かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第六章 受付嬢ナディアの災難

第12話 笑顔

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【懲りない男・そして、彼等の領域】

 スクルタがナディアに謝罪した翌日。

 スクルタには殺意があった。都市から少し離れた所に大きな屋敷を構えている。彼は三階にある自分の部屋にいた。憎悪に顔を歪ませていた。

「くそ! ナディアめ! クソギルドめ! 復讐だ! 絶対に復讐してやる!」

 彼はヒューバートに散々叱られた。ここまで叱られたのは初めての事であった。父からはナディアに近づく事とこの都市から出て行くことを約束させられた。

 だが、そんな事は知らないとばかりに暴れていた。怒りに我を忘れて部屋中は荒れている。そんな時、部屋の扉が開いた。男は、まるで自分の家を歩くかのように堂々としていた。

「誰だ! 用がある時は事前に連絡しろとあれほど言ってッ……え……?」

 スクルタはそれを理解出来なかった。明らかに屋敷の者では無かった。

「だ、誰だっ……お前は……ッ」

 氷のように冷たい眼差しで、ジっとスクルタを見ていたのは、ルディだ。

「け、警備はどうしたッ」

「中々良い警備兵だった。お前には勿体ない」

「!?」

 彼は目の前の男を見ても、尚信じられなかった。状況が理解出来なかった。

「なんだと……」

 ここでスクルタは異変に気が付いた。異常に寒い。体が冷たくなっていた。

「これは一体……」

「理不尽は良い……嫌いではあるがな」

「え?」

「平等も良い……」

「な、何を言っている……」

終焉しゅうえんは、平等におとずれる……」

「さ、さっきから何を言っているんだッ!?」

 彼が気が付くと部屋が凍っていた。

「お、お前もナディアの仲間かっ! ゆ、許さんぞ! 戦争せんそうだ! パパに頼んで騎士団と憲兵の総戦力を動かして殺してやるぞッ!!?」

「たまにはそれも悪くない……」

 彼が想像していたモノとは真逆の回答を聞いて、動揺を隠せなかった。それはあらゆる力を恐れて居なかった。だから、分からせる必要があると感じた。


「な、何……分かっているのか……このくにをッ。この世界せかいてきに回すんだぞッ!」


「良いだろう……だが、やるからには公平に行こうか。今日は見逃してやる……後日、兵を連れて挑んで来い……どちらが先に終焉の道を辿るのか、興味がある」

 イカレている。スクルタは素直にそう思った。そして、その狂気に、体の震えが止まらなくなる。

「ふ、ふふ、ふ、ふざけるな! にに、逃げる気か! 逃げられるとっ……おも、おも、おもっ。思ってっ」


【終りに】

 アリスは買い出しの帰り道、ご機嫌だった。良い掘り出し物が見つかったのだ。そして、街の高台に差し掛かった時、遠くで大きな爆発が起きたのを目撃した。

「あらあら……大変ね~」


 丁度同じ時間帯、ルーベンは道の左側を歩いていた。そして、目的地の方向から大きな音、大爆発が聞こえて来た。

 それを受けて、全てを察した彼は、180度回れ右をして歩き出す。小さくつまらなそうに呟いた。

「阿保くさ……」


 ここは大きな爆発が起きた場所。スクルタは生きていた。その屋敷の中と外を守る兵も無傷だった。ただ彼等は意識いしきを失っていた。

 しかし、それは問題では無い。

 そこには屋敷だったものの残骸ざんがいしかなかったからだ。少し誇張表現をするならば、平らな平地と化していた。しかも、敷地内だけ綺麗に消えていた。何故か屋敷の残骸が敷地の境界線に集まっている。

 残骸の飛ばされ方から、相当の大爆発であったにも関わらず、地面にクレーターのようなモノは一切無い。

 それを見たスクルタの股間が湿っていた。さらにそれとは別の部分、臀部でんぶ付近から異臭いしゅうが漂う。彼は震えていた。その異常な光景に。

「ッ……ぁ……ぁ……ぁ……っ……ば、化け物ッ!!?」

「運が良いな……お前は……」

 ルディはそう言い残して、立ち去って行った。


 スクルタが頑張って立とうとしても立ち上がれない事に気が付いた。腰を抜かしていた。彼はほふく前進で無様に少しづつ移動していた。

 しばらくすると遠くに父、ヒューバートが走って来ているのが見えた。彼はまだこの地に滞在していたらしい。

 スクルタは腕に力を込めると顔を上げて、嬉しそうに叫んだ。

「パパ!」

 まだ少し離れていたが大声で叫んだ。

「聞いてよパパ! 俺、殺される! 早く軍に連絡を! この国が滅ぼされるんだ! 奴を野放しにしちゃ国が無くなるッ!? 早く奴を殺さなきゃっ!」

 そして、近づいて来たパパはつま先で顔面を蹴りながら叫んだ。

「この大馬鹿者がッ!!!?」

「ぶぼぉ……ぶっぁふぁっなひパパなにを……ッ」

 彼の鼻はへし折れ、口と鼻から大量に出血していた。ヒューバートはそれを無視して、スクルタの部下を数人、無理やり起こしていた。そして、言う。

「おい、スクルタの服を脱がせ」

「え? スクルタ様の……?」

「命令だッ」
「ぎょ、御意!」

ふぁふぁパパ?」

 言われたままに彼等はスクルタの服を全て脱がせる。抵抗していたがそれも虚しく、汚い服を部下が脱がし、摘まむ様に持っていた。

「スクルタ、お前はもう私の息子ではない……」

「ふぇ? ふぁにをひっなにを言って……」

「消えろ……この都市から、この国からッ。今後ナディアさんへの接近も、この国の上層部に接触する事も許さんっ」

「ッ……」

「今度もし、お前を見かけたり、お前の悪事の噂が聞こえた時には……迷わず指名手配にする」

「しょ、しょんなぁ……」

「もちろん殺さずの生け捕りでだ……その時は私みずからッ。お前のくびを落とそう……」

「……ッ」

 ヒューバートは恐ろしい形相で容赦のない言葉を残し、去って行った。後悔しても意味が無い。それをするには遅すぎた。スクルタは泣きながら、それを見送るしかなかったのであった……。


【どこかのアジト】

 ルーベンがアジトの扉を開くとルディが座って酒を嗜んでいた。今回はルーベンが先に口を開いた。

「珍しいな。怒ったの見たのは、久しぶりだ」
「怒った? 特に怒りは無い」

「……まあな。形があったもんな。ただ言って見ただけだ」

「ナディアさんは?」

「元気だ」

「そうか、それは良かった。クロウの面倒を見てくれる稀有けうな人材だからな」

「はっ、言ってろ」


「まあ、それにしても今日は良い日だ。酒でも飲むか?」

「悪くない……」


【柔らかいギルド】

 翌日、ナディアは元気よくギルドに現れた。そこで同僚のテルエスがナディアに言う。前日おこなった歓送迎の高いテンションが未だに消えず、今日一緒にいられる事の喜びを分かち合う。

「ナディア、おはよう!」
「テルエス! おはようございます!」

「そういえば、落としてたの見つかったみたいよ?」
「……落としてたの? ですか?」

 ナディアが席に着くと何時ものテーブルに新品の花の髪飾りが置いてった。以前の物と全く同じだった。同僚やギルドの者には心配させまいと、どこかで無くした、と伝えていたのだった。

「え……」

「あれ? これナディアのじゃなかった? あ~、よく見ると新しいしぃ~……」

「ど、何処どこにあったんですか?」
「さあ? 私が来た時には既にそこにあったけど」

 ナディアは考える。この髪飾りの事をよく知っている人物は限られる。彼女は目を細め、ある男を思い浮かべながら言う。

「……そう、ですか」
「なに?」

「いえ……私のです……私のです……」

「やっぱり、ナディアって言ったらそれだものね~! 似合ってるよぉ」

 彼女はその言葉を聞いてハッとなり、一瞬止まった。そして。

「はい……これは本当に幸運のお守りなのかもしれませんね……」

「え……?」

 ナディアは過去最高だろう、満面の笑みであった……。

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