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第2章 それは、本能?理性?

巨人殺し

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 困った。
 まさか、冒険者達がこんなにも早く巣穴まで到着するとは思っていなかった。

 ホーンラビットに転生していたアッシュは、自分の巣穴に集まった冒険者達が、せっかく捕獲用に隠していた粘糸綱が、不発に終わったのを見て反省していた。

 最初の計画では、手頃な新人冒険者達を兄弟達がマークし、キラービーの巣まで誘き寄せて襲わせる。
 逃げ出す冒険者達の退路を誘導し、巣穴まで向かわせたら、俺が用意した罠で一網打尽にする予定だった。

 しかしまだ、後を追い立てる兄弟達の姿もない。
 まさか、あの兄弟達が簡単に捕まるとは思えない。
 ルート途中にあった罠は、事前に取り外してあるのだし、キラービーの巣からは、ほぼ南に直線だからな。

「間違いない、ネームドだ‼︎」

 リーダーらしき冒険者がそう叫ぶと、アッシュを囲むようにして3人の冒険者が動いた。
 1人は棍棒を持ち、もう1人は片手斧を持っている。
 この2人は見覚えがあるな。確か、昨日襲った冒険者達の中にいた気がする。
 コイツ等の荷物には、暦が分かる品は無かった。同じチームなら、あまり期待はできないかな?

「ザキニ、マートン、タイミングを合わせろ!」

 背後に居る2人に合図を送るリーダーは、俺が言葉が理解できる事を知らない。作戦や会話は筒抜けだ。

「オラッ!」

 ジャンリーダーのわざとらしい大振りな斬撃を皮切りに、トマスが棍棒で素早い突きを見せる。

「マジか⁉︎後ろに飛んだぞ⁉︎」

 兎系の体の動物は体の構造上、後ろへの跳躍はかなり苦手である。
 彼は、それを踏まえての斬撃をしたのだ。
 だが、低い獲物に対する攻撃の軌道は、意外に読みやすいものだ。
 おまけに、俺には【バックステップ】という便利なスキルがあるからな。
 2人の連撃を難無く躱すと、タイミングを合わせて狙ってきたナイフ使いザキニの股を擦り抜け、次の攻撃を合わせようとしていたマートンの目前に飛び出た。

「角に気をつけろ‼︎麻痺毒を使うぞ‼︎」

 まぁ、そう思うよな?だけど、なにも角だけが、ホーンラビットの攻撃手段とは限らないんだぜ?

 アッシュは体を捻り、マートンの胸板に強力な【スタンピング】をお見舞いした。
 正確には、ドロップキックに近いかな?

「ぐっ⁉︎」

 マートンは吹き飛び転がると、悶えて吐血した。どうやら、肋骨が折れて肺に刺さったな。

「なんだその蹴りの威力は‼︎⁉︎」

 驚くのも無理もない。【身体強化】、【跳躍】、【スタンピング】の合わせ技だからな。例え鋼の鎧であっても、軽く押し潰せるだろうよ。

 マートンが動けなくなろうとも、直ぐに3人での囲い攻撃が始まる。

「離れ過ぎたら視認できなくなるってのに、接近戦だとあの蹴りを警戒しなきゃならない!」

「おまけにコイツの角、硬くて斬り落とせないぞ⁉︎」

 当然だろう。俺の角は、突くだけでなく斬撃もできるように、円錐から四角錐に削り鍛えたのだから。

 幾つもの冒険者達を襲うことで、角による斬撃にも慣れた。
 しかし全身を使うので、やはり回避が中心で多用はできないが、受け流しと毒を兼用した撫で斬りはかなり有効だ。

「嘘だろぉ⁉︎コイツのスキル数、半端じゃないんだが⁉︎」

 どうやらリーダーが【鑑定】持ちだったらしく、白兵戦中にもスキルで視ていたようだ。

キュキュウ‼︎(マズイな‼︎)

 鑑定持ちは厄介だ。優先的に始末しないといけない。

 アッシュはターゲットをジャンに絞り、攻撃の手を強める。

「くっ!うぉぉぉっ‼︎」

 フェイントを入れた俊敏な俺の突き、斬撃、蹴りを、彼は必死に回避一辺倒だ。

 うん。彼は中々に強い冒険者だと言えるな。無論、生前の俺の足元にも及ばないが、B級ランクの強さくらいだな。
 当然、彼を助けるようにザキニとトマスの邪魔が入る。

「粘糸⁉︎」

 何気に強い僧侶と、手数の多い斥候の邪魔する彼等には、粘糸で足止めする。

「エマルトン!」

 僧侶が叫ぶと同時に、頭上から水弾を受けた。

キュッ⁉︎(ぐっ⁉︎)

 エルダーに続き、マートンの治療に当たっていた水魔術士エマルトンが、タイミングを見て水の魔法を使用したのだ。

 水を浴びてしまった為に、途端に体が重く感じる。

 一度距離を取ろうとするも、チャンスとばかりに彼等の反撃が始まる。

「この機を逃すな‼︎」

 手数の多さに流石にキツイかと、捨て身となってしまう渾身の突きを起死回生で狙う。

 ホーンラビットにとって、突きはでなければならない。
 なぜなら、突き刺さった直後は無防備だからだ。
 的を外すならまだマシで、半端な場所に刺さるものなら、抜ける間に絶命は免れないのだ。

ダァン‼︎‼︎

 一瞬でも怯ませるつもりで、渾身のスタンピングを鳴らす。

「うぉっ‼︎⁉︎」

 覚悟を決めたその刹那、

「うわぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎⁉︎」

 突然、キラービーの大群に追われた冒険者達が走り込んで来た。

「た、助けてくれぇぇっ‼︎‼︎」

 場は騒然とした。

 全員が一瞬、意識がキラービーに移った。

「ハッ⁉︎」

 直ぐに反応したのはジャンのみで、ザキニとトマスは俺の麻痺毒が塗られた角の斬撃を受けた。

「しまった‼︎」

 その一瞬の油断で、アッシュは退避の距離を取る事ができた。

 茂みに姿を隠したアッシュに、2匹のホーンラビットが駆け寄る。

 そう、このキラービーの大群は兄弟達の仕業だ。
 最初の目的とは違ったが、このタイミングで現れたことは、逆に助かった。

「みんな、撤退だ‼︎」

 最早、まともに戦える状況ではないと判断したジャンの一声で、彼等は一斉に行動に出た。

 先ずはエマルトンが、辺り一面に覆うような水魔法を放ち、キラービーの動きを遅めると、自力で解毒処理を済ましたトマスが、ザキニを担ぐ。
 助けを求めた冒険者達を救おうとはせずに、ジャンはマートン、バザックがエルダーを担ぎ一斉に駆け出した。

 キラービーは、彼等を追おうとはしない。これ以上は、巣からあまりにも離れてしまうからだ。
 残された冒険者達が標的となり、彼等は刺された猛毒により全員が帰らぬ者となった。

 キラービー達が帰巣した後、アッシュ達は現場漁りを開始する。

 ジャンを逃してしまった事は痛いが、最低限の得る物は得た。
 散乱するバックパックから、少量の食料(2回分の食料)と、分解された罠の資材と工具、だ。

 原本と、既に集めた素材は宿屋かギルドに保管しているのだろうが、写しを持ち歩いてくれた事には感謝だな。

 依頼書には、依頼期間の詳細が書かれている。つまりは、暦も書かれているのだ。

 …王国暦591年の黄風月か。

 死んだ日から3年前…。確か、王国北部にある山岳地帯のドラゴン討伐依頼を、ギルドに抜け駆けして突っ込んでいる頃だな。

 まぁ、今思えば【原始の樹海】のドラゴンに比べれば容易な討伐だったのだが、それがキッカケで【竜殺し】の二つ名で呼ばれだしたんだったな。

 つまりは、今の時期、俺は樹海に居ない。まぁ、半月は訪れないから安心できると分かった。

キュ、ダン。(大丈夫か?)

 思慮に耽るアッシュを、不思議そうに兄弟達が見ている。

キュ、キュキュウ。キキュウ。(いや、大丈夫だ。助かったよ)

 兄弟達は、巣を旅立ってからは、それぞれが家族を持った。
 ただ、俺が冒険者狩りに向かう時には駆けつけ、協力してくれている。
 とても頼りになる家族だ。ただ、俺に嫁候補を紹介しようと連れてくるのは勘弁してほしい。
 輪廻転生を繰り返す俺に、守るものは不用だからな。

 何はともあれ、必要だった暦は理解した。あとは生涯を終えるまで、巨人殺しを続けてやる。
 ハンターとしての感覚は、幾ら転生を重ねようとも、忘れないと誓ったのだから。

 この後、冒険者ギルドにネームドの緊急討伐依頼が発注される事など露知らず、アッシュは高らかに勝利のスタンピング勝ち鬨を鳴らすのだった。
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