上 下
308 / 418
第21章 その存在は前代未聞らしいですよ⁉︎

304話 価値

しおりを挟む
 帝国領港街ボリスン。港街としてのその規模は大きく、漁船だけでなく大型帆船も数多く停泊している。
 だが、全ての船が帆をたたみ出港する気配がない。
 街全体に活気はなく、路上に出歩く人影も無い。
 蔓延する放置された遺体からの異臭と、建物の影で蠢く蛇がその原因だと思われる。

「お前達はここで待っていろ」

「「「ハッ!」」」

 マントとマスク姿の帝国兵達が見守る中、水色のマントを羽織る男が、使っていた望遠鏡を手渡して、ただの1人で街の入り口に向かっていく。
 街の入り口の門は開いていて、いつでも通過可能だ。ただ、扉には一種のアートかと思えるような、人間の腕の装飾が施されていた。
 男は何事も無かったように門を通り、街中へと歩いていく。

「そこで止まれ!」

 背後から声が聞こえ、男はすんなりと両手を上げた。

「貴様は節制の勇者タカノブ=ブリアトーレだな。何故1人で来た?街の奪還が目的ではないのか?」

 背後に3人の魔人兵士が武器を構えている。槍兵が1人、剣士が1人、魔術士が1人、既にやつれている様子だが、アーリマンは部下である兵士達にも不当な扱いをしているらしいな。

「フハハッ、私にかかれば街の奪還などは造作もないが、生憎と今日は休暇でね?近くに来たから、アーリマン君にちょっと挨拶でもと思ったわけさ」

「信用できるか!お前は仮にも勇者だろうが!アーリマン様に無抵抗を装い近付こうって魂胆だろう⁉︎」

「これだから下っ端は煩わしいんだよなぁ。モブはモブらしく、さっさと案内すれば良いものを」

「何だ?モブ⁉︎訳の分からない事を言っ…」

 槍兵が大人しくさせようと近付いた瞬間、バツンと何かが千切れる音が聞こえた。
 これは彼等には聞き慣れた音で、サーっと体から血の気が引くのが分かった。

「いやぁ、悪かったな。俺の手下どもは礼儀が無くてな?」

 槍兵以外の兵士達が下半身のみとなっている。その直ぐ後ろには大蛇達がいて、服の残骸を吐き出していた。
 その大蛇の根本にある単眼の蝙蝠姿は、聞いていたアーリマンの姿と一致している。

「あー、直接会うのは初めましてだな。噂に違わぬファンシーの世界のキャラクターみたいで安心したよ」

「意味が分からないな。それで?ダクネラの参謀であるお前が、身内に疑われる危険を犯してまで我に会いに来る理由は何だ?」

「戦況が変わりそうなんで、その情報提供ってやつ?まぁ、半分は身内に対して美徳教団側だよというアピールかな?」

「わざわざ、そちら側に居続ける意味が分からないな。まぁ、死にたくなったらいつでも帝国側として来ると良い」

「フフッ、そのくらいの強気は好きだよ?まぁ、確かにこのまま立ち話してても同伴者達に疑われるから、そろそろ動きながら話そうか?」

 タカノブはそう言うと、横でガタガタと震えている槍兵の肩に手を置く。

「逃げた方がいいよぉ?」

「ひ、ヒイッ⁉︎」

 槍兵は味方の亡骸を飛び越えて走り出す。それをニヤニヤと笑うタカノブは、指をパチンと鳴らした。
 その音に反応するように、兵士の体が爆散した。

「BOMB‼︎ハハハ、爽快だな!」

「それで?どんな情報なんだ?」

 アーリマンは、タカノブに大蛇による当たらない攻撃を仕掛ける。
 タカノブは派手に避ける演技を見せながら、その前にと条件を付け足した。

「一応、今回の成果として、街長と数名の船乗りを逃がしてもらうよ?」

「好きにしろ。大した価値も無い奴等だ」

「それじゃあ、交渉成立って事で。…俺が伝える必要があると考え、持ってきた情報ってのは、今、新たな国家が誕生しようとしているって情報だ」

「なんだ、それは?全くどうでも良い情報じゃないか」

「いやいや、それが異例中の異例、国王となるのが魔王なのに、推薦したのが美徳教団の教皇様ときた」

「へぇ…。それで?」

 アーリマンの大蛇を押し退けて建物を破壊すると、タカノブはアーリマンを建物内へと引っ張り込んだ。これで周りからは見えない筈だ。

「美徳教教皇が推薦するその魔王ってのが、暴食魔王らしいんだが、暴風竜エンリルを従えているだけでなく、風の大精霊エアリエルまで味方につけているらしい」

「光の大精霊ミフルと眷属竜を従える教皇と同等だな。だが、それだけが理由か?」

「いや、1番の理由は領地だろうな」

「領地?独立するのなら、ムシハ連邦国辺りか?」

「それが、世界のどの土地でも無いのさ。まさかの、空を飛ぶ土地に住んでいるんだぜ?魔法の力で浮遊させ、その領地で世界を旅しているのさ。まさに、天空の国!憧れだよなぁ!」

「なるほど…。エアリエルの力か。戦も攻守共に優れている上に、どの国にも属していないのか。教皇が建国を進めたのは、各国が其奴と同盟関係を築く事で、各国同士の争いを緩和しようという腹だな」

「さぁな。逆に我先にと同盟を結び、他国に攻める腹積りかもしれんぞ?どちらにせよ、先ずはボリスンここがその標的になるだろうな。グルケニア帝国、パガヤ王国、フレイア大罪教、フレイ美徳教、其れ等の共通する敵が、魔人国家ソードムを隠れ蓑にしているヌル虚無教を狙っている。ボリスンはその通り道だからな」

「フン、そう簡単に通すかよ。この街は俺の遊び場だ。ダクネラの奴は、船は沈めれば良いと言っていたが、餌が無ければ馬鹿はやって来ないからな」

 使える船と、領土を奪い返すという餌は、帝国軍のやる気を起こすには、持って来いの効果を発揮していた。

「厄災の悪魔と恐れられる君達は、くれぐれもデビュー戦を飾る魔王の噛ませ犬みたいに簡単にやられないでくれよ?何度も召喚できるほど、供物集めは楽じゃないんだからね?」

 パチンと指を鳴らすと、先程触れた大蛇が爆発し、アーリマンは小さく唸った。
 その隙にタカノブは建物から出ると、捕虜が集められている貴族の屋敷へと向かった。

「…確かに価値が無くなっているな」

 ボリスンの街長を発見はしたが、身内の遺体に囲まれて気が触れていた。
 とはいえ、成果としては必要な人物ではある。
 街長の首裏を掴み、視界に入った幼児も抱き上げて屋敷を出た。他にも生きている者達も居たが、全てを救うほど自身には腕が無いし、義理も無い。
 魔人達の報復も無いまま、すんなりと街の入り口に戻ると、部下達は既に食い散らかされていた。

「はぁ、割りには合わないが、必要悪でもあるからなぁ」

 帰りの馬車を操縦する御者まで殺されたのは面倒に感じたが、馬が生きているだけまだマシだったと、乗車台に街長と幼児を放り込む。

「あとは、建国が決まってから、魔王がどう動くかだな」

 少なくとも今回の建国の件で、空を移動する魔王がいた事が分かったことは、ヌル虚無教団にとって良い収穫だった。
 それを知ると知らないでは、今後の対策の仕方が変わってくるからだ。

「ああ、上空から俺達を見下してるんだろうなぁ。俺も言ってみたいなぁ、あのセリフ」

 天空の城を使い世界を支配しようとしたあの悪役のセリフを連呼しながら、タカノブは高々と笑ってボリスンの街から走り去っていった。


       ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 浮遊邸の来賓舘の応接間には、各国の王と両教団を集めての独立国承認会議が開かれていた。
 各国の王とは言っても、魔人国家ソードムの国王アラガキと、冥界の国ゴーモラの女王コウサカは当然呼んですらいない。
 アラヤ達は当初、通信だけの話し合いで済まそうと考えていたのだが、大罪教大司教モーガンが羅針盤越しにヨハネスの姿に気付き、急遽、大罪教としても直接浮遊邸を視察する義務があると言い出したのだ。
 そこからは両教団の優位性に張り合いに発展し、大罪教側はラエテマ国第一王子とムシハ連邦国国王を連れて、美徳教側はグルケニア帝国皇帝とパガヤ王国女王を連れて来てしまったのだ。

「うう…とんでもない事態に…」

 会食用の円卓を囲む各国のトップと護衛達。見知った顔が少な過ぎて、今にも立ち去りたい衝動に駆られる。

「皆様、多忙を極める中、此度は私共の急な招集に応えていただき、誠に恐縮です。今回、皆様を…」

「お待ち下さい、美徳教教皇殿。何故、貴方がさも当然の様に仕切っておられるのか?」

「それは、私が今回の発起人だからですよ?」

 早速、ヨハネスとモーガンの睨み合いが始まった。
 ああ、こんな状態で話し合いが上手くいくわけが無い。
 アラヤは精神耐性が上がるかもなと目を閉じて耐えるのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...