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第6章 勇者候補の修行

枢機卿との対談

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 バンカーは中庭を抜け、王宮の西口に特設されているリーニエッシ教の教会へとタケルを連れて来た。
 教会の入り口には左右に巨大な女神像が並び、来訪者を笑顔で見下ろしている。
 入り口の扉の前に着くと、一人の司祭が現れて二人の進路を遮る。

「お帰りください。今朝も申した筈ですよ?事前にアポを取りおいでくださいと」

「え?アポ取れて無いんですか?」

「まぁな。昨日の今日でいきなり取れるもんじゃ無いだろ?それをあのウィルソン馬鹿が無茶を言うんだよ。でもな、枢機卿に会う為のアポなんて、普通に待っても半年以上掛かるんだぜ?」

「そう言う事です。ささ、お帰りください」

 司祭の男はそのまま二人を追い返そうとする。タケルは、それじゃあ、全くの無駄な足掻きだったのかと項垂れていると、バンカーは足を止めて微動だにしない。

「だけどよ、ちゃんとお前さんは伝えたのかよ?俺が会いに来たって事を」

「と、当然です。ですが枢機卿様は忙しいのです!」

 ふ~ん、とバンカーは疑いの目でその司祭を見る。そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべると、突然大声で叫んだ。

「クロエ~‼︎せっかく来たが会えない様だから帰るからな~‼︎」

 すると扉の向こうが急に騒がしくなり、制止する声が聞こえる中、その扉は開かれた。

「クロエ様‼︎」

 開かれた扉から現れたのは、一見したら子供?と思ってしまう程に背が低い、聖職者の衣装を着る女性だった。
 彼女はタケル達を見るなり、狼狽える司祭に問い掛けた。

「これはどういう事です?私の大事な訪問者を、連絡も無く追い返そうとしたのですか?」

「あ、いや、クロエ様。余りにも急なアポの要求でしたので…申し訳ございません」

 クロエにジッと目を見詰められ、司祭は言い訳を辞めて謝った。

「彼等は、私には大事な方々です。特に隻眼のこのお方は、数年ぶりに会う唯一の身内なのです。この方々を応接室へとご案内なさい」

 彼女はそう言いつけると、再び奥へと戻って行った。彼女の周りには、取り巻きの様に司祭達がぞろぞろと付き従って行く。
 残されて項垂れる司祭は、バンカーを睨めあげた後、低い声で付いて来いと言って案内を始めた。

「バンカーさん、身内ってまさか⁈」

「ん?ああ、クロエは俺の歳の離れた妹だ。会うのは、クロエが枢機卿に任命された時だったから、五年ぶりかな」

 バンカーの見た目の歳は50代前半だった事から、ひょっとしたら娘かもとタケルは思ったが妹だった様だ。


「バッジを預からせてもらう」

 応接室の前に着くなり、司祭は二人にそう言って手を差し出す。

「枢機卿様の安全を確保する為だ。教会ここは王国とは管轄外、教会ここルールに従ってもらう」

「分かってるよ。そう睨むな。ほら、お前もバッジを渡せ」

 バンカーに促され、タケルは慌ててバッジを外して司祭に渡す。
 バッジは肌身から離すと加護が発動しない。つまり、本来の能力と体力の状態になる。バッジを持つ者は、入浴時ですらも近くに必ず置いているのが常識だ。この世界においてバッジを離すのは、無防備になると変わらないのだ。
 この後に控えている国王との謁見の際も、こういった無抵抗を意味するバッジの一時的に預ける行為は当たり前となっている。

 司祭はバンカーの、見る角度で七色に輝く伝説級職業ジョブのバッジと、タケルの銀の探検家のバッジに銅の剣士と鑑定士のバッジの二つを確認する。

「責任を持って、預からせて頂く」

 司祭はそう言うと、用意してあった宝石箱のような中に丁寧に蔵い持って行った。

「どうぞ、お入りください」

 一連の行動を確認していたのか、中から付き人らしい女性の司祭が扉を開ける。
 二人が室内に入ると、女性の司祭は一礼して出て行った。

「お兄ちゃん‼︎」

 彼女が出て行ったのを見計らって、クロエはバンカーに飛びつく様に抱き着いた。

「グラハバンに来てるなら、早く会いに来てよ~」

「着いたのは昨日だ。それにクロエは多忙だろう?」

「え~っ、退屈なんだよ~。毎日朝と夕方の二時間の祈祷を捧げるのと、何処かのお偉方さんの話を聞くだけだし…」

 そこで、一歩離れて見ていたタケルと目が合うと、クロエは顔を真っ赤にして急に身嗜みを整えた。

「こ、コホン。これは大変失礼な姿をお見せしました。私はクロエ=ロナウド。リーニエッシ教の枢機卿の一人でございます」

 軽く咳払いをして姿勢を正し、自己紹介を始めたクロエの目は、タケルの目を捉えて離さない。

「そうですか。貴方が今回の謁見で、国王とお会いになる予定のタケル=ハザマ様なのですね。勇者候補を辞退したいという事ですか…」

「え、あ、はい。そうです」

 まだ名乗ってもいないのに、用件まで見抜かれてしまった。

「クロエは【神眼】を生まれながらに授かっている。それ故に12歳という異例の若さで大司祭、枢機卿にまで任命された。【神眼】は【悟り】の上位技能スキルに当たる。悟りのように対象の思考を読むばかりではなく、その記憶まで解読出来てしまう。クロエの前では隠し事は無意味という訳だ。立ち話は疲れるから座ろうぜ」

 バンカーがそう言ってソファに腰を下ろすと、その隣に当然のようにクロエも座る。タケルは二人と対面する形で座る事となった。

「タケルさん、結論から申し上げると、私が国王様に対して貴方が勇者に向かない事を進言するのは不可能です」

「ええっ⁉︎どうしてですか⁈」

「私は嘘が付けないからです」

「は?」

「貴方はウィルソン氏に騙されたのです」

「クロエ、その表現は良くないぞ?」

 淡々とクロエの答えに、タケルは理解が追いつかない。

「そうですね。つまり、一番可能だったのは、貴方は私に会わずに国王と謁見を行い、勇者としての認定を外されるべきだったという事です。私は確かに謁見には立ち会いますが、国王の御前では【神眼】の使用は教皇に禁じられています。一国家の政治的要因になってはならないという理由です。ですから、私は貴方を視る事無く勇者の認定を取り下げたでしょう」

「えっ?じゃあ、枢機卿様にお会いしなければ、勇者認定はもともと取り下げ可能だったという事ですか?」

 無言でクロエは頷く。タケルはショックで固まってしまう。無駄どころか、全くの逆効果を行なってしまったのだ。

「多少の質問や、協定を結ぶ為に数日程軟禁されるくらいで終わったと思われます」

「そんな…俺には勇者の資格はありませんよ?大体、全ての職業ジョブを使えないと勇者には上級職昇格クラスチェンジ出来ないんでしょう?俺はまだまだですよ!」

「馬~鹿、そりゃデマだ。誰でも彼でも勇者を目指さない為のな。普通に考えても一生の間に全部の職業ジョブを手に入れれる訳無いだろ?むしろ逆でな、勇者の職業ジョブになると伝説級レジェンドは無理だが、全ての上級職業ジョブまでは技能スキル使用可能になるんだよ。まぁ、いろいろ条件はあるだろうけどな」

 凄いよなぁ?と羨ましがるバンカーだが、本人も伝説級レジェンド職業ジョブなのだから、あまり本気で言っている様に思えない。
 それにしても、勇者には条件さえ満たせば今のタケルにもなれるという事が分かったのだ。

「……でも勇者をやりたくありません。他の人にも可能ですよね?」

「…タケル様、東の大陸の、初代エルフ王イシリオンの遺産という物をご存知ですか?」

「イシリオン⁈え?それはどういう…」

「東の大陸にあるラウスド帝国の博物館に保管されているそうです。他にも、セルゲンというドワーフが一人で創ったとされる地底遺跡等が、東の大陸にはあるらしいですよ」

 古代で出会った、エルフへと進化してしまった少年イシリオン。どの様な生涯を終えたのだろうか。ブルゲンの弟にして古代で生きる事を誓ったセルゲン。彼が創った建造物…見てみたい!

「東への渡航許可や、他国の重要建造物への立ち入りは、勇者なら簡単に許可が下りるみたいですよ?」

「うっ…しかし、あの魔術師ノゾムに、俺は何も出来ませんでしたし…」

(お、大分悩んでるな。後一押しじゃないか?)
 タケルの心が大きく揺らいでいるのは、バンカーにも見て取れた。

「ウィルソンが言ってたんだが、古代でお前、魔王に名前を覚えられたらしいじゃないか。古代に行ったってのも驚きだが、魔王の印象に残るって半端ないな」

「あの時はいろいろと大変で、聞かれたら答えてたというか…」

「そう、それが貴方が勇者に選ばれる一番の理由です」

「へ?」

「貴方の名を覚えた魔王は、タケルの名が付く勇者以外とは、自らは戦わないと公言して記録にも残ってしまったのです。それ故に、世界各国の勇者候補には、名前がタケルと付く者に限られてしまった」

「お、俺のせいじゃ無いですよ。大体、勇者が居なくても魔王とは戦えるでしょう?」

「まぁ、戦ってはいるんだがなぁ。魔王にたどり着く前に部下に全敗しているのが現状かな。魔王の奴には四天王と呼ばれる魔族が居てな。それすら攻略出来ていない。是非とも本物の勇者様に頑張ってもらうしか無いのさ」

「今は勇者になるべく奮闘中さ!でしょう?貴方は自ら魔王に宣言したのです。ならば頑張りましょう!私も国王には推進しますので!」

「あぅ…ウィルソンさんの馬鹿野郎…」

 クロエに記憶を視られた事で、タケルは完全に辞退する事は不可能となってしまったのである。

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