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第一章 灰かぶり公子
1-17 侯爵とフロン2
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「取り壊し予定の旧使用人邸へ移ったそうだな? フロンに戻してやってくれと懇願されたが、そのような命令はしておらんはずだがな」
そう話を切り出した侯爵の視線は、セインの手のひらに乗っている「ひよこ」にくぎ付けになっている。
「あら? そうだったの。わたくし、お父様がそう命じたと聞いたのだけど……」
フロンは、地面に座り込んだ二人の弟を見下ろしつつ、ちらりとベンに視線を移した。
「お付きのベンにも確認したくらいよ」
その頃には、ベンは地べたに膝をついてガタガタ震えている。
「……わしに、挨拶に来なくなったのは?」
「え、これからは本邸へ立ち入るなと、父上が……そう、おっしゃったんですよね」
見上げてくるセインに、侯爵は小さくため息をつく。
ばあやが亡くなって数日は、確かにセインは誰にも会わず部屋に籠っていた。その間に、それまで出入りしていたメイドや召使いが部屋に近づかなくなり、やがて家庭教師も来なくなった。
後でわかったことだが、家庭教師はセインが自らの意思で解雇したことになっていたのだ。
「イゼルにビサンド。お前たちの母親は確か、アミラだったか」
淡々とした侯爵の声に、二人はビクッと肩を跳ね上げた。
「なるほどな……、確か執事の秘書の一人が、おまえたちと同じ家系の傍流であったな」
「どれだけ説得しても本邸に戻らない、セインが意地を張っていると、ベンがわたくしに報告したのは嘘だったのね」
フロンは基本的に侯爵邸に滞在することが少なく、召使たちの伝言による報告に頼るしかなかった。なので、一人で別邸にいるセインを気遣い、ベンを通じて幾度か食事や衣類、家具などを持たせていたというのだ。
当然ながら、セインのもとにはこれっぽっちも届いていない。
食事のちょろまかしだけじゃなかった。せこい食糧欲しさからの馬鹿げた行為だと思ったが、なかなかどうして、かなりの物資の横流しがあったようである。
この時点で、ベンは先ほどから侯爵の前で額に土を付けて土下座状態だ。
火傷を負ったビサンドの側で、イゼルはとうとう泣きべそをかいているし、彼らの召使いは、その後ろでおろおろしているだけだった。
そんな中、ビサンドは地面についた手を、グッと握りしめてようやく声を上げた。
「ちっ、父上っ! 俺……私は、先日より札づくりに参加してます! 少なくとも、変化の儀も終えてないそいつより役に立っているつもりです。なのに、できそこないのセインや、まだ幼いルチアまでが俺たちより待遇がいいのが、どうしても納得いかないのです」
自分は優れているアピールからの、依怙贔屓による不公平が原因であって、俺は悪くないの論理である。ちなみに、ルチアとは次女であり、セインにとっては姉であり、ビサンドやイゼルからは妹となる。
「馬鹿なの?」
それを一刀両断したのは、フロンである。
「……へ?」
はあ――――、とフロンは大きなため息をつく。
「まあ、確かにうちは能力主義なところがあるのは認めるわ。私や、ルチア、六男のウーセは特別待遇で自分の馬車や一人部屋を与えられてる。だけどね!」
私たちは、高給取りなのよ! と、ビシッと言い切った。
「だ、だけど……ル、ルチアはそうかもしれないけど、あいつは落ちこぼれで」
兄に追従するように、べそをかきながらもイゼルが頼りない助け舟を出した。
「そうね、セインはまだ髪色も変わらないし、実力もわからない。でも、あのお部屋はセインに、というよりセインのお母様に与えられたものなのよ。だから、イゼル、お前がどうこうできるものではないのよ」
イゼルは口を噤んだが、それは納得したというより、フロンの圧に押されたといった方が正しい。
「フロン、その辺にしなさい」
「……はい、お父様」
言い足りないとでもいうように唇を尖らせつつも、父親の制止には素直に頷いた。くるっと長い髪を翻しつつ、足元のベンを一瞥することもなく、セインの方へ歩いて行った。
そう話を切り出した侯爵の視線は、セインの手のひらに乗っている「ひよこ」にくぎ付けになっている。
「あら? そうだったの。わたくし、お父様がそう命じたと聞いたのだけど……」
フロンは、地面に座り込んだ二人の弟を見下ろしつつ、ちらりとベンに視線を移した。
「お付きのベンにも確認したくらいよ」
その頃には、ベンは地べたに膝をついてガタガタ震えている。
「……わしに、挨拶に来なくなったのは?」
「え、これからは本邸へ立ち入るなと、父上が……そう、おっしゃったんですよね」
見上げてくるセインに、侯爵は小さくため息をつく。
ばあやが亡くなって数日は、確かにセインは誰にも会わず部屋に籠っていた。その間に、それまで出入りしていたメイドや召使いが部屋に近づかなくなり、やがて家庭教師も来なくなった。
後でわかったことだが、家庭教師はセインが自らの意思で解雇したことになっていたのだ。
「イゼルにビサンド。お前たちの母親は確か、アミラだったか」
淡々とした侯爵の声に、二人はビクッと肩を跳ね上げた。
「なるほどな……、確か執事の秘書の一人が、おまえたちと同じ家系の傍流であったな」
「どれだけ説得しても本邸に戻らない、セインが意地を張っていると、ベンがわたくしに報告したのは嘘だったのね」
フロンは基本的に侯爵邸に滞在することが少なく、召使たちの伝言による報告に頼るしかなかった。なので、一人で別邸にいるセインを気遣い、ベンを通じて幾度か食事や衣類、家具などを持たせていたというのだ。
当然ながら、セインのもとにはこれっぽっちも届いていない。
食事のちょろまかしだけじゃなかった。せこい食糧欲しさからの馬鹿げた行為だと思ったが、なかなかどうして、かなりの物資の横流しがあったようである。
この時点で、ベンは先ほどから侯爵の前で額に土を付けて土下座状態だ。
火傷を負ったビサンドの側で、イゼルはとうとう泣きべそをかいているし、彼らの召使いは、その後ろでおろおろしているだけだった。
そんな中、ビサンドは地面についた手を、グッと握りしめてようやく声を上げた。
「ちっ、父上っ! 俺……私は、先日より札づくりに参加してます! 少なくとも、変化の儀も終えてないそいつより役に立っているつもりです。なのに、できそこないのセインや、まだ幼いルチアまでが俺たちより待遇がいいのが、どうしても納得いかないのです」
自分は優れているアピールからの、依怙贔屓による不公平が原因であって、俺は悪くないの論理である。ちなみに、ルチアとは次女であり、セインにとっては姉であり、ビサンドやイゼルからは妹となる。
「馬鹿なの?」
それを一刀両断したのは、フロンである。
「……へ?」
はあ――――、とフロンは大きなため息をつく。
「まあ、確かにうちは能力主義なところがあるのは認めるわ。私や、ルチア、六男のウーセは特別待遇で自分の馬車や一人部屋を与えられてる。だけどね!」
私たちは、高給取りなのよ! と、ビシッと言い切った。
「だ、だけど……ル、ルチアはそうかもしれないけど、あいつは落ちこぼれで」
兄に追従するように、べそをかきながらもイゼルが頼りない助け舟を出した。
「そうね、セインはまだ髪色も変わらないし、実力もわからない。でも、あのお部屋はセインに、というよりセインのお母様に与えられたものなのよ。だから、イゼル、お前がどうこうできるものではないのよ」
イゼルは口を噤んだが、それは納得したというより、フロンの圧に押されたといった方が正しい。
「フロン、その辺にしなさい」
「……はい、お父様」
言い足りないとでもいうように唇を尖らせつつも、父親の制止には素直に頷いた。くるっと長い髪を翻しつつ、足元のベンを一瞥することもなく、セインの方へ歩いて行った。
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