かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第五章 怪物

第14話 もっとも濃い血族が一人②

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 ルーベンがジェヴィーノと戦うため踏み込もうとした時、ルディが話しかけて来た。

「あの監視はおそらく問題ない」
「まあ、察しはつく……」

「お前はハンターをやれ。その剣では加減が面倒めんどうだろう」
「まあな……」

 ルーベンが気軽に歩き出すと、ハンター達の前に立つ。彼等は冷や汗をかきながらもしっかしと地に足をついている。ボスが絶対的な自信と共に喋りはじめた。

「俺達はジェヴィーノハンター。常に自らを上回る怪物と殺し合って来た猛者……」
「見れば分かる……油断すると死ぬかもな」

「……」

 彼はそれを聞いて苦笑いを見せた。

「因果応報か。楽しかったぜ……」

 彼はそう虚空に呟くと部下は密かに頷いた。次の瞬間、彼等は訓練された動きでルーベンに襲い掛かる。


 ルディの方は既にジェヴィーノ達と対峙していた。彼女達は何度も襲い掛かるがすべて攻撃を回避されていた。魔法も効果が無い。

「何故当たらない!?」
「さあな。それよりもお前達はミノドラと同じく再生するのか?」

 彼はリーゼに話を聞いていたが、念のため聞いた。それは天然というのだろうか? いや、彼女は妙なところで話に適当な部分があるからだ。

「……ッ。当たり前だ! 再生速度に違いはあれど、我々は崇高なジェヴィーノぞっ」

「それは助かる」
「なに……?」

 彼女等は自身が持つ驚異的な力の影響で、その意図に気が付かない。その男の異常性に……。


 その頃、リーゼは地面からツタを伸ばして、その頂上に簡易的な椅子を作り、座りながら戦っていた。

 ラオレナは剣で茨を切断する。一本、二本、回避してはまた切断する。その隙に風の刃を放つ。これは魔剣では無い。剣とは別に素の力で魔法を構築しているのだ。それがジェヴィーノたる凄みでもある。

 リーゼはそれに茨の先端を上手く当てて、勢いを殺しながら受ける。そして、カウンターで複数の茨をまたしても発生させて彼女に攻撃する。

「ちぃ!」
「もう諦めなさい。今ならまだ間に合う。私からもお爺様にお願いする」

「何を甘ったれた事を! 私がした事はもう無かった事には出来ないッ。貴方達を殺すか、私が死ぬかなのよ!」

「ッ……」

 リーゼが悲しげに。しかし、覚悟を決めた表情になり、茨に魔力を込めて放った。凶悪な大量の茨が土煙を起こす。逃げきれ無いであろう量だ。

 そこでリーゼは驚愕する。彼女が血みどろになりながらも間一髪でかわしていた。

 そして、いつの間にか仕込んでいた風魔法をリーゼのまわりに展開する。大きめの円形の風が一気にせばまり彼女を空中に拘束した。捕獲の魔法だ。かなり力を使い果たしたラオレナが息を切らしながら言う。

「しまったッ」
「油断したわね……これだから上位種は……」

 力を入れて風魔法の拘束を抜けようとするが、凄まじい力で外せない。さらにラオレナは巨大な風の塊を構築していた。そして、彼女は一瞬だけ悲しそうな表情を見せた。

「終わりよ……ミノドラ……」

 ラオレナが巨大な風の塊を解き放つ。リーゼは複数の茨を絡ませ壁を作って、それを受ける。魔法の技量ではなく、力と力のぶつかり合い。その決着は直ぐに分かった。

 お互いの魔法が大きな音を立てて同時に弾けると、ラオレナが膝を付いた。しかし、完全には倒れない。逆にリーゼは椅子を支えるがツタが折れ、地面に落ちる。魔法が消えると地面に投げ出されて転がった。

「うふふ♪ 次のご主人様にでも可愛がってもらいなさい……従順になった頃に見に行ってあげるわ」

 勝ち誇るラオレナ。彼女が手をついて立ち上がろうとした。

「なっ……」

 その時、地面から茨が出現し、ラオレナをグルグルにして拘束した。

「残念……私の勝ち……」
「しまっ……」

 その言葉を聞いたラオレナは怒りの形相を浮かべた。

「勝ち……ですって? ふざけるなッ! 不意打ちなんてっ、それでも貴族なのですか!?」

「多勢に無勢。散々私を追い回しておいてよく言う……まあ今は感謝してるけど」

「ッ……」

 彼女は拘束されながらも暴れて、部下に指示を出す。

「貴方達! ミノドラを殺しなさい!」

 そこで、リーゼは目を閉じた。その抵抗の無意味さを知っていたからだ。

 そして、彼女が指示通りに動かない事に疑問を覚え、背後を振り向くとジェヴィーノは等しく戦意喪失していたのだ。

「な……に……」

 ジェヴィーノ達は約3分の1が片足を切断されていた。その他は多少出血があるものの、体の状態的にはまだまだ戦えるだろう。しかし、彼女達は絶望していた。

 敵地てきちのど真ん中。一見いっけん隙だらけで突っ立ってるルディに対して、誰も。彼女等は等しく戦意喪失していた。

「……一体、どうなって」

 彼女は困惑しながらも異様さを感じ取り、今度はハンターの方に向いて指示を出そうとする。しかし、そちらはさらに悲惨だった。ボスと側近らしき男の三名以外は息絶えていた。生き残った者はすでに魔糸で拘束されていた。

「嘘……でしょ……」

「ごめんね、ラオレナ。その二人は私よりも圧倒的に強いの……底が見えないくらいにね……」

「ば、馬鹿なッ……我等われらの怪物っ……貴方がそれを認めるなどッ」

 その言葉に反して彼女は体から力が抜けていく。ルディが誰かに言った。それは誰も居ない森の方角だった。

「出て来ないと、こいつらを全滅させる」
「ッ……」

 ラオレナはその呼びかけに困惑し、顔を歪めたが、その意味を知って驚愕した。森の方から三人のジェヴィーノが現れたからだ。

 左右にいるのは帯剣している柔らかい表情と物腰だが姿勢がピシッとしたハンサムな老人執事と、一見武器を携えてない女性。彼女は少し長めでウェーブの金髪、何を考えているか分からない表情にジト目のメイドだった。

 最後に真ん中にリーゼと同じ身長の少年。その立ち振る舞いは堂々としている。彼は畏怖を漂わせていた。それでありながらもカリスマ性を感じさせる。

 全員瞳が綺麗な赤で、その中でも中央の少年はひと際目立つ美しい深紅の瞳だった。

 その三人が近づいて来る時、ラオレナはうろたえる。無意識に体が震えだす。彼女は完全に抵抗する気力を失ったようだ。

「ラウキアン様が……何故……」

 一方リーゼはやばっ、と慌てた感じでルーベンの背後にツタを伸ばして移動した。数メートル付近に来ると執事がルディに問う。

「何時からお気づきに?」
「最初からだ。見ての通り、俺達に敵意は無い」

 ジェヴィーノ達が一人も死んでいないのを確認して言う。そもそも彼等は一連の会話を聞いていたのだろう。

「そのようで……」

 執事がちらっとハンターを見て言う。

「その者達は引き渡して頂けますか?」
「ああ……そのためにわざわざ生かした」

「ありがたく頂戴します……さて……」

 執事がリーゼの方を向いた。そこで少年が言う。

「帰るぞ、ミノドラ」
「嫌です」

 彼女は即答した。ラウキアンが驚きと怒りを込めて叫んだ。

「なにぃ! 何を言いだすんだ!」

 口を開くと先ほどの威厳は薄まっていた。まだまだ未熟な様だ。ルーベンはその様子からラッキーだと思った。リーゼを持ち上げるとメイドの方に歩いて行く。それを受けて彼女は彼を殴りまくった。

「ちょっとちょっと! 何してるの!? 違うでしょう!」
「はっはっは。このおてんば娘め」

 美人の金髪メイドはその態度から色々と察した。彼女の特徴なのか、感情に起伏きふくを感じさせない能面のうめんの様な表情で丁寧にお礼を言った。

「……お嬢様のお世話をしていただき、ありがとうございます」

 しかし、少年は違った。色々と言いたい事はあるがますは足だ。酷い状態である。そして、腕。明らかに色がおかしく、再生したばかりで馴染んでいないのが直ぐに分かった。

「おい、貴様! ミノドラに何をした! 彼女は我のモノぞ!」
「……そこのハンターの仕業だ」

「だからの仕業だろう! それにその態度は何だ。我はブランドン公爵の嫡男、ラウキアン・ヴラドであるぞ!」

「外と交流してない種族とか知ってるはずがないだろ?」

「な、な、なっ! 無礼者め!」

 殺意が膨れ上がると、彼の周りに血の塊が無数に浮かんでいた。それを針上にして、高速で伸ばして来た。一瞬の出来事だった。

 ルディは直径一センチほどの氷でそれを全て受け止る。ルーベンがいた地面には複数の穴が開いていた。

 しかし、一瞬でそれよりも速く移動したルーベンは、少年の首に剣を当てていた。しかも、わざと彼の攻撃を待って、同時に動いていた。

「な……ぁ……な、何をしているのか……」

 だが、執事のほうはそれをさえぎって言う。彼は剣を半分ほど抜いて固まっていた。冷や汗をかけながら、男をなだめるように言う。

「お坊ちゃまがご無礼を……我々にも敵対する意思はございません」
「おい! 何故謝っ」

「お坊ちゃまッ……」
「うっ」

 彼は執事が少し苦手の様だ。メイドはリーゼを持っていたため攻撃の姿勢を取れなかったが、後ろに跳び、しっかりと彼女を守ろうとしていた。彼女はどちらかと言うとリーゼの従者なのかもしれない。

 その当人。リーゼは気にせずに二人の強さを見て自分の事の様に誇ってた。ルーベンは淡々とした様子で言う。

「それなら助かる」

 ルーベンは剣を収めると歩いて元の位置に戻った。ルディが普通のトーンで隠さずに言った。あの距離から声を聞く事が可能な者達には無駄だと踏んだのだろう。

「馬鹿が、公爵と名乗ったろう。これ以上面倒を起こすな」

「抑止力も必要だろ」
「結果論だがな」

 そこで、執事が威厳を持たせた声で言った。

「坊ちゃまはまだ子供……一族には我々よりも強い者がたくさんおります故……勘違いなさらぬようお願いします……」

 口調は優しかった。しかし、明らかな攻撃姿勢。あるいは虚勢を張っているとも言うのだろうか。これも一つの牽制方法。それは、例え自分の格が落ちようとも、これだけ言わねばならない、彼はそう判断したからである。

「そっちが何かして来ない限りは、俺達には関係ない」

「……」

 だが、その程度で彼等は動じない。いや、興味を示さなかった。それどころか優しく諭された。執事は内心では苛立っていた。目の前の人族如きに、どちらでも劣っていると認めざるえなかった。

 そこで執事は別の話題に変えた。

「お二人には感謝しております。しかし……何故ジェヴィーノに手を貸したのですかな?」

「今回の件は人族が起こした事件だ。無かった事には出来ない。だからせめてもの償いだ」

 彼は適当に理由を述べた。

「そうですか……」

「その程度で何が償いだ! 死をもって償うが良い!」

 少年を無視して執事は話を進める。この時、執事は心の中で、教育の見直しを考えていた。今までは甘やかしすぎた、と。

「これでお互い遺恨は無し、と言う事ですかな」
「そうだな。後はそうだな。村を一つ作るのも良いかもな」

「……それは何故ですか?」
「ジェヴィーノと人族が交流出来る村だ」

「ふざけるなよ人族! さてはミノドラを狙っておるなッ。我が成敗してやろう!」 

 執事は色々な思考を張り巡らせた後、あたかも愚直に問いかける。

「……そこに何があるのですか?」

「何も無い。だが、人族は貪欲だ……常に領土を狙っている。勝手に数が増え、勢力を拡大する。あれらは止まらないぞ……亜人たちが戦闘に特化していると言うのなら、人族は欲望に特化している。この世の全てを欲している……」

「……今のうちに貴方たちを知った方がいいと?」
「おせっかいな警告だ」

「なるほど……お二人がそう思っているのなら、それは一考の価値があるのかもしれませんな」
「……それだけだ。じゃあな」

 彼等が去ろうとした時、リーゼが嫌がる。彼等を呼び止める。

「ちょっと待って! お礼に私の家に来ない!? 恩人といきなり別れる何て失礼だからね!」

「果たしてそこの執事は俺達を招き入れてくれるかな?」

 執事は彼等を招かない。彼等は危険すぎるからだ。それを察しないリーゼは上を見てメイドの顔を見る。

「……い、良いよね?」

 すると執事が答える。

「確かに何かお礼をしなければ、一族の名に傷がつきますな」

「はっ、つかねーよ。今回の件はもう終わった、で同意しただろ? それに、お前達はそれほどの力を持ちながら人族を襲わない、誇り高いジェヴィーノだろ」

 執事はミノドラが気に入った訳を少しだけ理解した。

「……例外はおりますが」

 もう彼等はその歩みをは止めない。それを寂しそうに見送るリーゼ。しかし、彼女は気合を入れる。彼女には秘策があるからだ。

「300年後に会う約束したからね……ふふ、絶対に驚かせてあげる」

「「……」」

 執事はそれを聞いて悲しい表情を見せた。メイドは分かりにくいが悲しんでいるように見えなくもない。だが、隣の少年は空気を読まない。

「ハッハッハッハッハ! 何を言ってるんだミノドラぁ!」
「何ですか? 人の想いに割り込んで来ないでください」

 一瞬ムッとしたが、すぐに意地悪な表情を浮かべて言う。

「何だ、まさかっ! 知らないのかぁー-!」
「? 何をですか?」

「人族の寿命は60年前後だって事を! 貧弱な一族よのぉ! ハァーハッハッハッハ」

「はぁ!? それ、どこの情報ですか? 私達は本人と約束したんですぅぅ!」

 執事は頭を抱えた。メイドはあらぬ方向を向いて、何も考えてなさそうなジトっとした目を反らした。

「え? じょ、冗談でしょう?」

 周りを見渡すが反応がそれっぽい。流石の彼女も勘づいた。急にメイドの両手の中で暴れ出すリーゼ。

「ちょちょ、ちょっと待って! 待ってぇぇ! 待ってたらぁぁああ」

 ルーベンが遥か遠くで振り向いた。そして、笑顔で手を振って来た。それを見て確信する。騙されたっ、と。ツタを勢い良く伸ばしたが、まるで間に合わず、二人は一瞬で消えた。

「このッ! 覚えてなさいよぉっ」

  彼等は血を吸った程度では分からない。この日、彼女はまた一つ大人になったのであった……。




☆☆☆☆☆☆☆

「かご喰らいの龍~」をお読みいただき、ありがとうございます。

面白いと思った方は、お気に入り・評価をよろしくお願いします。

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