には誰一人として居ないわけだ」

 確かに魔法が使える状態であれば、アラガキは厄介な相手だったかもしれない。
 だが、わざわざ非効率的な事に合わせる必要も無い。
 アシヤは最大限の皮肉を込めて、アラガキに顔を近付けた。

「ねぇ、クズ呼ばわりしていた俺に、逆に見下されるのはどんな気分?」

「倉戸ぉぉっ‼︎俺を見下すんじゃねぇ!【畏怖千奪】‼︎」

 懲りもせず、再び特殊技能を仕掛けて来たが、先程の魔力を3分の1奪われる事も無かった。奪われたところで、直ぐに回復するのだが。

「何故だ⁉︎何故効かない!」

 アラガキのこの特殊技能は、対象が術者に畏怖している状態でステータスで勝る場合、勝っているその数値の3分の1を奪う事ができる。
 尚、精神耐性が弱く、畏怖から絶望に陥った対象は操る事ができる。

 この時、鑑定LVが5に満たないアシヤは、魔王への鑑定が通らないのでステータスを見抜いてはいない。
 だが、アシヤは確かにアラガキの魔力量に負けていた。
 初めに魔力を奪われたのは、少し驚いた事が畏怖にかろうじて含まれたに過ぎない。

 しかし今のアラガキからは、威圧技能を使われても、微塵も畏怖を抱くことは無いだろう。
 ソードム内では誰もが彼を畏怖し、それが彼の特殊技能の強さとなっていた。
 だが、それもアシヤには全く意味を成さなかったのだ。

 叫びながら特殊技能を連発して掛けようとするアラガキを、軽く蹴り飛ばす。
 人を見下し努力を怠っていたアラガキには、身体能力の技能すら身につけて無い様だ。

「しらけたなぁ…」

 アラガキに対してのかつての憎い思いは湧かず、アシヤは溜め息をついた。

「もういいや」

 馬鹿らしくなったアシヤは、痛みに悶えるアラガキを放置して出ようとした。

「クソがぁぁぁっ!テメェは殺す、殺す、殺す、殺す‼︎喰らえ、全魔力を込めた…‼︎」

 アラガキはアシヤの背中に向けて、渾身のダブル魔法を放とうとしてしまった。

バシュッ!

 突き出された両手から放たれる筈の魔法は光もせず、アラガキは一瞬にして液体に変わって床に流れた。

「…使うなって言っただろ」

 膨大な魔力を帯びたその液体は、直ぐに床へと浸透して消えた。
 アラガキの魔力を得た大地は、残っていたソードムの腐敗土地の全てを浄化範囲に変えた。

 何一つ達成感も起こらない虚無感のまま、アシヤは誰も居なくなった街から出て行った。
 残された街には、要塞都市同様にただ衣服だけが残っていた。
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