かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第五章 怪物

第6話 強い者に見える景色。それは深淵の入り口

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 彼女は言った。『まったくだね』、と。

 クリスティがつえ両手りょうてでしっかりとにぎると、左右にそれを引きはなす。

 金属の光沢こうたくが見えるや否や、それをルーベンの喉元目掛のどもとめがけけて一直線に切りかかる。彼女は杖に細剣さいけん仕込しこんでいたのだ。

 ルーベンがそれを剣で防ぐと、キーンと高い音が鳴り響いた。クリスティがそれを見て不敵ふてきな笑みを浮かべると後ろに跳んだ。そこでルーベンが淡々と問いかけた。

「クリスティ……もうお芝居しばいは終わりか?」

「アハハハハ! 凄いよ君達ぃ! 今のをよくふせげたねぇ!?」

「歩き方が下手へたくそなんだよ……普通に歩けるのがバレバレだ。後はさらわれたのに近くに杖が置いてあるのが不自然極ふしぜんきわまりない。それに……」

「そーなんだ~。それは失敗したな~……でもぉ~、ベッドで殺さなくて良かったぁ。こんなに楽しいのは久しぶりだな~」

「で、お前が主犯か?」

「そうだよぉ……」
「そうか。さっきも言った通りだ。死んでもらう」

「やだよぉ~だ♪ それよりももう少し話そうよぉ」
「おじょうちゃんの我儘わがままに付き合ってる暇は無いんだ。またな……」

「ハハハハ。そっか~。でも、話は続けるね。聞いてよ、流石の気が付いちゃったー」
「……」

君には勝てない。実力……戦闘力も洞察力どうさつりょくも私が圧倒的に格下かくした……正攻法せいこうほうじゃあ絶対に無理~。ハッキリ言って君はとんでもない

「そこまで分かっていながら、命乞いのちごいじゃないんだな……」

「ヒヒヒ、する訳なーいじゃーん♪ こんなに生きの良い獲物えものを前にさぁ」
「そうかよ。それであっちの男は誰だ?」

「フフフ、あれは私の愛玩あいがん動物だよ。昔、逃亡中に見つけたんだ。もちろん強いよ。だから手名付けたの」

「欲望に忠実なんだな」

「もー当たり前じゃっなーい。そうじゃないと殺人なんて犯さないよぉ~」
「……それで……もう準備は出来たか?」

「まあね……じゃっ、そろそろ始めようか」

 次の瞬間、クリスティが剣を地面にした。すると地面に大きな魔法陣まほうじんが発現した。間入れずに、ルーベンが結界に閉じ込められたのであった。

「……だからここを選んだのか」

「残念だよ。不意打ちの斬撃からじゃなくて、こっちから入れば良かったよぉ。おかげでロイドを巻き込めなかった……二人とも判断が早過ぎだよ~……」

 さっきまでの無邪気むじゃきとは一変。殺意さついのこもった表情になった。

「そして……ようこそ、アッシュ。私の世界せかいに……」

 今度はゆがんだ笑みになって、ルーベンを歓迎する。彼は異変いへんに気が付いた。ちからが次第に弱まっていく。そして、それだけでは無かった……。


 一方でルディは店主と対峙している。彼はクリスティが正体を現した瞬間に大きく距離を取っていたので結界から逃れていた。結界に閉じ込められたのを見てルディは動じていない。すでに戦闘を開始していた。

 店主はルディの攻撃を避け続ける。避けながらもでルーベンのいる結界をチラリと見た。そして、店主のすきを見つけてると、攻撃を避けながらも氷の針で結界を攻撃する。だが。

「無駄だ。無駄だ! 時間をかけて造った結界がその程度で壊れるものかよぉ!」
「そうか……」

「それよりも集中しないと、相棒よりも先に死んじまうぜぇ」
「それは残念だ」

「キヒヒ。自身をまるで他人事たにんごとのように語るんだな」

「言葉が足りなかったようだ。お前達は赤の他人。だから死のうが俺の心は痛まない」

「ちっ……その余裕が気に食わねぇ……素直にもっと怯えろよ」

「お前のような奴の倒し方は軽く数通すうとおりは思いつく。それが怯えない理由だ」

 その堂々たる態度に店主は目を細めていた。そして、彼はある事に気が付いた。

「ん? 待てよ……これほどの練度れんどの氷魔法。お前……もしかして【早打ち】か?」

「……」

「キヒヒヒヒ、隠すなよ。今思い出したっ。そうか、そうだったのかっ! 怯えぬはずだッ」
「自らそう名乗った事は無い」

「ヒヒヒ……ムカつく奴だ。それじゃあ良い事を教えよう。あの結界は弱体化じゃくたいかの結界」

「……」

「お前が想像したであろう、ただ身体能力が落ちるとかじゃないぞ。もっと深刻な弱体魔法だ」

「幼児化だろ? それも虚構きょこうの」

「……ッ。何故それを!?」
「俺は魔導師だ。魔法陣を見れば分かる」

「……んな訳があるかよ。ふんっ、ならば、奴が助からない事も理解しただろ!」
「つまらない問答もんどうだな。もう、終わらせよう」

 ルディが地面から氷の檻を発生させたが、それも簡単に避けられた。そして、再び氷の魔法を連射する。彼はそれを余裕で避ける。

「そっちこそつまらない攻撃をする! 何度なんどやろうが無駄なんだよぉ!」

 彼は余裕でそれを避けながら接近し、短剣を振るう。ルディに何度かかするが致命傷が無いのがさいわいだ。

「じわじわと、じわじわとだぁ! これが最高に気持ち良いんだよなぁ」
「その気持ちは分からないが、密かに布石ふせきを置くのはきらいじゃない」

「ああ?」
「さあ、避けてみろ……」

 今までの数はと比較にならない無数の氷が、ルディの周辺から出現し、店主に狙いを定めている。

「……はぁ……まさか、余力よりょくを残しながらの氷魔法を撃っていたのか。これほどまでの魔法を……俺と戦いながら構築するとは……ッ」

 恐ろしいほどの膨大ぼうだいな数。幾ら目が良くて、魔素の流れが見えようが体力は有限ゆうげん。どこまで深く魔法を理解しようが何時いつかかはつかれ、足を止める。それが生物だ。

 だが、店主はそれ見て冷や汗をかいていたが、不気味ぶきみに笑っていた。そしてすぐに真剣な表情に戻った。覚悟を決めたようだ。

「俺なら……。この程度の攻撃を避けるのは造作ぞうさもないッ」

 次の瞬間、彼にそれが襲い掛かる。避ける。避ける。彼は避け続ける。そして、氷の針がになった頃、彼は突然吐血とつぜんとけつした。いつの間にか腹部や手足に外傷がいしょうを負っていた。致命傷ちめいしょうだった。

「がはぁっ……なに……が……何を、したッ、【早打ち】……ッ」

「だから【早打ち】では無い。そこまで優秀な目を持ちながら……いや、持っていたからこそ、か……」

 彼は違和感に気が付いた。その言葉を言われたからなのか、それとも初めからなのかは、今はもう分からない。それを口にした。

「……そうか、死角しかく。本命は、透明隠蔽……まされた……かぜまっ、ほう……ッ」

「久しぶりだな。それに気が付いた奴は。やはり優秀な男だ」

「……ムカつく野郎……だぜ」

 次の瞬間。彼はルディが放った無数むすうの風に切り刻まれる。

「すまない……クリス、ティ……」

 彼は大量の血を失い、そのまま地面に倒れた。こうして、ルディ対店主の決着はついた。
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