かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第六章 受付嬢ナディアの災難

第6話 医療魔導師②

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【森・遠方に広がる湖に近い街】

 ルーベンが猛スピードで森を進んでいると、日の光が見えた。勢いよく森から飛び出す。ここはまだ高い場所らしく、綺麗な湖が見えた。遥か遠く、小さく街が見える。

「あの街だ」

 そして、彼は街道を走り出す。しばらく走っていると遠くに転倒している馬車が見えた。彼は別の男に変化する。近くに魔馬を止めると悲惨な状態になっていた。

 血だまりが出来ていた。馬は倒れて動かず、血だらけの夫婦が泣きながら、何かを持ち上げようとしていた。傍には男の遺体が二つ。ひたすらに謝る男が一人。

 それと幸い軽傷の者達がいた。30代後半だろうか。品のある男と20代前半の女性二人、先ほどの血だらけの夫婦が協力して何かをしていた。

 馬から下りたルーベンが、混乱して悲鳴を上げている団体に尋ねた。

「どうしたんだ?」
「娘がッ。娘がこの下に!」

 彼等はそれだけ言うと、また必死に力を込めて、それを動かそうとする。

「なるほど……俺がやろう」

 ルーベンが彼等の代わりに持ち上げようとする。

「持ち上げたらすぐに引っ張り出せ」
「き、君。ここは全員でしたほうがッ」

 彼はそれを無視して、容易に馬車の残骸ざんがいを持ち上げる。それを見た品のある男が即座に意識を切り替えて反応する。彼が丁寧に少女を引っ張り出す。

 夫婦は大声で叫んで喜ぶが、ルーベンはそれを冷たい眼差しで見ていた。子供の腹部は特に損傷しており、骨が幾つか剥き出しになっていた。どう見ても助からない。

 遅れてそれに気が付いたのか、夫婦が今度は気が動転し、泣き叫ぶ。すると品のある男が何か準備を始めた。その表情を見てルーベンが察した。

医療魔導師いりょうまどうしか?」

「そうだ! すまないが君に構ってる暇は無い。君達、急いで準備だ!」

「「はい、先生!」」

 その横に居た二人の女性がテキパキと動き出す。それを見た夫婦は手を取り合い祈るように言う。

「お、お願いします!」
「任せてくれ……」

 神妙しんみょうな面持ちの彼に、ルーベンが言う。

「もし、敵が来ても俺が全て排除しよう」

 医者がルーベンの顔を見た。彼もすぐに察した。幾度も見た戦士せんしの表情だ。懐かしき戦場でそれを散々見てきた。彼は集中できることを喜んだ。

「頼んだぞ」

 ルーベンは知っている。この怪我は並みの医療魔導師では治せない。しかし、彼の表情は失敗を意識していない。ひたすらにそれと向き合い続けて来た者。もしかすると、彼ならそれを治せるのかもしれない、と思いを巡らせた。

 そこで、準備をしていた医者が険しい顔をした。

「くそっ……結界の魔具が壊れているっ」

 ルーベンはそれをすぐに理解した。自分の鞄からそれを取り出して速攻で結界を張った。それを見て医者と看護師は喜んで言った。

「流石だな……」
「防音もする。医療に集中したいだろ?」

 医者が頷くと、そこで女性看護師が静かに言う。

「ならば、私はそれを黒に染めましょう……」

 このルーベンの道具でも魔具は特別製。医者が好んで使うほど高価な物だ。この結界は、魔法を防ぐだけでなく、無菌状態を作り出す。彼等はこの場で手術を始める気だ。

 結界を黒くするのは疑似的に治療室を作れるからだ。それは必ず必要というよりは、ルーティンに近い行動なのかもしれない。ルーベンには理解出来なかったが、必要なら彼は何も言わない。

 そして、彼女はルーベンが作った結界に干渉かんしょうし、本当に結界を黒く染めた。恐ろしい技術だった。彼等は黒い結界の内部で治療を開始する。

 まず、医者は無属性系列の障壁魔法を応用をする。疑似的な臓器ぞうきを作り出した。これは凄まじい集中力と技術が必要で、小さな穴を塞ぐのさえ出来ない者がほとんどだ。

 彼はそれを正確に複数同時にこなして見せる。しかし、本当に大変なのはここからだ。少女はまだ、延命しているだけに過ぎない。そして、この魔法は恐ろしいほどの魔素を持って行かれる。

 彼等は精密作業をしながら、様々な問題を解決しなければならない。

 例えこの手術が失敗しようが、彼はきっと許される。しっかりと必要な物が全て整った医療室でも、この手術の成功確率は低い。

 なのに、なんの器具きぐも揃っていない外でやるのだ。誰が彼等を責められようか。しかし、彼はきっとそれを受け入れる。だから遺族は失敗を強く責めるだろう。

 許されるはずの彼等は、凄まじい程に緊張していた。自身の信念が失敗それそれを許さない。

 周りで女性看護師二人が魔具を使い様々な状態を確認し、都度つど報告する。そして、医者が慎重に素早く手を動かし、手術をする。少女の治療が始まった。


【結界の外】

「あ、ありがとうございますっ」

 結界のすぐ傍ではルーベンが夫婦と御者に、それくらいの治療ならと、手当てを施していた。何より、暇だったようだ。やる事が無かった。それを気長に待っていた。どちらにせよ四時間ほどで決着がつく。彼はそう予測していた。

 御者は涙を流しうろたえていた。

「全て私が悪いんです。私が無理をしたからっ」

 彼が自分が如何に愚かな事をしたかをずっと語り、夫婦や二人の遺体にひたすら謝っていた。つまらなそうな表情をしたルーベンは彼の言い訳を黙って聞いていた。彼は疲れ切って地に伏せている。そこでルーベンが問いかけた。

「お前には何が出来る?」
「え……」

「俺はここで医者を守る。夫婦彼等は娘のために祈る。ならばお前は何をする?」

「それは……」

 彼は少し考えた後に言った。

「あ、新しい馬車を用意します……すぐに患者を運べるように……っ」

 御者は女の子が生きる事を祈った。助かる事を前提で考えた。ルーベンにはそれが正解なのかどうかに興味は無い。

「そうか……盗賊や魔物が出るかもしれん。死ぬなよ」
「……はい」

「魔馬には乗れるか?」

 ルーベンは後ろに視線を促す。するとお利口りこうさんな魔馬がじっとルーベンを待っていた。

「……試させていただけますか?」

 ルーベンが魔馬をなだめながら彼に近づけるが、不機嫌そうに睨み付けた。彼が撫でながら穏やかな言葉で諭すと、徐々に大人しくなる。すると御者は乗る事に成功した。

 馬に指示を出す。不安定ながらも前進する。彼はそれに喜びながらも大粒の涙を流した。そこから、まだまだ距離がある街へと走り去って行った。

 彼は少しだけ救われた気がしたのだ。そして、何かを信じた力強い眼差を見せた。そこから彼は自分の命を天秤にかけながら加速する。彼に失敗は許されない。


【すべてが赤く染まる頃】

 寂しくも美しい夕日が辺りを赤く染める。ルーベンは立ち上がった。夫婦はそれに反応する。

「どうされたのですか?」
「身を小さくしてろ。盗賊だ……」

「そ、そんなッ」

 ひそひそと隠れ、近づいて来る男達が居た。彼等は40人ほどで辺りを取り囲んでいた。夫婦は震えながらもルーベンの忠告を破り、少女が居る黒い箱に立ちはだかる。結界周辺にいたルーベンにボスらしき男が話しかけて来た。

「おい、小僧。悪いが金目の物を全ておいて行きなっ」
「そこに二つ遺体がある。遺品は盗ってない。好きに持って行け」

「ほー。なるほど、頭の良い奴だ」
「ボスっ。死んでますが馬も持って行きましょうや」

「当然だ……」

 ボスは再びルーベンの方を向いて尋ねた。

「それで?」
「ああ?」

「くっくっく。一体その中にはどんな宝を隠しているんだ?」

 彼等は邪悪な笑みを浮かべ、黒い結界の中を見ながらそう訊いた。ルーベンは即答した。

「国宝だ。この世界で何処を探しても無いかもな」

 それを聞いて盗賊達が皆、笑みを浮かべた

「もちろんその財宝は俺達が頂く!」

「……知ってるか? 古来より、財宝の近くには狂暴な魔物がいる」

「はぁ? 何処にそんな」

 そこで盗賊は、彼を見失った。盗賊達が倒れていく。唖然とそれを見ている事しか出来なかった。彼の動きが止まった。そして、何故か彼は歩いて元に位置に戻った。たまらずにボスは尋ねた。

「な、何故だ……お前ならば……残りの全員も殺す事が……」
「そいつらを持って去れ」

 その時、盗賊の一人が言った。

「ボス……だ、誰も死んでませんっ」
「なんだと……おい、お前等……」

 ボスが途半端な言葉をかける。するとそれだけで彼等は仲間を抱えた。

「馬……それと遺体は?」

 盗賊達は訝しげな表情を浮かべたが、言われるがままにそれを持つ。盗賊たちは驚愕した。丁度持ち運べる人数だったのだ。さらにルーベンが袋を投げた。それをひろげる。すると、六枚の銀貨が入っていた。

「何のつもりだ……」
「俺達が街に到着するまでに、他の盗賊、魔物を近づけさせるな」

「な、なに……?」
「しくじればお前たちを、全員殺す」

「なっ……」

「一か月と少しだ」
「?」

「毎日一人……その首を全てボスお前に届けよう……例えどこに居ようとも……」

「は……はは……そんな……あぁ……」

 ボスはそのイカレタ男を信じた。その瞳を見ていたら感じ取れた。例えメンバーが散って逃げたとしても、彼にはそれが出来る、という確信があった。

 だから彼はそれに従うしかなかった。そして彼は頭が痛くなる。失敗に対してはもちろんだが、多少強引とは言え、これは明らかに仕事に対する報酬だったからだ。

 底の見えない戦闘力を持ち、甘さと残忍さを合わせ持つ男が、この上なく恐ろしく、ボスはそれに逆らえない。しかし、それでも疑問を口にしてしまう。

「……何故ですか? 貴方ほどの人が何故そこまで……そこには何が……」

「彼等の前で、それをする事は大罪たいざいだ」

「……?」

「気にするな。ただの打算ださんだ」

 とにかく盗賊達は味方を起こし、彼等の見えない所で動き始めた。


【黒い結界の中】

 薄暗い部屋を、光の魔具が照らしていた。そこで看護師達が慌てていた。

「先生! 魔素の残りが……ッ……このままだと足りません!」
「何! 魔具の残りは!」

「駄目です。後、30分も持ちません……それに私達の魔素も……ッ」
「くそっ」

「先生……血液も不足しています……ッ」

「くっ……血液は外の者達が、もしかしたらっ」

「しかし……魔素はどうされますか……」

「街まで行くか……いやっ、どんなに急いでも絶対に間に合わない……ッ……」

 三人がその状況に顔を歪める。

「!?」

 そこで医者は思い出した。外にいる戦士の事を。

「彼なら……あるいは……」


 一人の看護師は結界の外に出て来た。

「申し訳ございません。血と魔素が不足しております……このままでは……」

 夫婦はそれにうろたえた。

「そ、そんなっ!」
「血は、もしかしたらご夫婦のが使用可能かもしれません。ご協力をお願いします」

「それならっ是非! 幾らでも提供しますッ」

「俺は魔素を提供すれば良いのか?」
「……可能ですか?」

「幾らでももってけ……」

 ルーベンが別の結界を作った。看護師がその中で光系統の浄化魔法を使用する。夫婦の血液を魔具で調べ始めた。ルーベンの方にも魔具を取り付ける。すると勢いよく魔素が流れていく。

「先生! 魔素がッ……」
「無理だった、か……」

「いえ! 彼……魔素量が凄まじいですっ」

「……ッ!?」

 さらにもう一人の看護師も嬉しそうに早口で言った。

「先生。血液、使えます!」

 そこで医者は喜んだ。

「そうか……ッ!」

 だが、三人はすぐに真剣な表情に戻ると、治療を続行する。

「続けるぞ……」

「「はい」」


【辺りに静けさが広がる頃】

 本日の月は美しかった。ルーベンがボーっと空を眺めていると、結界から彼等が現れた。そして、言う。

一命いちめいは取り留めました……」

 夫婦はそれを聞いて涙を流しながら笑顔を見せる。約九時間後の事だった。しかし、彼等は顔が浮かない。ここでは治療に限界がある。

「私達が交代で彼女に着きます……」

 ルーベンが彼等に言う。

「上手く行けば……明日には御者が馬車を連れて来る」
「本当ですか!?」

 医者の顔は希望に満ちた表情になった。

「ああ……盗賊と魔物も対処はしてある。偶然使える奴等がいた。まあ、念のため俺が見張りもするから、交代で休め……明日も忙しくなるだろう?」

「……」

 医者は悲しそうにルーベンを見つめていた。魔素をあれだけ取ってもまだ動けるそのタフネスと、何事にも動じない強靭な精神。冷静な判断や偶然までをも利用する。

 もし彼が、そういう人間だとするなら一体何人の……。そこまでで彼は考えるのを止めた。今は手術の成功を喜ぼう、と。そして遅れてこういった。

「ありがとうございます」

 彼はチラリと医者を見たが、返事は帰って来なかった。しかし医者も、何も言わずに悲しい表情でそれを見ていた。


【冷やされた大気】

 朝日が昇る頃。馬車の音が聞こえて来た。見晴らしの良い場所にいた看護師がそれに気が付き、嬉しそうに皆を起こした。そして、彼等は馬車に乗って街に向かうのであった。街に着くなり、少女はすぐに病院へと運ばれた。


 街に着くとルーベンはすぐに別行動をとり、御者が街に預けていた魔馬とじゃれ合っていた。しばらくすると、目的の物を買いに店に入る。

「しゃしゃいぃ!」

「なんだっけ? えーと、酒ある?」

「ありますよ! どれでもお好きな物を!」
「ほら、ここに常連のやつ来ない? それが買っていく酒なんだけど」

「常連さん? あ~、あの方かな? ソムソムさん?」
「あ、それだ!」

 ルディが酒を購入する時の名前だ。

「じゃあ、これですね……」

 店主はボソっと言った。

「お高いですよ……」
「知ってるよ」

「ありぃぃしゃっしたっ!」

 それを購入したルーベンは一日この街に泊まる。翌日、病院の噴水付近に座って居ると、先日の医者が近づいて来た。

「あの少女はもう安心ですよ……」
「それは良かった」

「それと、あのご両親と少女……それに御者さんも、貴方にお礼を言いたそうでしたが?」
「知らねーよ。治したのはあんただ。俺には関係ない」

「ははは、少し安心しました」
「なにが?」

「貴方みたいな方は……高確率で狂ってしまいますから……いえ、狂っていますから……」

「それには残念、としか返せないな」

「……そう、ですか。それで……待っていたという事は、私に何か御用が? その為に手を貸してくれたのでしょう?」

「話が早くて助かる。ちょっと重症なやつがいるんだけど」

 ルーベンが短く状況を説明した。すると彼の眼に力が宿る。

「はっはっは。連続で急患きゅうかんとは、医者になって良かった……」
「タフなやつ」

「貴方に言われると悪い気はしませんね……」
「それ、褒めてないだろ?」

「あははは……しっかり褒めてますよ」
「面白いやつ」

「あ、そうだ。そのタイプなら私より相応しい者がおります」
「頼めるか?」

「ええ……貴方には大きな借りがありますので」

「助かる」
「……そうだ……聞いておきたい事がありました」

「ん?」

「貴方は、何故その道を選んだのですか?」
「……さてな」

「辛くは無いのですか?」
「無い……」

 次にルーベンが話を切り出した。

「あんたは争いが無くなれば、医者が不要になると思うか?」

「……なるほど……」

「何かをなそうとすれば必ず……」

「人のさが……でしょうか」
「分からん……」

「医者が要らなくなった時、人は完璧なナニか、になるのかもしれませんね」
「さあな……」

 二人はしばらく沈黙していた。そして、医者が話を切り出した。

「……あ、知り合いに連絡してきますね。興味深い話でした」

 医者がそう言って去って行く。しばらくして新しく現れた医者とルーベンが二人乗りをする。しっかりと知らない医者と自分を紐で固定する。もし、必要なら、後から助っ人が来るようだ。そして、魔馬は凄まじい速度で加速する。


 この街の異名いみょうは【医療魔導師の楽園らくえん】である。
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