【完結】スキルが美味しいって知らなかったよ⁈

テルボン

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第7章 家族は大事と思い知ったよ⁉︎

090話 追憶

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「こら、新矢。いつまで寝てるの?」

    せっかく気持ち良く寝ているのに、自分の肩を叩いて起こそうと、女性の声が聞こえる。

「う~ん、後もうちょっと…」

「ダメよ。そろそろ帰らないと、帰りのバスが無くなるわよ?」

「ん~…バス?バス⁉︎」

    目を開けると、自分は丸椅子からベッドに突っ伏して寝ていたらしい。
    辺りを見回すと、そこは6人部屋の病室で、目の前のベッドには、母さんが上体を起こして読書をしている。

「あれ?何で病院?」

「この子ったら、まだ寝ぼけてるのね」

    ここは確かに、母さんが入院している病院だ。
    俺が物心つく前に、父さんが航空事故で亡くなり、母さんが女手一つで俺を育ててくれた。その無理がたたってか、今年の初めに母さんは弁膜症の心不全になってしまっていた。それからは入退院を繰り返している。
    それ故に、新矢は今一人暮らしをしているのだ。正直なところ、一人暮らしはとっくに飽きて、泊まっていいのなら病院で寝泊まりしたい気持ちになっていた。

「倉戸さん家の息子さん?可愛いわね~」

    隣のベッドのおばちゃんが、俺を見てニコニコと笑顔で手招く。ひょっとして俺を孫か何かかと勘違いしてないか?
    呼ばれるままにおばちゃんの前に行くと、見舞い品のお菓子をこれでもかと出してくる。

「今、何年生なの?」

    この手の質問は、もう慣れっこだな。お菓子を受け取りながら、笑顔で高校生なんですよと答えるが信じていないだろうなぁ。

「ほら新矢、そろそろ帰らないと。あ、それと、この本読み終わったから、続きもまた借りてきてくれる?」

「うん、明日にでも借りてくるよ」

    鞄に戴いたお菓子を入れて、手を振って病室から出る。
    母さんには、新矢は学校生活の事をあまり話してはいない。ただ、楽しんでるよと話すだけだ。
    母さんは、俺の進学を考えている様だけど、高校を卒業したら働くと決めている。母さんにこれ以上負担はかけられない。
    病院前のバスの停留所で一人、バスが来るのを待つ。

「……」

   何かがおかしい。病室でのさっきのやり取り、バスを待っているこの時間。これは体験した事がある様な気がする。

『そう、それは過去の貴方の時間』

   フッと、道路の中央に神々しく光る女性が現れた。以前、どっかで会った様な気がするんだけど?

『思い出しなさい。貴方は今、其処とは全く違う世界、異世界に居るという事を』

「…異世界?……うん、そうだった。ちょっとずつ思い出してきた」

    新しい世界に転移してからの生活の記憶が、段々と蘇ってくる。

「確か、郷田と戦っていた筈なんだけど…」

『ええ、貴方は見事、同じ魔王である彼に打ち勝ちましたよ。その後で気を失い、過去の夢を見ていたのですよ』

「そっか、勝てたのか。それは良かった。…あの、女神様?」

『何かしら?』

「今の、前世界の様子とか、観れたりしませんか?」

     過去の夢を見た事で、自分が転移してから考えない様にしていた事を、無視できなくなったのだ。

『母親のその後が気になりますか?』

「…はい。最悪の事ばかり考えてしまいそうで、忘れようとしていました。だけど、母さんを忘れられるわけがない。とても心配なんです!」

    女神は優しく微笑んだ後、手をゆっくりと横に振る。すると、風景が何も無い白の世界へと変わっていく。

『知らない方が、良い場合もありますよ?』

「そうかも知れません。でも、受け入れたいんです」

『…分かりました』

    女神が再び手を振ると、テレビモニターの様な画面が無数に現れる。

『貴方達が強制転移したあの日、世間では一大ニュースとして騒がれました。何しろ、学び舎の一室が突如として、汚らしい洞窟の部屋と入れ替わったのですから』

     映し出された映像には、昼夜問わず忽然と消えた生徒達のニュースが流れている。原因を説明できずに、神隠し的な怪奇現象として考えられたようだ。確かに当たらずとも遠からずではあるが。

『貴方の母親は、その日に体調が急変していました』

「え⁉︎」

    映し出された映像には、母さんが集中治療室に運ばれて行く姿だ。新矢はその画面にしがみつく。

「ひょっとして、ニュースで知ったから?」

『いいえ、これは報道が流れる前の出来事です。この時は貴方達が転移した同時刻くらいでしょう。病気によるものです』

「それで、手術は⁈助かったの⁈」

『残念ながら、手遅れでした』

   首を横に振る女神を見て、新矢は膝を崩れるように付く。

「母さぁぁぁぁぁん!」

    泣いた。大声で、みっともなく。涙は止まる事なく溢れ出て、視界は濁り見えなくなった。今までの母さんとの思い出が溢れては、涙も比例するかの様に溢れてくる。
    この場所に、もし時間があるとするならば、新矢は約二時間近く泣き続けていた。

『貴方の母親の魂と、私は接触してきました』

    泣き疲れて朦朧としている新矢に、女神は優しく触れて微笑みかける。

『貴方が、異世界に行き、仲間達と元気に暮らしている事を伝えると、彼女から貴方にこう伝えて下さいと頼まれました。「もう母さんの事を心配せんでいい!新矢が、遠慮や建前じゃなく、心の底から楽しんでるよと言える生活を、仲間達と過ごしなさい」と』

    伝言の部分だけ、母さんの声色になって、その時の母さんの表情が安易に想像できる。

「何だよ、母さん。俺、まだ沢山伝えなきゃいけない事あるってのに、いっぱい聞きたい事あったのに、自分だけ納得しちゃってさぁ、そんなのズルイよ…」

     この歳で仕事も始めたし、お酒を飲む事もある。それに、何と2人の女性と結婚もした。しかも、最近では新たな嫁さん候補が出来たんだよ?いろいろと報告したかった事が頭に浮かんでくる。生前、ろくに自分の気持ちを話さなかったくせに、居なくなってから伝えたいなんて、もはや後悔でしかない。

『貴方の事は、私、紅月神フレイアが、しっかりと母親に伝えてあげましょう。ですから、貴方は彼女の願い通り、心から楽しめる生活を送りなさい』

「…ありがとうございます、女神様」

『礼には及びません。むしろ、このような事態を招いたのは、我が子等の行いと言えど我々が要因。恨みこそすれど、感謝をする必要はありません。貴方は、我々が用意した運命に抗い、どうか輝かしい生涯を見せて?』

    女神が最後に見せた笑顔は、喜・哀の感情が合わさった様な、期待しているわという微笑みだった。


       ◇  ◆   ◇   ◆   ◇  ◆  ◇


「今日で5日目か。前回も、こんなに長かったの?」

    アラヤが寝ている横で、カオリは退屈そうに頬杖をついていた。アラヤの足元には、クララが丸まって欠伸をしている。

「前回は3日だったわ。今回は確かに長いけど、相手が魔王だったから、仕方ないと思うわ。でも、そろそろだと思うのだけれど」

「それにしても、前髪の白髪の部分が広がって来たな。このままだと、全て白髪になるんじゃないかな?」

   カオリがアラヤの髪に触れようとした時、アラヤの瞼がピクピクと動いた。

「う~ん…」

「おはよう、にいや」

    目が覚めて、ゆっくりと辺りを見回す。やはり病室ではない。現在の宿屋の部屋で、見慣れた仲間達が笑顔を自分に向けてくれている。

「おはよう、みんな」

    アラヤも笑顔で返すと、クララが顔をペロペロと舐めて来た。
    冷たくも生温かい感触が、自分が今ここに居る事を分からせてくれる。

「ちょっ、クララ、もういいから!」

    いつまでも舐めるのを止めないので、サナエさんが止めに入る。うん、ありがとう。流石に顔がベチョベチョで、困ってたところだよ。

「随分、待たせた…のかな?」

    アヤコさんを見ると、少しだけ涙を浮かべ首を横に振った。

「いいえ、必ず帰って来るって、分かってましたから。おかえりなさい、アラヤ君」

「うん、ただいま」

    おかえりと言ってくれる人がいる。そのありがたみが今なら良く分かるよ。母さん、俺は今、寂しく無いよ。安心して見守っていてくれ。
    アラヤの目にも涙が浮かんだが、再び舐め始めたクララの顔舐めにより、気付かれないで済んだのだった。
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