かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第七章 醜いお姫様

第2話 幸せな王女と王子

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【リベムール王国:王宮オニロ】

 さらに時を遡ること、一か月と少し。つまり、現代から約11月前。

 そこにあったのは豪華ごうかなガゼボにわ。小さく、お洒落しゃれいけを見ながら、彼等はお茶を嗜む。

 優雅ゆうがにお喋りを楽しむのは、ライオネル国王の娘。ティナ・ディル・マーシアだ。彼女は黒くつややかな髪をなびかせ、大きくて美しい青い瞳で彼を見つめる。

 その彼は、向かい側に座って居て、上品で優しい微笑を向けていた。彼はスリロス王国の第十王子。エドガー・フォン・ゴドウィン。

 黄金に輝く髪。それが、フワリと風にはためく姿は気品に溢れていた。彼も同じ青い瞳で見つめて、ティナを優しく包み込む。ティナが柔らかい声で訊いた。

「エドガー様……幸福とはなんでしょうか?」

「それは愛だよ……愛する者同士が、お互いを一番大切に想う。これほど幸福な事はない……」

「それでは、エドガー様は私の事を愛して下さいますか?」

「もちろんだとも……例え十年、二十年時……いや、例え千年の時が経とうとも、それは決してちる事は無い……永遠のモノだ」

「今私はこの世界で一番の幸福を手に入れました……私もずっと昔から……お慕いしております。例えどんな苦難が待ち受けて居ようとも、この心は変わる事はありません」

「僕もティナと一緒になれて、とても嬉しいよ。そうだ、そろそろ僕の事を、呼び捨ててもらっても構わないよ」

「まあっ……! そんな……」

「これからはもっと深く愛し合うんだ……怖がらないで」

「そ、そうですね……それでは……エ、エドガー……貴方を愛しております」

「僕もだよティナ……」

 彼等の今から一か月後、婚約が決まったようだ。二人は熱く語り合っていた。

 そして、その姿を遠くから見る美しい女性がいた。赤みを帯びた長い髪、少し吊り上がった緑の眼、それが妖艶さを醸し出す。彼女の名はチェルシー・フェアファクス。公爵家の令嬢である。

「ティナ・ディル・マーシア……」

 彼女が低い声でそう呟く。その時、10センチほどの蜘蛛系統くもけいとうの魔獣が落ちて来た。毒は無く、大人しいタイプだが、ティナが高い声で叫びながら立ち上がる。

「きゃあ! 蜘蛛!」

「危ないティナ!」

 王子が素早く立ち上がり、魔獣を撃退する。そこで体のバランスを崩したティナ、それをしっかりと受け止めて支えるエドガー。二人は近い距離で見つめ合う。危うく唇が触れ合う所でお互いは少し照れながら離れた。

「だ、大丈夫だったかい?」

「あ、ありがとうございます……私これが凄く苦手で……」

「ふっ。大丈夫さ。僕が何時でも何処でも飛んで来て守ってあげるよ」

「エドガー……」

 それを見てられずに、恐ろしい形相でチェルシーは去って行った。


【王宮内】

 翌日になるとエドガーは一旦国に帰って行った。結婚するまでは、二週間に一度会う程度だ。

 ティナは王宮を歩いていた。彼女が通ると誰もが足を止める。使用人は頭を垂れ、貴族は挨拶をする。しかし、そこに恐れはない。皆は微笑を彼女に向けるのである。

 歩いていると具合が悪そうにしゃがみ込む使用人がいた。彼女は慌てて走って近づく。

「大丈夫ですか?」

「ああ……これはティナ王女殿下……いえ、何でもありません……どうか、お気になさらず……」

「そうはいきませんっ」

 彼女は光属性系列の回復魔法で治癒する。使用人は若干顔色が良くなった。そして、彼女は大きく叫ぶ。

「誰か! 誰かいませんか!?」

 そこで数人が集まって来た。彼女の性格や倒れている人から状況をすぐに察した。

「ティナ王女殿下、後は私達にお任せをッ」

「ええ、よろしくお願いいたします」

 その騒ぎで集まった人達は感心した声を出していた。

「使用人にまで。ティナ王女殿下は何とお優しい……」

「私も以前助けて頂いた事があります」

「君もか」

「殿下がいれば国が明るくなる」

「ええ、この国の太陽のよう……」

「この国も安泰ですな」

「そうだそうだ! ティナ殿下がご結婚なさるとは」
「めでたいことですな~」

「しかし、寂しくもありますな……」
「ええ、まったくです」


 お昼が過ぎた頃、ティナが家臣と会話をしていた。

「今から城下街へ行きたいのですが」

「おや、何をしに行かれるのですか?」
「エドガー殿下にお土産をと……」

「そうですか。それならば護衛を手配しますので少々お待ちください」

「お願いします」

 すぐに手配された護衛と共に城下街を楽しんでいた。彼女が歩くと老若男女が笑顔で挨拶をしていた。子供がはしゃぎ出す。

「あ~、ティナ様だ~、遊びたーい」
「こら! ティナ王女殿下は忙しいの!」

「ティナ様、ごめんなさい~」
「ティナ王女殿下、申し訳ございません」

「いえいえ、お気になさらないでください。今度遊びましょうね」

「うん♪」

 そう言って子供の頭を撫でてると喜んでいた。彼女はその後、お店で買い物をした後に王宮へと戻った。

「ティナ殿下、お帰りなさい」

「ただいま。何か変わった事はありましたか?」

「嗚呼、そうでした。先ほど、マハトの大司教、メレディス様が起こしになりました」

「まあ! それは挨拶に行かないといけませんね」

「ええ、教会堂でお待ちしているかと」
「それでは行って来ます」

 普段はお人やかで上品な彼女が、まるで子供の様にはしゃぐ。原因はおそらくは結婚の件であろう。彼女は嬉しそうにそこに向かった。しかし、それが悲劇の始まりになろうとは、この時は誰にも分からなかった。

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