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第26章 楽しいばかりが人生ではないそうですよ⁉︎

381話 マンモン

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 競売が終了すると、ギュンターが暗い面持ちで出した提示品を片付けている。
 アシヤは、禁呪魔導書を亜空間収納へと収納すると、ベルフェルとダフネを近くに呼んだ。

「今から…」

 アシヤが話すより早く、2人は既に戦闘準備を終えていた。

「うわぁぁぁっ⁉︎」

 ギュンターが突然叫び声を上げる。彼の護衛である兵士が、両腕から先を失った状態で崩れ落ちた。
 マンモンの手元に、その兵士の腕が握られていた。

「貴様!」

 用心棒達が、直ぐにマンモンへと向かうが、馬車の上へと飛び乗ったマンモンは、握っていた腕を投げつけた。

「敢えて、お前達の流儀を合わせてやれば調子に乗りやがって!」

 フード付きマントを脱ぎ捨て、その正体を露わにする。

「あ、悪魔⁉︎」

 双頭の鴉の姿になったマンモンは、用心棒達に手をかざす。

【我が欲するものを差し出せば、其方等力自慢の望みを叶えてやろう】

 用心棒達の中から、突然2人が顔中から流血して倒れ込む。

「あれは【対価の囁き】!アシヤ殿、あれに応えてはなりません!」

 ダフネは、アシヤを必死になって引き止める。

「奴の問い掛けに、少しでもその気になると、取り引きに応じた事になります。囁きによる契約は絶対に果たされます。ここは引きましょう!」

 残りの用心棒達も、マンモンに近付く前で倒れてしまった。

「悪魔の囁きって、真名が必要なんじゃないの?」

「奴は鑑定持ちで、名が見えているのだと思います」

「それなら、ジャミングで偽名を上書きすれば良いよ。熟練度がLV5以上じゃなきゃ、魔王のステータスもジャミングした偽名も見抜けないから」

 アシヤ自体は分身した事により、鑑定LVが5から4に落ちてしまったが、見抜かれない事は経験済みだ。

「な、なるほど…」

「2人は、店主とギュンターの避難をお願い。俺はマンモンを仕留める」

「「了解しました」」

 初めは共に戦うつもりではあったが、アシヤの今直ぐにでも戦いたい表情が分かり過ぎて、邪魔する方が怖いと理解したのだ。

 ダフネは直ぐに、ギュンターを捕まえて店主の下に運ぶ。
 ベルフェルは店主が開こうとしたゲートを止めて、無理矢理にギュンターと店主をテレポートした。
 ダフネは、ベルフェルが戻るまでは店舗裏へと隠れることにした。

「もう生かす必要はない!殺れっ!」

 支配人の痩せドワーフが叫ぶと、更に駆けつけた用心棒達が武器を構えてマンモンへと襲い掛かる。
 新たな用心棒達は、戦闘能力がズバ抜けて高い様で、マンモンも回避に専念している。

「チィッ、戦闘馬鹿がっ!」

 マンモンは魔法で距離を取ろうとするが、地下通路に住まうドワーフ達には、土、闇属性の魔法は精霊が味方する為に効果が無い。

「曝け出せ!【溢れ出す強欲ユーバーラウフェンギーア】‼︎」

 マンモンは、双頭の嘴から黒い霧を吐き出し、辺り一面を霧で覆った。

「闇を晴らし、奴の姿を表すんだ!」

 支配人が契約精霊パートナーに指示を出すも、中位精霊の力では闇の霧を動かす事ができなかった。

『これは呪いの霧だ!』

 霧の中に閉じ込められた用心棒達の戦う音が聞こえてくる。
 武器同士の接触音と、言葉にならない奇声が、中での戦闘が激しいものだと分かる。

「呪いの霧なら、女神の抱擁デア・アブラッチオのボイスボムでどうだ?」

 アシヤは、特製の浄化ボイスボムを霧の中に投げ込んだ。

ドパァァァン‼︎

 破裂音と共に霧は飛散した。
 視界が晴れると同時に、発狂して同士討ちしていた用心棒達がバタバタと倒れる。

「おいおい、邪魔するなよ?せっかく彼等は望み通りに強者と戦えていたというのに」

 マンモンは、倒れている1人の頭を足蹴にすると、体から光体を抜き取った。
 それを、片方の頭が美味しそうに食べ始めた。

「…あれは魂か」

 まぁ元々悪魔は魂を食べるから、その光景は特に不思議ではないが、実際に食べた経験があるアシヤからすれば、食事を奪われたかの様に感じた。

「おぅ、何かを卓越した魂は濃い味で癖になるな」

 他の用心棒からも魂を奪おうとするマンモンに、苦無クナイに似た暗器が投げ込まれる。

 マンモンは、咄嗟に用心棒を盾代わりに起こして受け止めた。

「…おっと、即死毒かよ⁉︎」

 苦無を投げたのは支配人で、手には更に苦無を構えている。

「お前も、己の欲望を吐き出すか?楽になれるし、満たされて快感だぜ?」

 マンモンの言葉は全て無視している様だ。支配人は、悪魔相手に会話は危険だと理解している様だ。

「悪いけど、俺の獲物だから」

 アシヤは、投げた苦無を全て風で落とし、手出しするなと支配人を睨みつける。

「お前、ベルフェル坊や達とはどんな関係なんだ?」

 ダフネと一緒に居ることを考えれば、ヌル虚無教団との関わりがある者だろうと、マンモンは考えていた。

「ああ、彼等は俺の協力者だよ。俺が今から成そうとしている事に、協力してくれる仲間さ」

(ダフネよりも立場が上?ダクネラとも繋がりがあるのか?)

 アシヤをどう扱うべきか悩むマンモンは、あわよくばとカマをかける。

「俺も協力してやろうか?な~に、報酬は手に入れた禁呪魔導書で良いぞ?」

「は?やらないし。お前の協力も要らない。そもそも、お前も俺の狙いだからな?」

「ん?どういう意味…」

 マンモンが、一瞬気が逸れた瞬間に、乗っていた馬車が突然崩れた。
 崩れた馬車の下から、大量の水がマンモンに向かって放たれる。

「おわっ⁉︎何処から水が⁉︎」

 水が大蛇の様にマンモンを付け狙う。もちろん、アシヤが操っているのだが、ただの水蛇じゃない。

「アイスニードル」

 マンモンに近い部分が、急に氷の針を作りだし飛ばした。
 回避の難しい近距離からの魔法攻撃に、マンモンは翼を痛めた。

「貴様っ‼︎」

 逃げられないように水蛇で包囲しながら、死角から氷の針でもて遊ぶようにダメージを与え続けている。

「あの人間は一体…」

 支配人は、アシヤの戦い方に目を奪われていた。
 地下通路では、風だけでなく水の精霊は集め難い。なのに、直ぐに多くの水属性微精霊を集めて従わせている。

「是非とも、我が組織に…」

「いえ、駄目よ」

 支配人の肩が突然掴まれる。振り返ると、ダフネがベルフェルと共に居て、次の瞬間には光に包まれて強制的にテレポートされた。

「邪魔者は居なくなったみたいだね」

「貴様は嬲り殺してやる!そうすれば、禁呪魔導書も手に入るから俺は安泰だ!」

「自分が今嬲られているのに、何を夢見てるのさ?」

「黙れ‼︎喰らえ必殺、【溢れ出す強欲】‼︎」

 マンモンは、再び黒い霧を辺りに吐き出した。

「フハハハハッ‼︎これで貴様は己の内なる欲望に溺れて自我を失うのだ‼︎」

 この霧は、浴びてしまえば自力では払えない。この人間は全身に浴びた。間違いなく発狂した後に意識を失うだろう。

 グルルルッ…。

「…?」

 何故か獣の唸る様な声が聞こえる。
 霧の中では、術者であるマンモンの姿は認識される事はないが、自身も鳥眼によりあまり見えなくなる。
 つまり、相手が大人しくなった事を確認するまでは、術を解く事はしない。
 辺りには誰も居ない状態で霧を浴びたアシヤは、欲望を発散する相手が居ないままに発狂して意識を失う筈なのだ。

 グルルルッ…。

 やはり唸る声が聞こえる。それと、ポタッポタッと滴らしきものが落ちる音も聞こえる。
 ぼんやりと浮かぶ輪郭を見つけて、マンモンは双頭を近付ける。

 ガブッ。

「が、うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎⁉︎」

 片方の頭を齧られ、マンモンは痛みに転げ回る。

「痛い痛い痛いっ‼︎何故だ⁉︎何故だ⁉︎何故だ⁉︎何故だーっ⁉︎」

 霧内では、マンモンの存在は認識できない筈だった。

「俺、暴食王…。例え見えなくても、美味そうな匂いがあれば辺り一面を丸齧り…」

 クチャクチャと、咀嚼音と唾液を出しながら、ゆっくりとマンモンに近付いて来る。

「来るな!来るな‼︎来るなぁぁぁぁっ‼︎⁉︎」

 マンモンの背後に、土属性の微精霊達により土壁が立ち上がり、逃げ道が完全に塞がれてしまった。

「ふぅ…。霧のせいで【弱肉強食】を使えなかったから、味も快楽度も半端だったなぁ」

 アシヤがゴシゴシと口元についた汚れを拭いていると、ベルフェル達が現れた。

「この後はどうされますかな?」

「とりあえず、ここにある物を全部収納したら、一旦月の庭モーントガルテンに禁呪魔導書を持ち帰りましょう。それから、をしましょうか?」

「分かりました」

 アシヤとベルフェルは見つめ合い、お互いに頷く。
 ダフネはその意味を知る事よりも、地面に散乱する鴉の羽根を見て、ただただ、震えが止まらないのだった。
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