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第23章 力のご利用は計画的にらしいですよ⁉︎

340話 魔結晶

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 私を見下ろす暴食王は、敵だった事を忘れているかのように優しく話しかけてきた。

『ベルフェル司教、しばらくはその檻で生活してもらいます。俺の許可が無いと絶対にそこからは出られないので、必要な物があったら言ってくださいね?』

 出られないのは間違いないだろう。ここは、明らかに室内というよりも亜空間だ。
 おそらく、亜空間収納の様な技能スキルと同系等ものと判断できる。

「…アラヤ殿、情けは無用ですぞ。一思いに始末してくだされ」

『…勘違いしないでください。貴方にはまだ聞かなければならない事が多くあるんです。利用価値があるうちは、生殺与奪の権利は俺にあります』

「ふむ…。私なぞに利用価値があるとするなら、ヌル虚無教団の内部情報でしょうが、私がそれを話すと思いますか?」

 まだまだ甘過ぎる彼には、私に拷問をしてでも聞き出そうという考えは無いのかもしれない。
 まぁ、拷問されたとしても答える気は無いが。

『そうですね…。出来れば自発的に教えて頂きたいのですが…。貴方の協力が得られれば、争いが事前に減り多くの人々が救われます。何も、ヌル虚無教団が掲げる世界崩壊をしなくても、世界はまだ改善できる筈です』

 彼のその程度の理想が、ダクネラが掲げる新生世界論に影響を受けた私の感動を上回ることはない。

「…私は既に先の無い者。今更、改心して善良なる者達の為にと言われても、後悔など無い私が何を改める必要があるでしょう?世界が一度浄化されれば、更生された者達により新たな世界が生まれます。アラヤ殿が言う改善では、時間が掛かり過ぎる」

『まぁ、それでも俺は気長に待ちますよ。正直なところ俺は、家族や知人以外の安全は気にしていません。世界崩壊が彼等に害が無いなら気にもしないでしょう。だけど、ヌル虚無教団のそれはあり得ないし、今から産まれて来る子等に、崩壊した世界で生きて欲しくない』

 結局は、彼も変化を望まない者ということなのか。
 おそらくは、前世界でも平和な日常を過ごしていたに違いない。

「…残念ながら、私は改心…」

『それに、時間はいっぱいありますから。貴方がその中で例え寿命が尽きようとも、魂は残りますので大丈夫です』

「は?」

『半分は、貴方も分身体(遺体)は確保してあります。いざとなれば、それを使ってヌル虚無教団員から聞き出す事もできますからね?でも、【増殖】という名の技能の経験値が欲しいから、全部食べちゃいそうでして…』

「…⁈」

 食べたといっても実際には、戦闘中に分身体を【弱肉強食】で齧った事で得たに過ぎないのだが、技能名を出したことで、ベルフェルの表情に驚きが見えたのは確かだ。

『驚きましたよ、この【増殖】って技能は、俺の分離分身と違い、サタンが使っていた分身体と同じ様だ。つまりは、悪魔が使用する技能。ベルフェル司教、貴方は悪魔との混血だったんですね?』

「…食べたですと?…流石は暴食魔王、人を食べる事にも、もう慣れましたか…」

 その眼差しは畏怖か、はたまた悪魔や魔物と同等に堕ちたと蔑む哀愁か。

「…確かに私は悪魔の血を引く邪な存在です。神や大精霊達から見れば、さぞや醜く映るでしょうな」

『ん~、大精霊達は多分興味が無いですね。神は、新たな種族進化の可能性を、醜いとは考えないと思いますよ?それじゃ、そろそろ結界を破壊してきます』

 アラヤはそう言って姿を消した。
 ベルフェルは、再び静かになった空間に残された。

「テレポート…やはり使えませんね」

 魔法はおろか技能まで使えない。おそらくアラヤにより制限されている様だ。
 他にも檻があるのは見えるが、中身は見えない。
 この檻の中以外には、干渉すらできないということらしい。

「ダクネラを相手に、どこまで抗えるというのか…」

 ベルフェルは、今は黙って待つしかないのだと腰を下ろすのだった。



       ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇



「ダフネ殿、諦めるのだ!もう、其方達の計画は崩れている!」

 美徳教セパラシオン司教と分別の勇者ウィリアムに、ダフネ=トランスポートは追い詰められていた。
 どうやら部下達は全て捕らえられたらしい。やはり、勇者相手には荷が勝ち過ぎたか。
 それに、無気力症に陥っていた住民や兵士達も回復しだしている様だ。
 ベルフェゴールが敗れたか、魔力供給路を絶たれたかだろう。
 いずれにせよ、時間が経つに連れて、援護数が増し不利になる。

「…仕方ない。順序が変わってしまったが、魔力量はもう充分溜まっている筈だな。やるか…」

 ダフネは崩落した建物の高所に移動すると両手を広げる。
 すると、辺り一面の瓦礫が浮遊した。

「念動力!あれに魔力は無いから、魔導反転による相殺ができないわよ!」

 サラが叫ぶが早いか、無数の瓦礫の礫がセパラシオン達に向けて放たれた。
 ウィリアムが素早くセパラシオンの前に移動し、瓦礫を剣で弾き防ぐ。
 セパラシオンの魔力障壁は耐魔法に特化している為に物理攻撃を防ぐには弱かった。

「ウィリアム、この程度は大丈夫だ」

 セパラシオンはアースクラウドの土壁を複数起こし、自身は隠れてウィリアムにヘイストを掛けた。

「私の事は気にせず、好きに動いて構わん。痩せるのに良い運動だ」

「了解しました」

 ウィリアムは、土壁を抜け出しダフネへと駆け出す。ところが、肝心の彼女の姿が見当たらない。

「勇者殿!奴は奥に向かったぞ!」

 視界から外れた隙に、包囲網から抜けられてしまった。

「くそっ、ベヒモスに向かったか!」

 ウィリアム達は急いで後を追いかける。施設までの距離はそれほど遠くない。

「ベヒモスさえ奪ってしまえば、後はどうとでもなる!」

 ダフネが目指す場所は、フレイ美徳教団のベヒモス管理施設だ。
 そこは、ベヒモスの巨大な耳の一部が露出している。
 彼女の狙いは、頭部に近いその場所からベルフェゴールから託された魔結晶を打ち込む事にあった。

『この魔結晶には、魔物の思考を操作できる術式が組み込まれている。洗脳系魔法と違い、これは結晶を破壊しない限り解けることは無い。一度決めた命令を変える事は不可能だ。良いか?体内に確実に打ち込むのだぞ』

 ベルフェゴールは、打ち込む場所が脳に近いほど、より早く魔結晶が反応すると言っていた。

「止まれ!貴様、何者だ⁉︎」

 施設入り口に居た警備の団員達が、迫り来るダフネに迎撃しようと構える。

「邪魔だっ‼︎」

 ダフネが範囲魔法で蹴散らそうと構えた時、頭上で爆発音が聞こえた。

「見ろ!結界が消えていくぞ!」

 見上げると、天上部から穴が開き、広がる先に明るい空が見えてきた。

「マズイ!急がねば!」

 ダフネはトルネードを放ち、団員達を吹き飛ばすと、厳重に閉ざされている門も破壊して侵入する。
 そこにも当然団員達が居て、アッシドミストを通路へと充満させていた。

「チィッ!」

 思うように進めない上に、背後からは勇者が追いかけて来ている。
 苛立ちは思考を鈍らせ、ダフネは強行手段に出た。
 通路の天井を崩落させて穴を開け、まだ残る酸の霧の中をサクションを発動しながら駆け抜ける。
 溶解耐性の無い彼女の皮膚は所々焼け始めたが、それでも強引に抜けた。

「うわぁーっ⁉︎」

 次々と団員を蹴散らしながら、目的の部屋へと到着した。
 広い室内の壁は超硬質磁力鉱石アダマンタイトでできていて、一面だけが土肌だった。
 その土肌から、ベヒモスの耳の端部が露出して見える。

「後はコレを…」

 彼女は魔結晶を取り出して、耳に軽く切り込みを入れると、それを無理矢理に押し込んだ。
 メリメリと肉が切り口を閉じ始め、耳の中に魔結晶は完全に取り込まれた。

「良し、後は抑えつけている大量の土を破壊すれば…」

「そこまでだ‼︎」

 追いついてきたウィリアムが、剣先をダフネへと向ける。

「観念するんだ」

「フフフ…それは貴方の方よ」

 ダフネは土肌に触れて土属性上級魔法を唱える。

「その蓄積し大地の怒り、奮わし解き放て!アースクエイク‼︎」

 ベヒモスを抑える地盤に、強制的な地震が起こる。

「くっ⁉︎このままだと封土が崩落する!」

 ウィリアムは、ダフネの魔法を止めようと斬りかかった。
 術に集中するあまり、袈裟斬りされても尚、ダフネは魔法を止めなかった。
 鉱石化している封土が崩れる音が辺りに鳴り響く。

「くっ…‼︎」

 ウィリアムは止む無く彼女の手首を斬り落とし、無理矢理に部屋から連れ出した。

「あっ⁉︎ベヒモスの姿が⁉︎」

 外に出たウィリアムは、地震により崩れたベヒモスの封土を見上げた。

「危ない、危ない!」

 そこにはアラヤが居て、崩れた封土を元に戻し始めていた。

「アラヤ殿‼︎」

「すみません、遅くなりました。?」

 謝りながらも、もの凄い速さで崩れた封土の大半を戻し鉱石化している。
 鉱石の瓦礫をそのまま利用しているとはいえ、以前よりも早くなっているようだ。

「いや、助かったよ!」

 ウィリアムの腕に担がれて、出血で朦朧しているダフネは、その封土を見上げる。

(…何故?あれだけの崩落なら、ベヒモスは抜け出せていた筈…)

 魔結晶は間違いなく吸収された。上体を起こせる程の封土は落とした筈。
 おかしいと思いながらも、彼女はその意識を手放したのだった。
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