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第3章 神色の世界

第32話 新たな依頼

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 とうとう、依頼神を【選別】すると公言した日が来た。
 ヘルメス邸の門前には、朝から多くの天幕が張られ、神々とそれに仕える天使達が早朝からハヤト達の登場を待っていた。

「ふぅ…」

 僅かに手が震えている。
 緊張するのは当然、相手は神々だ。だが、俺自身も神の末端であり、守るべきモブリアも女神だ。
 今日の【選別】はとても重要だ。何故なら、次回からもこの選び方が定着するからだ。

「ハヤトさん…」

 ハヤトの緊張する様子を見て、モブリアが心配そうに見ている。

「大丈夫だ。行こうか」

 ハヤトは意を決して、神々の前に姿を現した。
 続けてモブリアが姿を現すと、ワァッと歓声が上がる。…この差は仕方ないだろう。

「転移依頼でお越しの皆様方、大変お待たせしました。既に、皆様方の中より次に依頼を受ける幸運な神は選ばれております。今からその名ををお呼びします。呼ばれました神には、女神モブダリアの前にお越しください」

 名前を呼ぶのはモブリアにしてもらう。俺はあくまでも選ぶだけであり、主役は間違いなくモブリアだからだ。
 前に立つモブリア背後で、ハヤトは【選別】で権能で出た名前を伝えた。

「私が次の仕事をお受けするのは、…モーリアン様です」

 その名を聞いた神々からは、自身が選ばれなかった落胆の声と、どうしてアイツなんだと驚きの声が上がった。

 呼ばれて出て来たのは、荒れた髪を垂らして恐ろしい表情を見せる老婆の女神だ。
 彼女の姿は、一昨日のヤジを飛ばしていた神々の後ろに居るのを見ていた。

『へぇ、私を選んだって事は、好意的な神や忖度で、依頼を選んでないって事だねぇ?』

 彼女のその下から睨め上げる視線は、ハヤトの【安息】の権能を騒つかせる。

「もちろんです。新たな依頼も、私からすれば【出会い】でもあります。私は決して、自分の意志で出会いを選ぶ事は致しません」

 モブリアは動じず、彼女の手を取り握手を交わした。
 それを見ていた神々から、悲鳴に似た非難の声が上がる。
 どうやら、モーリアンは他の神々からは良く思われていないようだ。

「皆様方、お聞きの通り、次回の転移依頼はモーリアン様に決まりました。選ばれなかった皆様方は、次回の転移依頼が空いてから、またお越し下さい。尚、依頼内容に関する御質問等は受け付けておりませんので、ご了解下さい」

 ハヤトは、これ以上は相手できないと、モブリアとモーリアンを屋敷内に入るように促した。

 ブツブツと愚痴を溢して帰り始める神々を見ながら、ハヤトも屋敷に入った。

「ちょっと、誰なんだアンタ⁉︎」

 ミノルの嫌がり慌てる声が聞こえて、その場にハヤトは急いだ。
 するとそこには、紅いドレス姿のとても美しい女神が居て、ミノルの首に腕を回して誘惑していた。

「モーリアン様、我がしもべへの御戯れは止めて頂きたい」

 看破眼に映るのは、先程の老婆姿と同じ名前だった。
 どうやら、真の姿は今の美女らしい。その姿なら好む神もいるだろうに、何故、わざわざ陰湿な老婆を演じるのかは分からない。

『面白そうだから、転移神が居ない間に籠絡してやろうと思っていたけど、いやぁ、真の姿の私相手にも強気なところは、クーフーリンに似ているね!気に入ったよ』

「ハッ、モブリアは⁉︎」

 確かに、彼女と一緒に居た筈のモブリアの姿が見えない。

「ハヤト、モブリアさんなら、その人に何か言われて厨房に走って行った」

 モーリアンから距離を取り離れたミノルは、乱れた服を慌てて直す。
 丁度そこへ、モブリアが料理を両手に持ち現れた。

「モーリアン様、ご要望のアルスター・フライとポリッジです。陳さんが調べて作って下さいました。…あれ、その姿は…?ハヤトさんもミノルさんも、どうされました?」

 彼女は相変わらず、簡単に頼み事を聞いてしまったようだ。

『フフ、せっかく用意して下さったのだから、頂きましょうか』

 モーリアンは何事も無かったように、モブリアに笑顔を見せる。

「おいおいハヤト、まさか、あの女神が次の依頼神なのか?」

 ハヤトが頷くと、ミノルはうわぁと明らかに嫌そうな顔をする。まぁ、無理もない。
 人間相手に初対面でいきなり誘惑する神なんて、怪しいことこの上ない。

「まぁ、とにかくそういう事だ。俺は今から依頼確認に入る。テスターの準備を仕上げとけよ?」

「もう終わってるよ。依頼内容次第では、いつでも旅立てる」

 依頼内容が、前回同様の文明レベルを上げる為の調査なら、直ぐに旅立てる準備ができているようだ。
 テスターの仕事に責任を持って挑もうとしているのは、とても頼もしいな。

「分かった。じゃあ、後でな」

 ハヤトは、彼女がモブリアと食事をしているだろう応接間へと向かった。

 部屋に入ると、モーリアンは再び老婆の姿になっていた。
 モブリアの前では、真の姿で誘惑する必要が無いと判断したらしい。

『ああ、来たかい。保護者殿。即席で作ったにしては、この食事、美味しかったよ』

「それは良かった」

 ハヤトは彼女の対面に座ると、看破眼をフルに活用する。そうする事で、相手が自身より上位神であろうとも、多少なりに見抜けるのだ。

 モーリアンは、ケルト神話の女神で戦女神である。
 今の見た目は老婆だが、麗女や女傑、偶にカラスにも姿を変えれる。
 権能は、破壊と殺戮で、戦の勝利をもたらす女神として崇められている。
 予知と魔術を得意としているようだ。

「満足のいく食事で、空腹が満たされたのであれば、そろそろ依頼内容を伺いましょうか?」

 ハヤトが少し声のトーンを下げている事に気付き、モブリアには彼が少し苛立っているのだと分かった。

『ああ、そうだね。反応楽しむのはこれくらいにして、そろそろ本題に入ろうかね』

 モーリアンも察したようで、老婆の姿からみるみるうちに戦武装した女傑へと姿を改めた。

『私が転移神モブダリアにお願いしたいのは、私が管轄している星、ランガジャタイの事だよ』

「平和を…終わらせる⁉︎」

『ああ、そうさ。ランガジャタイは今、至って平和でね。転移者を4、5人程集めて、戦争を起こして欲しいのさ』

「えっ⁉︎転移者を呼んで、わざわざ戦争を起こすのですか⁉︎」

 モブリアは驚き、思わず立ち上がった。

『何を驚く?私は戦で崇められている神だ。私が信仰される場はいつだって、戦いがある場所だよ?』

「う…。そう…ですが、その世界の住民の幸せを、無理に壊す必要は…」

「モブリア、私的な感情はそのへんでやめてくれ。モーリアン様、詳しい情報が必要なので、幾つかの質問に答えて頂きます。よろしいですか?」

『もちろんだよ』

 ハヤトは、動揺するモブリアを制して、質問を切り出した。

「ランガジャタイの今の平和的環境とは、どの様な状態ですか?」

『8カ国ある国々で、和平協定が成立してから100年ってとこだね。小国はこの間に、大国の傘下や連邦国となり、実質的には三国にまでなっている。ただ、権力争いはあるものの、至って平和な状況だよ』

「転移者に願う行動と、4、5人必要という理由は?」

『転移者には、各国の内部で扇動をしてほしいんだよね。人数が必要なのは、1カ国だけが蜂起しても効果は薄いからだね』

「その計画について、ランガジャタイの創造神や他の神は賛成しているのですか?」

 彼女は星を創造できる程の上位神ではない。つまりは、ランガジャタイを創造した主神が、他に居るという事だ。
 だが、この質問をした途端にモーリアンは大笑いした。

『アハハハハ!それがね、この星を創造した神はもう居ないのさ!他の神達もね!』

「創造神が居ない?どういう事ですか?」

『…彼等は逃げ出したのさ。今は、私だけが唯一神であり、管理している。だから、私が転移者に何を願おうと、反論は無くそれが決定となるんだよ』

 彼女はソファの背もたれに寄りかかると、ランガジャタイの星の映像を出した。
 その星の全容を見たハヤトは、彼女が破壊を望む理由を少しだけ理解できた気がした。

「文明レベル5…、いや、まだ4ですね。だが、既に変わりつつある。もし、願い通りに争いを起こしたら、この文明レベルも失う可能性がありますが?」

『望むところだよ』

 むしろ、それが狙いの可能性がある。ハヤトは更に詳しく聞く必要があると、質問を続けるのだった。
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