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第六章 守り神
6-18 こけら族
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セインは考え事をしながら、来た道をゆっくり歩いていた。
思った以上の情報を得ることが出来た。
たまたま話しかけたおばあさんは、この辺りでは有名な生き字引のような存在だったようだ。普段は気難しく、素直に話をしてくれないようだが、なぜか惜しみなく情報をくれた。
「……機嫌が良かったのかな?」
ともかく、聞きたかったことはほぼ聞けたと思う。
昔からこの辺で見られた人魚族は、正しくはこけら族だったようだ。
姿かたちは、ほぼ人間と変わらない。特徴としては、首の後ろから背中に鱗と、ヒレの名残がある。ヒレの大きさは人それぞれだが、服を着てしまえばわからないくらいだそうだ。
足の指の間には水かきのような膜があるが、手の指にはないため、これも靴を履いてしまえばわからない。
そして、最大の特徴は鎖骨にある小さく退化したエラ。切れ目のような固い皮膚でおおわれており、これもぱっと見ではわからない。
要するに、その辺に居ても誰も気が付かないというわけだ。
何十年も姿を見ないと言っているが、実際には近くに居るのかもしれない、と老婆は話していた。
『じゃが、本当にそんな一族が住んでおるのかの?』
この下に、とツクが唸った。
「そうだね。こんな乾いた土地の地下に、そんな場所があるなんてね」
実際のところは、誰も確認してないので、今もそこにあるとは限らない。
けれど、どんな過酷な乾季でも、フラムのオアシスが枯れることはない。その事実が、地下の豊かな水源の存在を証明していた。
かつて交流があった頃、フラム近くの岩場には、こけら族の集落への入り口があったらしい。もっとも、入り口には屈強な見張りがおり、また怒りを買って交易が途絶えるのを惜しんで、誰も近づくことはなかった。
なぜなら、彼らが持ち込む交易品はかなり魅力的だったからだ。
湖蛇の皮や、虹貝の真珠は、工芸品や、貴重な薬の材料にもなる。そして、これは極め付き、こけら族の、大人の鱗への生え変わりの際に取れる貴重な、人魚の鱗。
ともあれ、集落への入り口から先は洞窟につながっており、岩場から降りると、上から時々砂が落ちてくる天井の高いドームがあり、真水の湖がなみなみと水をたたえているようだ。
その辺りは、この過去の吟遊詩人が書いた冊子の余白などに、覚書のように綴られていた。この本を書かせた人物は、よほどこけら族に興味があったようだ。
余談だが、洞窟はさらに海の方面につながっており、途中にある汽水湖を経て、海へと流れ、完全な塩水になるのだそうだ。
海側からは、深い海底から、長い長い水のトンネルを通って洞窟に入るしかなく、こけら族にしか入ることが出来ないとされている。
むろん、人魚族なら入れるようだが、彼らはこけら族をひどく嫌っており、好んでその住処に立ち入ることはないだろうけれど。
想像に難くないが、こけら族は迫害の憂き目にあった民族だった。
その成り立ちは不明とされており、その昔、人間と結ばれた人魚族の混血の成れの果てだとも言われている。
これには疑問の声もあって、人魚の遺伝は劣性遺伝で、基本的に人魚同士でないと人魚の特徴は引き継がないとされている。
『陸と海、根本の生態が違うから、じゃろうな』
「そうだね、しかも彼らは卵生という特徴もあって、同じ人妖の僕らとも全然違うからね」
大切な取引相手ではあったけれど、人間たちも、こけら族とは深くかかわることはしなかったらしい。
遺伝的に混血とは考えられないとされながらも、結局のところ、人間側からも、人魚族側からも、半端物としての偏見はあったのだろう。
「……半妖か」
厳格な身分制度の人間社会において、人妖が貴族に召し抱えられる時代においても、それは寛容さからは程遠い、偏見と、差別の対象の一つであった。
思った以上の情報を得ることが出来た。
たまたま話しかけたおばあさんは、この辺りでは有名な生き字引のような存在だったようだ。普段は気難しく、素直に話をしてくれないようだが、なぜか惜しみなく情報をくれた。
「……機嫌が良かったのかな?」
ともかく、聞きたかったことはほぼ聞けたと思う。
昔からこの辺で見られた人魚族は、正しくはこけら族だったようだ。
姿かたちは、ほぼ人間と変わらない。特徴としては、首の後ろから背中に鱗と、ヒレの名残がある。ヒレの大きさは人それぞれだが、服を着てしまえばわからないくらいだそうだ。
足の指の間には水かきのような膜があるが、手の指にはないため、これも靴を履いてしまえばわからない。
そして、最大の特徴は鎖骨にある小さく退化したエラ。切れ目のような固い皮膚でおおわれており、これもぱっと見ではわからない。
要するに、その辺に居ても誰も気が付かないというわけだ。
何十年も姿を見ないと言っているが、実際には近くに居るのかもしれない、と老婆は話していた。
『じゃが、本当にそんな一族が住んでおるのかの?』
この下に、とツクが唸った。
「そうだね。こんな乾いた土地の地下に、そんな場所があるなんてね」
実際のところは、誰も確認してないので、今もそこにあるとは限らない。
けれど、どんな過酷な乾季でも、フラムのオアシスが枯れることはない。その事実が、地下の豊かな水源の存在を証明していた。
かつて交流があった頃、フラム近くの岩場には、こけら族の集落への入り口があったらしい。もっとも、入り口には屈強な見張りがおり、また怒りを買って交易が途絶えるのを惜しんで、誰も近づくことはなかった。
なぜなら、彼らが持ち込む交易品はかなり魅力的だったからだ。
湖蛇の皮や、虹貝の真珠は、工芸品や、貴重な薬の材料にもなる。そして、これは極め付き、こけら族の、大人の鱗への生え変わりの際に取れる貴重な、人魚の鱗。
ともあれ、集落への入り口から先は洞窟につながっており、岩場から降りると、上から時々砂が落ちてくる天井の高いドームがあり、真水の湖がなみなみと水をたたえているようだ。
その辺りは、この過去の吟遊詩人が書いた冊子の余白などに、覚書のように綴られていた。この本を書かせた人物は、よほどこけら族に興味があったようだ。
余談だが、洞窟はさらに海の方面につながっており、途中にある汽水湖を経て、海へと流れ、完全な塩水になるのだそうだ。
海側からは、深い海底から、長い長い水のトンネルを通って洞窟に入るしかなく、こけら族にしか入ることが出来ないとされている。
むろん、人魚族なら入れるようだが、彼らはこけら族をひどく嫌っており、好んでその住処に立ち入ることはないだろうけれど。
想像に難くないが、こけら族は迫害の憂き目にあった民族だった。
その成り立ちは不明とされており、その昔、人間と結ばれた人魚族の混血の成れの果てだとも言われている。
これには疑問の声もあって、人魚の遺伝は劣性遺伝で、基本的に人魚同士でないと人魚の特徴は引き継がないとされている。
『陸と海、根本の生態が違うから、じゃろうな』
「そうだね、しかも彼らは卵生という特徴もあって、同じ人妖の僕らとも全然違うからね」
大切な取引相手ではあったけれど、人間たちも、こけら族とは深くかかわることはしなかったらしい。
遺伝的に混血とは考えられないとされながらも、結局のところ、人間側からも、人魚族側からも、半端物としての偏見はあったのだろう。
「……半妖か」
厳格な身分制度の人間社会において、人妖が貴族に召し抱えられる時代においても、それは寛容さからは程遠い、偏見と、差別の対象の一つであった。
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