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王国では
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ブルジョリー王国。
白い聖女と白薔薇の庭園のメイン舞台であり、グレイシーの住む世界である。
雨が降りしきる春の午後、豪奢な城のような屋敷の、真っ赤な薔薇が咲き誇る広大な庭を望む白いバルコニー。その大きなガラス窓の向こうに、薄桃色の天蓋ベッドに眠り姫のように静かに横たわる少女の姿があった。
「……何をしている? お前のようなやつが、来ていい場所じゃないぞ」
部屋に入るなり、男は気分を害したように顔をしかめた。
案内してきたメイドは、厄介ごとを避けるためか、さっさと扉を閉めて出て行った。
「兄上こそ、もう婚約者でもないのに、ここへ何をしにきたのですか?」
「私に向って、よくもそのような! 裏切り者の……っ」
思わず我を忘れて怒鳴りかけた男は、ベッド脇の小さなテーブルの花瓶に、新しい赤い薔薇を活けているメイドに気が付いて口を噤んだ。先客が持ってきた薔薇を活けていたのは、この部屋の主である少女の専属メイドである。
入って来るなり大声を出した男は、この王国の王太子であるネイサンだ。病人の部屋での失態を誤魔化すようにわざとらしい咳ばらいをしている。
そして、元からこの部屋にいた少年はレオン。この国の第三王子で、階段から落ちたグレイシーを助けた恩人である。
一時、危篤となったグレイシーのことを、心配して何度もお見舞いに訪れていた。
咳ばらいをした皇太子ことネイサンは、メイドを部屋の隅へ追いやると、レオンに掴みかからんばかりに近づいた。
「言っておくが、まだ婚約解消はしていない。父王が許さなかったからな」
もちろんレオンは知っていて、わざと言ったのだ。父である国王に、それはもうこっぴどく叱られて、なんとか令嬢の怒りを解いて来い、と命令されているのだと。
「だが、私の気持ちは変わらん。私には心に決めた者がいるのだからな」
あの日、グレイシーが会場を去って、しばらくして登場した、友好国、聖プニエ王国の王女フローラ。
プニエの聖女として国王に謁見した際に、ネイサンは彼女の美しさに一目ぼれしていたのである。それまでグレイシーが何をしようと無関心だった彼が、急にあのように激しく糾弾した背景にはそんな経緯が隠されていた。
「父王とて、聖女との婚姻なら喜びこそすれ、お怒りになるはずはない」
うっとりと語るネイサンの自分勝手な言い分に、レオンは心底呆れたように首を振った。
「グレイシーにはこちらから破談を申し渡し、その詫びとして他の王族でもあてがえばよかろう。ああ、お前はだめだぞ、わかっているだろうが、お情けで王族を名乗っているに過ぎぬ……」
そこでわざと言葉を切って、陰湿な声色で「罪人、だからな」とレオンにだけ聞こえるように囁いた。
公爵令嬢のグレイシーを侮辱するような言葉に加えて、最後にはレオンを心底汚らわしい物でもみるように下卑た視線を向けた。
「……陛下のお許しもなく、よくもそのような」
自分に向けた侮蔑には目を瞑ってやり過ごしたレオンだったが、グレイシーに対しての物言いには黙っていられなかった。
ネイサンは、ふとグレイシーのメイドがいることを思い出して「ともかく」と、性急に話を変えた。父王も無視できないウォルフガングの当主の耳にでも入れば、さすがにまずいと思ったのだろう。
「見舞いの品は案内のメイドに渡しておいた。今日のところは失礼するが、グレイシー嬢の意識が戻り次第、私に連絡するように、いいな!」
そうメイドに強く言い渡すことで「余計なことはいうなよ」と言外に含ませ、ネイサンはさっさと部屋を出て行った。
ようやく静かになった部屋に取り残されたレオンは、ただ静かに眠るグレイシーの無表情な寝顔を、どこか悲しそうな瞳で見つめていた。
白い聖女と白薔薇の庭園のメイン舞台であり、グレイシーの住む世界である。
雨が降りしきる春の午後、豪奢な城のような屋敷の、真っ赤な薔薇が咲き誇る広大な庭を望む白いバルコニー。その大きなガラス窓の向こうに、薄桃色の天蓋ベッドに眠り姫のように静かに横たわる少女の姿があった。
「……何をしている? お前のようなやつが、来ていい場所じゃないぞ」
部屋に入るなり、男は気分を害したように顔をしかめた。
案内してきたメイドは、厄介ごとを避けるためか、さっさと扉を閉めて出て行った。
「兄上こそ、もう婚約者でもないのに、ここへ何をしにきたのですか?」
「私に向って、よくもそのような! 裏切り者の……っ」
思わず我を忘れて怒鳴りかけた男は、ベッド脇の小さなテーブルの花瓶に、新しい赤い薔薇を活けているメイドに気が付いて口を噤んだ。先客が持ってきた薔薇を活けていたのは、この部屋の主である少女の専属メイドである。
入って来るなり大声を出した男は、この王国の王太子であるネイサンだ。病人の部屋での失態を誤魔化すようにわざとらしい咳ばらいをしている。
そして、元からこの部屋にいた少年はレオン。この国の第三王子で、階段から落ちたグレイシーを助けた恩人である。
一時、危篤となったグレイシーのことを、心配して何度もお見舞いに訪れていた。
咳ばらいをした皇太子ことネイサンは、メイドを部屋の隅へ追いやると、レオンに掴みかからんばかりに近づいた。
「言っておくが、まだ婚約解消はしていない。父王が許さなかったからな」
もちろんレオンは知っていて、わざと言ったのだ。父である国王に、それはもうこっぴどく叱られて、なんとか令嬢の怒りを解いて来い、と命令されているのだと。
「だが、私の気持ちは変わらん。私には心に決めた者がいるのだからな」
あの日、グレイシーが会場を去って、しばらくして登場した、友好国、聖プニエ王国の王女フローラ。
プニエの聖女として国王に謁見した際に、ネイサンは彼女の美しさに一目ぼれしていたのである。それまでグレイシーが何をしようと無関心だった彼が、急にあのように激しく糾弾した背景にはそんな経緯が隠されていた。
「父王とて、聖女との婚姻なら喜びこそすれ、お怒りになるはずはない」
うっとりと語るネイサンの自分勝手な言い分に、レオンは心底呆れたように首を振った。
「グレイシーにはこちらから破談を申し渡し、その詫びとして他の王族でもあてがえばよかろう。ああ、お前はだめだぞ、わかっているだろうが、お情けで王族を名乗っているに過ぎぬ……」
そこでわざと言葉を切って、陰湿な声色で「罪人、だからな」とレオンにだけ聞こえるように囁いた。
公爵令嬢のグレイシーを侮辱するような言葉に加えて、最後にはレオンを心底汚らわしい物でもみるように下卑た視線を向けた。
「……陛下のお許しもなく、よくもそのような」
自分に向けた侮蔑には目を瞑ってやり過ごしたレオンだったが、グレイシーに対しての物言いには黙っていられなかった。
ネイサンは、ふとグレイシーのメイドがいることを思い出して「ともかく」と、性急に話を変えた。父王も無視できないウォルフガングの当主の耳にでも入れば、さすがにまずいと思ったのだろう。
「見舞いの品は案内のメイドに渡しておいた。今日のところは失礼するが、グレイシー嬢の意識が戻り次第、私に連絡するように、いいな!」
そうメイドに強く言い渡すことで「余計なことはいうなよ」と言外に含ませ、ネイサンはさっさと部屋を出て行った。
ようやく静かになった部屋に取り残されたレオンは、ただ静かに眠るグレイシーの無表情な寝顔を、どこか悲しそうな瞳で見つめていた。
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