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第2章 魅惑の生活が怖いって思わなかったよ⁈

024話 狼煙

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   とある山の中腹。
   リズムを刻むように鳴るツルハシの音。

「村長~、もう帰りましょうよ~」

   荷車は、様々な鉱石で既に超過重量になっている。帰る為の魔力も充分に回復していて、後は村長の満足度が収まるのを待っている状況だ。

「ウフフ~。宝の山よ~?勿体無いじゃないの」

    確かにこの山は手付かずの宝の山だった。それもそのはず、ストーンハウンドと天然のストーンゴーレムの巣窟となっていたからね。
    村長は発掘始めたら周りを気にせず夢中になってるし、一人で撃退・鑑定・発掘・積み込みをする羽目になった。
    はぁ…とアラヤは諦めたように岩に腰掛けて休む。早い段階でせっかく目標は達成したのに、これでは急いだ意味が無い。

「ん?あれって、ヤブネカ村の方角か…?村長!ちょっと見て下さいよ!」

「んもう、何なのよ!」

   作業を止めて出て来た村長は、アラヤの指差している先を見てツルハシを落とす。

「か、帰るわよ!ほら、準備して‼︎」

   二人が見たその先には、ヤブネカ村から狼煙の合図が上がっていた。村で狼煙になる程の火を炊く事は無い。つまり、意図して狼煙を上げたという事。村で何かがあったという事だ。

「行きますよ?よーい、ドン!」

   アラヤは、妙な胸騒ぎが強くなってくるのを感じ、全速力で村に向かって走り出した。






「よし、これを見てくれたら、村長とアラヤ君にも、村で何かあったと分かるはず!」

    村に残されたサナエは、畑群に枯れ草を集めて狼煙を上げていた。何とかしてアラヤに知らせたかったのだ。
   しばらくして、村の外に捜索に出ていた人達が戻り始めた。サナエは、そこにアヤコの姿がないかを探す。

「ダメだ。東側と南側では見つからなかった」

「西側にも居なかった。北側は?ライナスが担当だろう?彼はどうした」

「それが、先生の目印があったとか言って、数人を連れて北の森方面に走って行った」

「それって、北の森に子供達が居るって事じゃないか⁈」

「アヤ!」

    サナエは周りの制止を振り切って、村の外へと走り出した。





    洞窟の中は、以前とは違って所々に壁掛け松明があり、通路は割と明るくなっている。しかし、漂う匂いは強さを増して吐き気を催しそうだ。
    アヤコは壁に手をつきながら、フラつきを押さえて進んで行く。

『…ダン、ペトラ、ケティ、…聞こえてる?』

『先生っ…‼︎』

『聞こえてるよ!真っ暗だよ!怖いよ!』

『先生、変な声が聞こえるよ⁈』

『ペトラ、ケティ、気付いたのね。落ち着いて…決して声を出したら駄目だよ』

   教室が見え、音を立てないように扉の前に隠れて中を伺う。教室の中にはゴブリンが確認できるだけで6体。
   運ばれた木箱以外にも木箱はあり、その中の壊された木箱には、沢山の血がこびりついている。

「ナァ、チョットダケ、カジルダメカ?」

「ダメダロ。コンカイ、サンビキダケ。バレタラ、オマエ、バラバラ」

「ホカノムラグミ、タイリョウ。オレタチ、サンビキ…」

「ユビ、シャブルダケ…」

    仲間の隙を見て一体のゴブリンが、ガタガタと木箱の蓋を開けようとする。

『助けて‼︎先生‼︎』

   フッ!

   堪らずに吹き矢を射ってしまった。矢が刺さったゴブリンが、ガタガタと口から泡を吹きながら倒れる。

「ギィッ⁈マタ、テキシュウ⁉︎」

   アヤコは続けてニ射目、三射目と射つが、吹き矢は連射には不向きな武器だ。ゴブリン達も、入り口が一つしかないので直ぐにアヤコの姿に気付いた。

「イタゾ‼︎ツカマエロ!」

「グラビティ‼︎」

   魔力が枯渇寸前の状態で、敵の動きを重力で封じた。しかも、それは長く持たないだろう。意識が飛びそうになりながら、毒矢をプス、プスと刺していく。

「うっ…」

   一瞬、意識が途切れた。刹那、左足から聞いた事の無い音が聞こえる。直後に走る激痛に悲鳴を上げ、またもや意識が遠退いていく。しかしそれも許されず、両腕を掴まれた痛みで現実へと呼び戻される。一体のゴブリンが両腕を掴んで引っ張り、アヤコを無理矢理床に倒す。もう一体のゴブリンが、ナイフを取り出して舌舐めずりをしている。
    これから起こりゆる事は、アヤコにも簡単に想像ができた。玩具にされて殺されるか、腹を引き裂かれて生きているうちに喰われるかだろう。

「うああああああああぁぁっ‼︎‼︎‼︎」

   最早、子供達の泣き叫ぶ声も、叫んでいる自分の声も、何も分からない。

…………。

………。

……。

…?

   どれだけの時間が過ぎたのだろう。
   音が聞こえない空間の中にいるようだった。
    アヤコは、自分の服が胸元から破られているのを見た。しかし、肌は切られていない。
   視線だけ、横を見る。緑の肌をした動かない首がそこにある。
   少しずつ、何かが反響している。聞き覚えのある音。…声?
   体がゆっくりと起こされる。触れている肌から伝わる温もり。

「う…ぁ?」

「アヤコさん‼︎」

    目の前にいるのは、ここに居るはずの無い人。必死になって私の名前を呼んでくれる。あぁ、可愛いいなぁ…。ゆっくりと手を伸ばして頬に触れてみる。あれ…?夢じゃ…ない?

「アラヤ…君?」

「良かった!本当に良かった!ギリギリだったよ!もう間に合わないかと思った」

「何で⁈何で、ここにアラヤ君が⁈」

「サナエさんと、アヤコさんのおかげだよ」

「意味が分かりません…」

   アラヤは、損傷が激しい左足のヒールを続けながら答える。

「サナエさんが、村から狼煙を上げて異常を知らせてくれた。それに気付いた俺達は、急いで村に帰る事にしたんだ。その途中でライナスとサナエさんに偶然出会った。彼女達から事情を聞いて、ここへと急いで来たんだよ。アヤコさんの要所要所で残していた技能スキルのメッセージのおかげで、最短距離を全力でね」

「でも、でも、外にはあの怪物が居たでしょう⁉︎」

「ああ、それはまだ解決していない。闇魔法のダークブラインドで目隠しをして、その隙に中に入って来たんだ。外では今、ライナスやサナエさん、ザックスや他の守衛達も一緒に、大勢のゴブリン達と戦っている」

「皆んなが来てくれた?でも、どうやって⁈」

   ようやく左足の骨折も治り、アラヤは一息をつく。そしてアヤコの頭に手を置いて軽く撫でてあげる。

「今は気にしなくていいよ。後でちゃんと教えてあげるから。今は、魔力切れの影響で頭が鮮明じゃないだろうし。それにその…目のやり場に困ると言うか…」

    アラヤの視線の先が、自分の胸元を見ている事に気付いた。しかし、彼女にそこで浮かんでくるのは、羞恥心よりも恐怖だった。

「私……あの時…ゴブリンに襲われ…」

「大丈夫だよ」

「え?」

「間に合ったんだ。ギリギリね。本当にギリギリだったよ。あの光景が見えた時には、部屋ごと吹き飛ばそうかと思ったよ。首チョンパで終わったんだけどね」

「私…まだ、汚れていないの?」

「うん。綺麗だよ?」

    ガバッとアラヤに抱きつくアヤコ。その抱き締める腕は震えている。

「アヤコさん…?」

「私ね…頑張ったんだよ?」

「うん、知ってる」

「ご褒美…欲しいな…」

「ご、ご褒美…?んっ…⁉︎」

    その感触は柔らかく、吐息と共に絡めてくる異物は頭を痺れさせた。背中に回していた腕も、アラヤの頭を固定して逃がさない。

「うわーっ!大人のだーっ!」

    二人は子供達の声で我に返る。
おいおいおいおい!アヤコさん!何してんの⁉︎

「私達の事、完全に忘れてたわよね~?」

「アラヤのクセに、生意気だ~」

「う、うるさい!大人をからかうな!」

「ごめんなさい、アラヤ君。初めて貰っちゃいました」

「ええっ⁈」

    初めてだったなんて、言ってませんよ?……はい。その通りです。見栄張ってすみません。
    ファーストキスが、ディープなやつでした。しかもその味は、血の味でした。アヤコさん、ヒールで頭を治したから、傷は治っているだろうけど、口の中切ってたみたいだね。

「グガァァァァ‼︎‼︎」

「‼︎⁉︎」

   そう、まだ終わってない!外ではまだ戦いが続いているんだ。アラヤはアヤコと子供達を見る。ああ、必ず村に帰してやるとも!アラヤは立ち上がり、洞窟の出口へと向かった。
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