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第6章 勇者候補の修行

古代文字

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 昇格試験から5日が経った深夜、全身を黒装束で纏い、習いたての隠密技能スキルを使用した男が、特別資料室の扉の鍵を開けていた。

「本当に開いた…」

 男は室内に入ると、マスクをぐいっと下ろして静かに安堵の息を吐いた。
 脳内マップで近辺に誰も居ない事を再確認すると、マリが開発した筒型の魔石灯【懐中電灯】(小型タイプ)を取り出して目的の物を探す。
 辺りには、天井まである本棚が何列も並び、全ての棚に古い書物や巻物といった貴重な資料が収められている。
 慎重に見出しを灯りで辿り、列毎に目的物がないか確認していく。
 三列目の上の段まで来たところで、彼の手が止まる。

「…やっぱりあった…」

 懐中電灯を口に咥え、慎重にその書物を棚から抜き取る。探し物はもう一つあり、それも程なくして見つかる。二冊の分厚い書物を、少し開けた床に広めの布地を敷き優しく置く。

「ラネットさんには悪いけど、どうせなら全部マスターしたいからね」


 それは今日の午後の修行の時だった。今日の午後の担当はラネットで、資料室で過去の魔術師が発案した魔法の解析を行った。あくまで解析であって、実際には発動実験は行わない修行で、正直なところやる気は低下していた。

「あんたね~。いくら五元素全ての魔方陣の術式を覚えたからって、集中力無さ過ぎよ~」

 そう言うラネットも、問題として出した魔法の資料を全て正解されて、つまらなそうな表情である。

「すいません、ちょっと気になる魔法が有りまして、その術式を考えてました」

「ふ~ん、どんな魔法なの?」

「竜に変身したり、隕石を落とす魔法とか…」

「はぁ?そんな魔法あるわけ無いでしょ~」

 とぼけた顔をするラネットだが、資料を持つ手がやや反応した事に気づく。

「そういえば、ギルドと繋がっているあの転移魔方陣って、ラネットさんが発動したものですか?」

「ん?あ~、そうね。カエデが総ギルド長に任命された時のやつだから、二十年くらい前に発動したわ」

 当時を思い出したらしく、長い月日の経過に彼女は深いため息をついた。

「二十年って⁉︎どうやって魔力を補ってるんですか?しかも、あの魔方陣の文字は見た事の無いものでした。教わった5元素や、知っているルーン文字とも違うし。ひょっとして竜言語文字ですか?」

「魔力は城内で魔力を持つ者達から微量の魔力を吸収して成り立っているわ。そんな事よりも、何でルーン文字を知ってるのよ?それに竜言語まで…確かにあれは古代文字の竜言語よ。しかし、貴方には必要無いわよ」

「父は考古学者でしたから、エルフが使用するルーン文字の資料も研究していて、それを読んだことがあるんです。竜言語は件のクエストでドワーフの王が使用したと聞いただけですけど、やっぱりアレが竜言語文字なんですね。ラネットさん、せっかくですし古代文字の方も教えていただけませんか?」

「呆れた!貴方が目指すのは勇者であって、古魔術士では無いでしょう?もうこの話は無しよ!大体、貴方は早く得意魔法の選定をしなきゃならないのよ?」

 勇者は戦闘において多くの魔法を必要とはしない。一つは戦闘の手段、打開の為の攻撃魔法。二つ目は回復系、肉体強化等のサポート系の補助魔法。魔力量の少ない勇者には、この二つで十分だというのがラネットの見解だ。そしてその二つを、身体に馴染ませる程に得意とする必要がある。
 これにはタケルは賛成していなかった。確かに勇者は、魔法剣士みたいな戦い方が1番良いのかもしれないけど、タケル的には知れるものは知っておいて損は無いと考えている。状況に応じて臨機応変に魔法を使用できたら、それに越した事は無いと思うからだ。

「良い?次の担当日までに決めておいてね!」

 ラネットは少し機嫌が悪くなったようで、資料を整理すると部屋を出て行ってしまった。
 タケルも部屋に戻ると、ベッドへとダイブする。天井を見上げながら、一応候補の魔法を思い浮かべる。

「勇者自体、ほぼ全ての職業ジョブ技能スキルが使えるわけだから、確かに魔法に固執する必要は無いんだよなぁ。だから、他の職業ジョブにでき無い事を魔法でするべき。もしメンバーに回復担当が居ない場合を考えて、完全回復パーフェクトヒールは覚えとくべき…かな?前のクエストみたいに、鉄製の鳥やトロル、ケオスドラゴンみたいな硬い魔物用に貫通力がある魔法も必要かなぁ。あの時はブルゲンやウィルソンが居たからなぁ…」

 破壊力のある二人の戦う姿を思い出していると、タケルの脳裏にウィルソンの手紙が突然閃いた。

「特別資料室の鍵…もしかして俺が知りたがると分かっていて用意してくれてたのかな?」

 タケルを幼少期から監視されていたのなら、ウィルソンはタケルの知識旺盛な性格を理解しているだろうし。

「よし、せっかく鍵があるんだ。使わなきゃ損だな」

 …そう決断して今に至る。
 並べて置いた二冊の書物。先ずはルーン文字からかなと、ゆっくりと表紙を巡ろうとする手が止まる。指先に伝わる違和感に気付いたのだ。

「…これは呪いが掛けられているな…」

 盗難防止用の呪いのようだが、幻覚・麻痺等の呪いなどタケルには無意味である。直ぐに解呪を施して、初めの表紙を巡った。

「あ…」

 表紙を巡り、最初に見た挿絵にタケルは目を奪われた。
 そこには凛々しい姿で描かれているエルフの男性の姿。随分と大人になっているけど、あの頃の面影がある。
 挿絵の下部に「魔法の開祖 イシリオン」と明記されている。
 次の頁からは、彼がいかにして元素から魔法を作り上げたかや、魔力を灯すルーン文字による効果などの数々の伝記が書かれてある。

「イシリオン…良かった。頑張ったんだな」

 タケルは、そのまま伝記は読まずに頁をめくる。彼の伝記をここで読んでしまうと、彼と交わした手紙の約束の内容を先に知ってしまいそうに思えたのだ。

「よし、ルーン文字の術式はなんとか理解できた。後は、竜言語魔法だな。あまり時間が無いから急がないと」

 考古学者の技能スキルの「早期解読」と記録書記官の技能スキル「映像記録」の兼用により、分厚い書物は数分で理解てきた。
 もうひとつの書物の呪いも解き、頁をめくっていく。挿絵に描かれているのは隻眼のドワーフで、「竜と盟約を結んだドワーフ ガンブルク」と明記されている。
 竜言語魔法とは、地底竜と心を交わしたガンブルクが、竜から大地に流れる龍脈と呼ばれる力の流れと、魔石に蓄積された魔力をコントロールする術を教わり、竜の姿をイメージして作られた文字と言葉による魔法のようだ。この竜言語魔法は、竜と一部のドワーフのみが使用した記録しか無いが、一説には魔族が使用したとも伝えられている。
 細かな魔法の種類や術式は記載されていない。竜言語魔法自体、一子相伝の秘術とされているようだ。しかし、その竜言語文字と使用用途を解明した者達によって、文字の意味や配列はほぼ記載されていた。

「全てでは無いけど、後はブルゲンに聞いたり、転移装置の文字を解明すればマスターできるかもな」

 書物に、開く前に掛けられていた呪いを掛け、再び棚に戻して特別資料室を後にする。
 索敵サーチ技能スキルとカエデから習いたての隠密技能スキルも十分な効果を発揮して、自室まですんなり帰る事が出来た。

「勇者って、ひょっとしてかなりヤバイポジションなんじゃないだろうか?」

 今回も多彩な技能スキルにより、国家機密をすんなり盗む事も可能な隠密行動できた。戦争の戦闘・戦略、または私利私欲の為の国家に利用されたりする危険性もある。つまりは、他国からは勧誘や暗殺の可能性、自国からは権力を持たしてはならぬと、貴族や宰相の暗躍があるかもしれない。
 ブレなく魔王を倒す為に行動できるだろうか?まだ勇者になったわけでも無いのに、タケルは勇者が持つ力の大きさに怖さを感じた。

「今は考えたって仕方ない!」

 考えを振り払う様にしてベッドへと突っ伏す。

「今は目の前の事に集中しよう」

 タケルは仰向けになり、約束を交わした古代の少年に思いを馳せて眠りに落ちるのだった。
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