かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第六章 受付嬢ナディアの災難

第10話 本音

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【暗く静かな橋】

 ナディアは心がボロボロになっていた。メイド服を譲って貰えた事がせめてもの救いだった。家に帰宅するだけなのに体が重い。まるで何日も空腹で歩いているかのようだった。

 帰り際、何時もの橋を通りかかった時、遠くに人影があった。辺りもすっかり暗くなり視界が悪い。その人物は小さな橋から景色を見ているようだった。段々と近づくとそれは知っている人だった。

「ク、クロウさん……何故こんな所に?」

 必死に元気な声を出そうとするが上手く行かない。今の彼女にはクロウの存在が辛いモノだった。何故なら彼はギルドに所属している。心配をかけない為に、笑顔を作らなければならないからだ。

「適当に景色を見てた。今帰りなの? ナディアさん……」

 クロウが少し暗い表情だった。それにつられまいと必死に取りつくろう。

「ギルドで聞きましたか?」

「噂になってた……」

「そう、ですか……」

「……髪飾り」

「あっ……あはは……落として壊しちゃいました……ドジですねー。私は……」

 彼女はポケットに入れていたボロボロの髪飾りを見せて来た。

「そっか……」

「……ク、クロウさんとも……もう、お別れになりますね……」

「嫌か?」

「少し、寂しいですが……大丈夫、私はどこでも楽しくやっていける自信があります! それが私の取り柄ですからっ……」

「そっか……」

 クロウはナディアから目を離さない。彼女は逆にナディアは目を反らしてしまった。

「あ……」

「ん?」

「あ、いえ。私の家が近くに……き、来ますか?」

「ああ……」

 二人は歩き出す。家に到着すると彼は椅子に座った。ナディアがバラバラの髪飾りをテーブルに置く。自室で部屋着になった。濡らした布で顔を綺麗に拭くと、元気な顔を作り戻って来る。そして、飲み物を作り出す。それはとても良い香りのする紅茶だった。

「疲れた時には、やっぱりこれですね」

「お店のより美味しいな」

「フフ……お口に合って良かったです」

 静かに紅茶を飲むクロウ。彼を見ながらナディアは口を開く。

「ク、クロウさんは……私がいなくなるのは寂しいですか?」

「それはもう、寂しい……それに草むしり以外をさせられそうだ」

 彼女は微笑みながら続ける。

「大丈夫ですよ、クロウさんなら私が居なくてもしっかりとやっていけます……ぅっ」

 彼女は何かを堪え、精一杯のエールをクロウに送った。そこで、クロウが淡々と言う。


「この世界の理不尽は好きになれそうか?」


 ナディアはそれを聞いて驚いた顔をした。今の彼女には最も残酷な言葉であった。一気に悔しさが込み上げて来た。だが、それを堪える。

「……少し意地悪です……何時ものクロウさんなら……私にそんな事は言いません……」

「そうかもな……」

 彼女の声は徐々に小さくなっていた。彼の言葉で作り物の笑顔が崩れかけていた。彼女は迷子になったかのような表情になっていく。しばらく、沈黙が続いた後に絞り出すかの様に声を出す。

「ぁ……の……」

「ん?」

「に、逃げませんか?」

「……」

「私を連れて知らない地へ……一緒に逃げませんかッ……私を連れ去って下さいっ」

「……」

「あんな男といるくらいならっ!?」

「……ごめん、それは出来ない」

「ッ……」

 そこでとうとう、彼女から涙があふれ出した。それはもう自分の意思では止める事が出来ない。泣きながら彼女は言う。

「謝らないでください……私の方が無茶を言いました……今のは……忘れてください。私らしく無かったですね」

「皆と別れたいのか?」

「ッ……嫌ですっ……ッ。そんなの!? 嫌に決まってますッ」

 彼女は今までの事を思い出していた。すると彼女は耐えきれ無くなった。

「テルエスとっ、なんて事の無い普通の会話をしてっ。だらけたクロウさんが居てっ。それを周りの皆が笑ったり怒ったりしてっ。コールさんが色んな人を助けてっ」

 ナディアは心の中の全てをぶちまける。クロウにそれを叩きつけた。

「プリシラさんやヘシカさんが暴れてっ。最近入ったルースさんやワイアットもっ。みんな、みんな良い人でッ! 皆と離れたくないッ!」


 ルーベンは優しく微笑みを浮かべて言う。

「ナディアさん……」

「……」

「俺は、その花が好きだ」

「花……?」

 ナディアは壊れた髪飾りを見た。するとルーベンは立ち上がった。そして、彼は無情むじょうにも外に出て行った。

 彼はナディアをなぐさめない。一人静かな部屋に取り残された彼女は、ふと思い出してポツンと呟く。

「……花……言葉……」

 彼は過去にふざけて言った。彼女は記憶を頼りに思い出す。希望、輝くばかりの美しさ、信頼、情熱。そして。

強運きょううん……」

 ナディアは最後にそう呟いた。


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