上 下
13 / 75
第1章 冒険者になります

冒険者の世界

しおりを挟む
 ギルドの書類申請は、シャルロットの根回しで簡単に終わり、その後はギルドが貸し出している防具を選んで解散となった。
  ギルド内では、やたらとシャルロットの父が、以前より少しずつ範囲を広げている頭上の輝きと、昔から変わらぬ不気味な笑みを浮かべて、背後から監視をしていた。心配しなくても、彼女に危害どころか、こちらが被害者ですよと言いたかったなぁ。

「タケル、また明日ね」

別れ際に手を振る彼女は、可憐でとても美しかった。我儘や、無理矢理な押し付けが無ければ良かったのにと心から思う。

 家の前に着くと、今日の仕事中に連れ出されて、そのままだったことを思い出す。少し気まずいかなと扉を開けると、いつもと変わらぬ、夕飯を食べる家族の姿があった。

「あ、帰ってきた」
「振られたのか?」
「てっきり夕飯いらないと思ってたから、何か作らないと」
「ギルド長に迷惑を掛けてないだろうな」

 俺を見るなり好き放題に語り出す。店に迷惑を掛けたと思った俺は何だったんだ?

「もっと他に聞くことあるだろう?転職ジョブチェンジのこととか」

そう言うと、家族は不思議そうに目を合わせる。

「別にいいんじゃないの?鑑定士の経験値が入らなくなるだけだし、作業効率も若干落ちる程度だから」
「何も、無理に鑑定屋の仕事を手伝う必要は無いよ。母さんは、タケルがやりたい仕事あるなら応援するし」
「お前、お父さんの上級職の考古学士だって、上級職昇格ランクアップの条件に、鑑定士以外にも後二つ職種が必要なんだぞ。」

 何なんだ。俺って考え過ぎなのか?家を手伝うのが当たり前だと思っていたんだが。

「あの子のとばっちりが私達に来ても困る」
「それに、タケルはあの子に逆らえない気がするし」

 そっちが本音か。その指摘に冷や汗が流れた。ごもっともです。

「どうせなら、家も出ちゃいなよ。冒険者するなら、生活サイクル変わっちゃうし、彼女とも会い放題だよ?!」
「例え家を出ても、彼女アイツにだけは絶対口外しないでくれ!」

 結果、突然転職する事になった俺は、冒険者となり、しかも家を出て独立生活を始める事が決まった。

次の日の朝、タケルは冒険者ギルドの前に居た。少なくとも、無理矢理よりは自分から来た方が、無難なのは間違い無いし。

「おはよう、タケル」

振向くと、ピンク色の軽装防具ドレスアーマー姿のシャルロットが現れた。彼女は来て早々にタケルの装備をチェックし始める。

「ん、大丈夫だね。後は道具を一通り揃えてから行きましょう」

道具屋では、冒険者の必需品回復薬ポーション以外にも、雑貨や食料品も取り扱っていて、クエストに挑戦する前にここで、再度確認、補充するのが鉄則だろう。
 バックパックの中を整理して、買い足した食料品等を詰め込む。今日は遅くなる予定だ。

「今日のダンジョンは、斬り裂き谷のゴブリンの巣窟よ」

 斬り裂き谷への道は、トーキオの東出入り口から北東に進み、小高い山々の広がるシンバ山脈へと入る。
 山々の間を流れる清流からなる渓谷に、今回の目標はあった。

 ゴブリンは、小鬼に属する魔物で、肌は緑で体は小柄。少しだけ知性があり、団体で生活・行動をする。

「シャルロット、戦闘二戦目がゴブリンって、レベル1の俺にはまだ早くないか?」

 二人は茂みの影に身を潜め、既に発見したゴブリンの巣窟を見張っていた。

「そうね。ゴブリンは1体でもレベル3くらいの強さだから、ギリギリ勝てるくらいかしら?」
「ギリギリかよ…」

シャルロットは、タケルの肩に手を置いて優しく励ます。

「大丈夫。1体ずつ、ヒットアンドアウェイで撃破すればいいの。その度に経験値が上がるから、トントン拍子でレベルも上がるわ」

 全く励ましに聞こえないが、ここまで来たらやらざるを得ない。危なくなれば、彼女が助けてくれると信じ、タケルはクエストを開始した。

 巣窟の入り口付近には、1体のゴブリンが集めた木の実を咀嚼している姿が見える。タケルは、音を立てないように死角に入る。
 鼓動が早まる。攻撃に出るタイミングを見計らっていると、洞窟内からゴブリンの声らしきものが聞こえてきた。
(どうする?!)
咄嗟にタケルが取った行動は、仲間が増えてチャンスを失う前に、油断をしている目の前にいるゴブリンへの速攻だった。
 背後からの勢いのある刺突。剣は背中から胸を突き破り、ゴブリンを絶命させる。

「グルァァァッ!!」

 目の前で、同胞が吹き飛ばされるのを目撃したゴブリン2体は、けたたましい声で叫んだ。すると、1体、また1体とゴブリンが現れる。その手には棍棒や木の槍を装備した奴もいる。
 計6体、挟まれた位置にいる。
(これはヤバくないか!?)
 救援してとシャルロットを見ると、彼女はティーカップを手に持ち、紅茶らしきものを味わっていた。目が合ったが、ゆっくりと微笑むだけ。
(あいつ!静観を決め込んだな!?チクショ~ッ!!)
 しかし、タケルはヤケにはならなかった。頭は冷静だ。間近にいたゴブリンが棍棒で殴り掛かる。それを最小限の動きで躱し、胴体に反撃を打ち込む。そして直ぐに距離を取る。
 次のゴブリンは2体同時に攻めてきた。
槍の穂先を剣で弾き、その勢いのままでもう1体の顎を蹴り上げる。よろめくゴブリンに追撃して斬り伏せた。
 確実にトドメを入れて数を減らしていく。この戦い方でいくしかない。
 
「ギャァァァァァッ!」

  ゴブリンは断末魔をあげる。2体、3体と、攻防を繰り返し何とか倒せた。残りは後2体。ゴブリンは臆したのか叫ぶだけで攻めて来ない。よし、それならと、こちらから仕掛ける。
 1体のゴブリンが怯み体制を崩した。そこをすかさず上段から斬り下ろす。

  ドカッ!!

 鈍い音がして視界が揺れる。何が起こったか直ぐに理解した。倒れ込む間際に、ゴブリンの姿が視界に映る。自分の死角に現れたゴブリンは、拳大程の石を投石してきたのだ。
 体制を立て直そうとするが、その隙を逃すはずも無く、横腹と背中に棍棒による打撃をもらった。転がるように退避するが、直ぐに詰め寄られる。3体による同時攻撃。捌ききれず、頭だけは直撃を防ぐが、ダメージは増える。
(クソッ、このままじゃ…)
剣が弾かれ、棍棒が目前に迫る。時間が遅く感じる。
(ヤバイ!死…?!)

バシィィィン!!

 全ての時が止まる感覚。ゴブリンは棍棒を振り抜く直前の状態で止まっている。しかし、時間が本当に止まっているのでは無く、強制的な行動停止。ついこの間、身を以て味わったばかりだ。

「全く、見てられないわね」

 やはり、シャルロットの技能スキルが発動したらしい。長く強靭な鞭を持つ彼女が直ぐ側まで来ていた。どうやら、タケルだけは動ける状態にあった。ゆっくりと飛ばされた剣を拾う。

「それってもしかして、調教師テイマー技能スキルなのか?」

 シャルロットは正解と笑う。タケルは、動けないゴブリン達にトドメを刺した。(なんて恐ろしい技能スキルなんだ!本来、魔獣や魔物といった凶暴な相手に使う技を、俺に使ったなんて!)

「私より、メンタルが弱い相手にしか通用しないわよ。貴方相手にも、役に立ったし。むしろ、それ目的だったかしらね」

 タケルの心を読んだかのように彼女は答えた。タケルは背筋が凍る。

「使える技能スキルは何でも利用する。これが冒険者の世界よ」

 タケルは、全身のダメージと疲労でそのまま座り込む。ふとバッジを見ると、レベルが3に上がっていた。

「いきなりレベルが2上がった。ハハハ…」
「命を賭した戦いなら、特に上がりやすいの。この調子で頑張りましょう」

 満面の笑みで語る彼女に、いつか殺されるなと確信して、ゆっくりと意識を手放した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ラッキーアイテムお題短編集2

ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
ラッキーアイテムをお題にした短編集・第2弾です。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬
ファンタジー
 独身一人暮らしの気楽なサラリーマン「加藤祐也」は、週末になると凝った料理を作っては動画サイトに投稿している「素人料理人」だった。ある日、いつものように料理の撮影を終えて食事をしていると、食いしん坊でちょっと残念な「のじゃロリ女神ヘスティア」に呼び出されてしまう。 元の世界に戻れなくなった主人公はチート能力を手にして異世界へと転移する。 「どうせなら魔王を倒し、勇者として歴史に名を刻むのじゃ!」 「はぁ? 嫌だよそんなの」  チート能力「アルティメット・キッチン」を使い、元の世界から食材や調理道具を取り寄せつつ、異世界で気楽なグルメ旅を始めた主人公は、様々な人と出会い、食文化を広げていくのであった。 ※読むだけでお腹が空くような、飯テロノベルを目指して書いています。画像はiStockで購入、加工して使っています。著作権の問題はありません。 ※エロシーンは多分無いですが、一応のためR15にしています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

アイテムボックスを極めた廃ゲーマー、異世界に転生して無双する。

メルメア
ファンタジー
ゲームのやり過ぎが祟って死亡した楠木美音。 人気プレイヤーだった自身のアバターを運営に譲渡する代わりに、ミオンとしてゲーム内で極めたスキルを持って異世界に転生する。 ゲームでは、アイテムボックスと無効スキルを武器に“無限空間”の異名をとったミオン。 触れた相手は即アイテムボックスに収納。 相手の攻撃も収納して増幅して打ち返す。 自分独自の戦い方で、異世界を無双しながら生き始める。 病気の村人を救うため悪竜と戦ったり、王都で海鮮料理店を開いたり、海の怪物を討伐したり、国のダンジョン攻略部隊に選ばれたり…… 最強のアイテムボックスを持ち、毒も炎もあらゆる攻撃を無効化するミオンの名は、異世界にどんどん広まっていく。 ※小説家になろう・カクヨムでも掲載しています! ※9/14~9/17HOTランキング1位ありがとうございました!!

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

『購入無双』 復讐を誓う底辺冒険者は、やがてこの世界の邪悪なる王になる

チョーカ-
ファンタジー
 底辺冒険者であるジェル・クロウは、ダンジョンの奥地で仲間たちに置き去りにされた。  暗闇の中、意識も薄れていく最中に声が聞こえた。 『力が欲しいか? 欲しいなら供物を捧げよ』  ジェルは最後の力を振り絞り、懐から財布を投げ込みと 『ご利用ありがとうございます。商品をお選びください』  それは、いにしえの魔道具『自動販売機』  推すめされる商品は、伝説の武器やチート能力だった。  力を得た少年は復讐……そして、さらなる闇へ堕ちていく ※本作は一部 Midjourneyにより制作したイラストを挿絵として使用しています。

処理中です...