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第8章 何処へ行っても目立つ様だよ⁈

115話 対ベヒモス戦②

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 手首を斬り落とされたベヒモスは、痛みと怒りで地団駄を踏み、辺りの瓦礫を粉々に粉砕した。
 震動と飛散する破片が辺り一面に広がる。アラヤ達は無事に離れる事ができたが、勇者だけが避難が遅れてダメージを受けてしまった。やはりかなり無理をしていたのだろう。
 片膝をつく勇者を、クララが救助に向かう。

「逃がす訳ないでしょう!」

 そのタイミングで、ベヒモスによる蹴り上げが2人を狙う。
 アラヤは2人の前に飛び出し、アースクラウドと鉱石化で壁を作って姿を隠す。
 巨大な足による蹴りは、当然、鉱石化した壁だろうが簡単に粉砕する。ただ、そこに標的は見当たらない。

「何処に行った⁉︎」

 ライトの明かりが当たるギリギリのラインに、勇者の姿を見つけて向かおうとした時、視界の端にまた勇者の姿を見つけた。

「な、勇者が2人⁈」

 お互いを見比べるも全く同じ姿で、リリトは狙いを迷う。すると、端にいた勇者がリリト達に向かって走り出した。

「お前が本物か!」

 リリトは、急ぎベヒモスの体の向きを変え直させる。

「これは、どういう事だ⁈俺がもう1人⁈」

 ライトが当たらない暗闇に連れてこられたウィリアムは、サナエのヒールを受けながら、もう1人の自分を困惑して見ていた。

「説明してくれないか?君もその狼も、あの少年の仲間なんだろう?」

「仲間というより、彼は私達の夫です。子供扱いしないで下さい」

「そ、そうなのか?それはすまない(私達?まだ他にいるというのか?)」

「説明はアヤにお願いしようかな。アヤ、勇者さんに説明してあげて?」

「分かりました」

 暗闇の中から、スッと弓を持った女性が現れて、勇者は一瞬ドキッと肩が跳ね上がる。

「あのもう1人の勇者様は、私達の夫が擬態した姿です」

「擬態?変装の類か」

「正確には、貴方様の姿の色に染まっているんです。擬態は、質量は変わらない状態で、あらゆる物や風景に染まる技能です」

 ただ、アラヤの擬態はジャミングも兼用しているので、変装と言っても間違いでは無いかもしれない。2人を並べて眼をよく凝らして見ないと、見抜けない程の完成度だ。

「彼が、勇者様に擬態したのには、貴方様が回復するまでの時間稼ぎの為です。どうやら未だに怪我と魔力が回復していらっしゃらない御様子。私達が時間を稼ぐので、今のうちに回復をお願いします」

「ああ、迷惑をかけてすまない。教団の方々に神々の霊薬ソーマを使用してもらったのだが、効き目に時間が掛かるらしいのだ。今はまだ傷口と臓器が繋がったに過ぎないと言われた。完治までにはもうしばらく掛かる」

 どうやら、神々の霊薬は緩徐型の回復薬のようだ。但し、致命傷の状態でも命を繋ぎ止める程の効果がある。

「サナエちゃん、勇者様の体力と魔力の回復をお願いね?クララ、私達はアラヤ君の援護よ」

「分かりました!」

 喋った⁉︎普通のシルバーファングの従獣では無いのか⁈普通の従獣は契約者と念話を交わすのみである。そこで浮かび上がるのは、亜人種という存在だ。
(つまりは、シルバーファングの亜人の奴隷という事か。あの少年…いや、彼も悪趣味な貴族達と同じとは、考えるべきではないな)
 今は回復に専念しようと雑念を振り払い、瓦礫の影でサナエのヒールに身を委ねるのだった。

 一方、アラヤは粉砕された破片や砂を利用したサンドストームと、氷河期アイスエイジをダブル魔法で発動し、2属性合成で1つの魔法を作り出す。

崩壊の嵐コラープス テンペスト‼︎」

 飛び交う砂や破片が、氷塊・雹となってベヒモスに直撃する。ベヒモスは片手で肩にいるリリトを包んで守る。
 これはそれなりにダメージを与えられた様だ。ベヒモスの皮膚に擦り傷やアザが付いた。大人しくしている間に、アラヤは足元まで駆け出し、さりげなく、斬り落とされたベヒモスの手首を亜空間へと収納しておく。これで捕食吸収用の肉は確保できた。

「あの勇者がこんな魔法を使えるなんて知らなかったわよ!ただの力馬鹿だと思っていたのに!」

 魔法が鎮まり、再び姿を見せたリリトの顔は、怒りの表情で歪んでいた。

「もういい!転移の為の魔力の温存は諦めた!ベヒモスは地盤の支柱を壊しなさい!勇者の相手は私がするわ!」

 ベヒモスを地盤の支柱に向かわせ、リリトはアラヤに向かって飛び降りて来た。アラヤは、アースクラウドを棘状にして鉱石化すると、リリトに向かって伸ばす。

「こんな攻撃が当たるわけ無いでしょ!」

 リリトは羽を広げて楽々と躱す。しかし、その棘の上から勇者(アラヤ)が現れて、リリトに斬り掛かる。

「当たるわけ無いと言っているでしょうが!」

 剣撃を鎌で受け止めてると、リリトの背後に魔法陣が浮かび上がる。

召喚サモン!」

 魔法陣から、黒と赤のマダラ模様の蛇が現れて鎌を伝って勇者へと接近して来た。アラヤは直前で威圧LV2を放ち、萎縮した蛇の頭にかぶりついた。

「なっ⁉︎猛毒の悪魔カガシだぞ⁈」

 猛毒持ちだろうとアラヤにとっては、目の前に肉があるに過ぎない。
 驚きで距離を取るリリトは、近くにあった浮遊する瓦礫に着地した。

「ならば、闇に沈め!底無しのボトムレス…」

 ボン‼︎‼︎

「ゔぁっ⁉︎」

 リリトが魔法を唱えようとした瞬間、瓦礫の足場が反応して爆発を起こした。瓦礫の足場には、アヤコが仕掛けた誘爆性付与の魔鉱石が仕込まれていたのだ。
 リリトは煙を上げて墜落する。

「な、何なのよ…⁉︎今までの分別の勇者と全く戦い方が違うじゃない…」

 ヨロヨロとふらつきながら立ち上がるリリトは、ゆっくりと近づいてくるアラヤを睨みつける。

「ごめんね、君に恨みは無いんだけど、ベヒモスを止めるには君を倒すしか無いんだろ?」

「恨みは無いだ?自分の仲間だった弓使いを殺された上に、この街を滅茶苦茶にした私に、何の恨みも無いというのか⁉︎」

 そう言われても、分別の勇者とリリトの間に何があったかは、アラヤには知らない事だから仕方ない。

「お前がどう思っていようが関係無い!キサマが来たせいで嫉妬魔王様が亡くなったのだからな‼︎」

 嫉妬魔王?あれ?カオリさんの話だと確か…香坂 茜音がそうだった様な…。死んだのか?分別の勇者がきっかけで?

「そっか…死んだのか…」

 ふと、彼女の事を思い出し立ち止まってしまう。その隙を見たリリトは、一気に残りの魔力を使って大量のアンデットを召喚する。

「私達はキサマを許さない!私を倒しても、ベヒモスは止まらないわ!私以外にベヒモスを止める事が出来るのは、嫉妬魔王様のみだからね!」

 ベヒモスが地盤の支柱に片手で殴り付け、轟音と地響きが鳴り響く。リリトは高笑いしてスケルトンとゴーストの群れを次々とアラヤに向かわせた。

「アラヤ君!気をしっかり!」

 そこへ3人の嫁が現れて、アンデット達を魔鉱石や鎮魂の舞で蹂躙する。

「アラヤ?ウィリアム=ジャッジではないの⁈」

「ごめん、分別の勇者はあそこに居るよ」

 アラヤは擬態を解除して本当の姿を表すと、ベヒモスの方を指差した。そこには、体力・気力・魔力共に回復した分別の勇者が、ベヒモスの支柱への攻撃を止めに入っていた。

「じ、じゃあ、アンタは何者なの⁈」

「さぁね、知る必要は無いと思うよ」

 魔力切れ寸前のリリトを、アラヤ達はゆっくりと追い詰める。

 ストッ…。

 突如として、リリトの前に1人の黒い司祭服の男が降り立つ。
 それは、大罪司教のベリフェルだった。やはり魔導感知にすら反応しないぞ?この司教、やはりかなりヤバい人物だ。

「この魔物の処分は、私に任せてもらえませんか?」

「へ?」

「大丈夫。しっかりと消滅することを誓います。ただ、少しだけ聞き出す事がありましてね。貴方方は、ベヒモスを止めに向かってくださいませんか?上の方でも、衛兵達が部隊を編成して向かって来ていますが、彼等でも止めるのは難しい。貴方方の力が必要だと思うんです。どうかお願いします」

「わ、分かりました。…後をよろしくお願いします」

 正直信用ならないけど、この司教本人に関わりたく無いので、アラヤ達は彼に後を任せて離れる事にした。

「…何よ、見逃してくれるわけ?」

「それは立場上、無理な事だな。今回の件に、大罪教団は加担したと思われると厄介だ。ただ、魔王を思う其方の忠義に、せめて苦しまない様に私が送ってやろうと思ってな」

 ベリフェルは、ヘタリ込むリリトの額に手を当てる。リリトは終わりを理解して、目蓋を閉じその時を素直に待った。

「喜べ。お前達の主、嫉妬魔王アカネ=コウサカは、無事にゴーモラ王国でリッチロードとして蘇ったそうだ」

「え?」

 刹那、白の世界に包まれて、リリトは呆気なくこの世から消滅した。カランと、彼女の鎌だけが地に転がる。

「ククッ、まさか死んでも尚、魔王としての職を失わないとは、流石は生者を羨む嫉妬魔王といったところか?」

 ベリフェルは、落ちている鎌を回収すると、ベヒモスを一瞥して笑い、加勢に向かう事なくその場から姿を消したのだった。
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