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第一章 住み心地のよい都市とその日常
第2話 ルーベンとルディ②
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【都市:ファクティス】
都市ファクティスには中央に大きな川があり、そこから大きく西と東に別れている。
その川が丁度国境になっているのだが、両国間でも話し合い、ここはどちらの国にも属さない中立都市となっている。
ここは貿易が非常に盛んである。かなり栄えている大都市だ。その他にも遠くの地から足を運んだ、亜人種なども少数だが暮らしている。
そして、この都市には独立した騎士団があり、彼等がここを守っている。しかし、重要な都市であるので友好を理由に、西側と東側にそれぞれの王国から兵を派遣している。そこに利点も数多くあるのだが、欠点もある。様々な要因から治安は安定していない。
そしてここは、ファクティスの西側。オノール王国側の関係者が多くいるエリアだ。その広い都市にはギルドがある。
ギルドは都市に一つは配置されており、街の治安維持等に貢献している。
街の周辺の魔物を退治したり、壊れた建物の補修を手伝ったり、ハーブや鉱石を採取したり、護衛、ゴミ拾いとやることは様々である。
人が起こす犯罪などは国に憲兵や騎士団があり、主にそこが対応する。特に騎士団は戦に強く関係する。ギルドとはそれらの手が届きにくい問題を解決するための機関である。
このギルドでは受付のカウンターがある反対側に、飲食店が配置されている。さらに二階は宿屋になっている、だが、値段は高い。一階の掲示板は二つあり、急ぎの依頼と通常の依頼がそれぞれ掲示されている。その他にも受付嬢に聞くと、その人間に合う依頼を探してくれる。
日が高く昇った頃、ギルドに黒い髪、黒い瞳の男がテーブルに体重をかけて、ぐったりとしていた。その男は十代後半で、少し幼さが残っている。その様子を見た男が呆れながら彼に話しかける。
「おい、クロウ! だらけてないで仕事して来たらどうなんだ?」
「ん~、今日はやる気でねぇー」
「毎回同じ事言ってんなー? しっかりしないとその内ギルドから見捨てられるぞっ」
「大丈夫大丈夫ー。あ、金貸して」
「誰が貸すかッ……それよりも先にこの前の金を返せや!」
「え、まだ返してなかったっけ? あ~、二日前に言ってくれればあったのに」
「ったくこいつは……」
すると別の男が忠告している男に笑いながら言う。
「ほっとけよ万年白の男なんかに言っても時間の無駄だぜ」
「そうそう、未だに弱い魔物も退治出来ないしな。これじゃ簡単な採取依頼も碌に出来やしねぇよ」
ギルドには依頼の難易度が設定されており、それに合った仕事を選べるように個々にも等級を割り当て、それを指標に仕事をしている。
一番下の等級は白であり、そこから実績を積み重ねてそれを上げていくのである。
遅くても二ヶ月もあれば、白からは誰でも昇格出来るのだが、彼は一年間ずっと白のままである。それゆえに皆からからかわれるのだ。
ギルドに入る方法は三つ。推薦状を持っているか、一年間、修練所と言って、ギルドに入る為の育成機関から入るか、最後に試験を受けるかになる。その入試試験は信頼のある身分証明が必要になる。
一番入り易いのは修練所から入る事だ。身分に関係なく、しっかりとした知識や戦闘技術を学ぶ事が出来る。ただし、それなりに高額である。
何時ものように男達がクロウを馬鹿にしていると、扉から黒い瞳をした男が入って来た。黒髪を少し後ろになびかせて大人っぽい。しかし、良く見ると二十代前半のようで若い。すると皆はその男に注目する。同時に様々な声が飛び交う。
「コールじゃん。あの立ち振る舞い。相変わらずかっこいいなー」
「おお、コールさんだ!」
「もう討伐の依頼を終えたのか! 凄い!」
「そろそろ銀になるんじゃないのかと俺は予測しているよ」
「いや、それは誰もが思ってるだろ……」
その他に女性にも人気で黄色い声を出していた。その男は黒ベースのローブを身に着けている。彼は魔導師、魔法という力を使い、敵を倒す者だ。現在の等級は黒。
等級は14段階あり、彼はクロウより九つも上である。黒以降になると色では無く金属になる。先ほど彼等が言った銀とは等級であり、昇格の話題である。
コールは依頼完了報告をするために受付へと歩き出すとクロウがそれを見てつまらなそうに呟く。
「はー、相変わらず人気だねぇ。羨ましいー」
「そうなりたきゃお前も努力する事だな、クロウ」
「ばーか。そいつには一生かかっても無理だよ」
そう言って彼等はクロウを笑い飛ばした。その声が聞こえたのかコールがクロウの方を向くと目が合う。そして、鋭い眼で睨んだかと思うと、興味なさそうに前を向いた。
「おい、雑草。今コールさんが睨んでたぞ。お前、何かしたか。嫌われてるんじゃないか?」
男がそう言いながら隣を見るとクロウはテーブルから忽然と姿を消していた。少し辺りを見渡すと、彼は女性に話しかけていた。
「ねぇ、今夜遊ぼう! いい所知ってんだぁ」
「消えろカス……その首をもいでまた来いや……ッ」
「ちょちょっと待って!」
しかし、速攻で会話が終わっていた。このギルドで有名な彼。個人個人が予め、彼への対応を大体決めているようだ。それを見た者は呆れ果てている。
「……馬鹿だな」
「言っただろ? 構うだけ無駄なんだよ」
そんな会話をしている間にコールは既に別の依頼を受けて居なくなっていた。
そんな中、クロウは諦めずに何人かに声をかけては罵倒されていたという。しばらく時間が経った時にどこからともなくひそひそ話が聞こえて来た。
「聞いたか? また死体が見つかったんだとよ」
「らしいな。どうやら今回は首がなかったらしい」
「やだぁ怖いわ。この前も女性が襲われたばかりなのに……」
「まだ殺人鬼がうろついていると考えると……」
「お互い気を付けような」
その時、何処からか女性の大声が聞こえて来た。
「近づかないでこの変態!」
「ィてぇ! ちょっと部屋に誘っただけだろ!」
クロウが力強いビンタをもらっていた。
「あの変態……あいつが殺されれば平和なんだが」
「ははは……確かに……」
「違いない」
そこで受付嬢がクロウを呼びつける。金髪で緑の瞳をしたセミロングの綺麗な女性だ。すると彼は瞬足で近づいて来た。
「なに、デート? いいよ行こう」
「……ふざけないで下さい。依頼の話です」
よく見るとカウンターの周辺には三人の男女がいた。皆若い。若いと言ったがクロウも同じ十代だ。彼等を一瞥した後にクロウは聞く。
「草むしり? 一昨日やったばかりだけど」
流石の受付嬢もそれには冷たい目になる。しかし、口調だけは頑張って丁寧に返す。机の下では力強く拳を握りしめていたという。
「いいえ、違いますッ。魔物の討伐依頼ですっ! 貴方は自分の立場を分かってますか!?」
「え、ギルドの優秀な人材?」
「はぁ? 万年白等級の無……ッ…………あ、一年間、白等級は流石に無いかと思いますがッ……」
彼女は一旦落ち着くことに成功した。
「でも街の手伝い系の仕事をして皆に貢献してるよ?」
「そ、そうなのですが……もう一年です。いい加減に等級を上げないと、稼ぎも少ないですし、貴方も色々辛いでしょう。草むしりだけだと昇格試験が出来ません」
「ん? もしかして俺の事好きなの?」
「ッ……黒等級の依頼をさせますよ?」
受付嬢は死ねと言う言葉を飲み込みながら、遠回しにそれを強く否定する。ずっとそのやり取りを静かに聞いていた彼等が不安そうに受付嬢に問う。彼等は白より一つ上の黄緑等級だ。
「……あの、この人と一緒に討伐依頼なんて……本当に大丈夫ですか?」
「居ても変わらない気がします……」
「……提案したことを後悔しています。荷物持ちというだけでも……いかがですか?」
「そういう依頼か。そこの女の子達の荷物だけなら喜んで持つけど」
それを聞いた三人は引きつった表情になる。彼の事を知らなかった新人なのだろうか。
「何か怖いので、別の人でもいいですか?」
「そうしたいのは山々ですが、今は……」
その時、背後から声をかけてくる男がいた。腰には少し高価そうな剣を携えていた。
「あ、それなら僕。空いてますよ」
どうやら別の依頼を終えて帰って来たようだ。
「貴方は確か黄緑等級の……」
「俺達と同じか! ナディアさん。俺達、こちらの方と組みますよ!」
「そう……ですか……分かりました。そのように依頼の受領手続きを行いますね」
「お願いします!」
「おう、良かったな。気を付けてなー」
「……」
クロウが元気よく彼等を送り出す。彼等が去った後、しばらく沈黙した。受付嬢ナディアは意を決して話し始める。
「あの……本当はこんな事を言いたくは無いですが、貴方の行動……最低の屑ですよ……」
それを聞いてクロウは悪びれた様子もなく答えた。
「……だからこそ、それに相応しい事をするんだ」
「? 相応しい、事……? それは何ですか?」
彼は逃げるように歩き出した。そして、言う。
「草むしりとか? ってな訳でナディアさん。俺は女性を口説く旅に出るよ」
そこで彼女は激怒する。それを答える瞬間まで真剣に耳を傾けていたのだ。寸前まで彼を更生出来るかと考えていたが甘かった。
「ふざけないでください!」
彼はそれを聞かずに走って逃げ去るのであった……。
ある夜の事である。クロウがお店から女性と一緒に出て来た。
「デーヴィッド、凄く良かったわ。また来てね!」
「うん! 来る来る! もう明日にでも!」
彼はスッキリした様子で歩き始める。彼が見えなくなった時、お店から男が出て来た。閉店の準備をするためのようだ。看板を持ち上げながら言う。
「おや、今日も来てたのか、彼」
「何時も助かってるわ。あいつ金だけは持ってるからね」
「……ふむ。ただ最近不穏な事件が多いみたいだし、気を付けなよ」
「大丈夫よ。彼が好きなのは、私だけじゃないみたいだから」
「そうだとしてもだよ。このご時世、何が起こるか分かったもんじゃない」
「そうね。肝に銘じておくわ……」
クロウはフラフラしながらも歩いていた。家が見えたのでそこに吸い込まれていく。そして、軽く体重を乗せて、部屋のドアを開けて中に入る。
「ふぅー。あの子良かったなー。っと明日はどうしようかな。他にも良い子が多いんだよなあの店~」
「ルーベン……ようやく来たか」
その男の声で彼は一気に目を覚ました。
「げっ、家間違えたっ。お邪魔しましたー」
速攻で外に出ようとすると、ドアノブが一瞬で凍って開かなくなる。
「冷た! 何しやがる。開けろルディ!」
真夜中だが、多少騒ごうと防音の魔具のおかげで音は外には漏れないのだ。ルディは手慣れた感じで話しかける。
「馬鹿が。依頼だ……それに毎日寄れと言ってるだろ」
「……あー、来たんだけどな……すれ違ったようだ」
「嘘をつけ……もういい。下らん事を言ってないで話に入るぞ」
彼等はルーベンとルディ。表立って言えない依頼をこなす者達だ。仕事内容は殺しから追跡などそこそこ幅が広い。彼等は普段、クロウ、コールとしてギルドで仕事をしている。裏で何かしていると思われないためだ。所謂、表の顔と言う奴だ。
「また殺しか?」
「いや、今回は一応人探しだ」
「……俺達みたいなのに人探しの依頼ぃ?」
「まずはこれを見ろ」
「何だこれ?」
ルディが紙を渡して来た。彼が資料を手にする。文章だけのものと絵だけのものが、数枚重なっていた。文章を流し読みにして、人物が描かれた紙を見る。
「お、こいつ。こいつも」
「知ってるのか?」
「一昨日、ギルドで話した。っても少しだけな。最初は三人だったが、臨時で一人捕まえて魔物討伐の依頼に行ってから……それっきり会ってないな」
「ならその依頼の時だな」
「消えたのか?」
「男二人は惨たらしい遺体で見つかった。ギルドは魔物による仕業と結論付けたようだ」
「なるほどね。逃げ出した女性二人は消息不明か。ギルド側が等級設定をミスったのか」
「この辺りならゴブリンだ。奴等は人族の武器を使う。それに見えなくも無いが……」
数枚めくりながらルーベンは言う。
「偽装か……上手く誤魔化してるが鋭利な傷口、的確だ。長持ちするように痛めつけているな」
「ああ。ゴブリンは武器の手入れを怠る。その癖に威嚇や遊びの際にも武器を使う。だから当然武器の切れ味はすぐに悪くなる。そして、殺し方はもっと雑」
「結局、恐ろしくは人間って事か。おそらくは複数人でやっただろうな」
「それにこの手際の良さ。常習犯だな」
資料をルディに返す。彼の手から突然炎が発生し、最低限の火力で資料だけを焼き払う。
「依頼主は?」
「本人曰く、行方不明の関係者だそうだ。ギルドの捜索を悠長に待てないとさ」
「ふーん。じゃあとりあえず動くか」
「それと……依頼主の要望だ」
「何だ?」
「もしもこの事件、誰かが起こしたモノなら関係者を全て殺せ。主犯は特に、だと。報復を恐れているようだ」
「なるほど、俺達に依頼する訳だ……」
「優先は彼女を連れ帰る事だからな。忘れるな」
「りょーかい」
こうして彼等は夜の街へと繰り出すのであった……。
☆☆☆☆☆☆☆
「かご喰らいの龍~」をお読みいただき、ありがとうございます。
面白いと思った方は、お気に入り・評価をよろしくお願いします。
都市ファクティスには中央に大きな川があり、そこから大きく西と東に別れている。
その川が丁度国境になっているのだが、両国間でも話し合い、ここはどちらの国にも属さない中立都市となっている。
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そして、この都市には独立した騎士団があり、彼等がここを守っている。しかし、重要な都市であるので友好を理由に、西側と東側にそれぞれの王国から兵を派遣している。そこに利点も数多くあるのだが、欠点もある。様々な要因から治安は安定していない。
そしてここは、ファクティスの西側。オノール王国側の関係者が多くいるエリアだ。その広い都市にはギルドがある。
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人が起こす犯罪などは国に憲兵や騎士団があり、主にそこが対応する。特に騎士団は戦に強く関係する。ギルドとはそれらの手が届きにくい問題を解決するための機関である。
このギルドでは受付のカウンターがある反対側に、飲食店が配置されている。さらに二階は宿屋になっている、だが、値段は高い。一階の掲示板は二つあり、急ぎの依頼と通常の依頼がそれぞれ掲示されている。その他にも受付嬢に聞くと、その人間に合う依頼を探してくれる。
日が高く昇った頃、ギルドに黒い髪、黒い瞳の男がテーブルに体重をかけて、ぐったりとしていた。その男は十代後半で、少し幼さが残っている。その様子を見た男が呆れながら彼に話しかける。
「おい、クロウ! だらけてないで仕事して来たらどうなんだ?」
「ん~、今日はやる気でねぇー」
「毎回同じ事言ってんなー? しっかりしないとその内ギルドから見捨てられるぞっ」
「大丈夫大丈夫ー。あ、金貸して」
「誰が貸すかッ……それよりも先にこの前の金を返せや!」
「え、まだ返してなかったっけ? あ~、二日前に言ってくれればあったのに」
「ったくこいつは……」
すると別の男が忠告している男に笑いながら言う。
「ほっとけよ万年白の男なんかに言っても時間の無駄だぜ」
「そうそう、未だに弱い魔物も退治出来ないしな。これじゃ簡単な採取依頼も碌に出来やしねぇよ」
ギルドには依頼の難易度が設定されており、それに合った仕事を選べるように個々にも等級を割り当て、それを指標に仕事をしている。
一番下の等級は白であり、そこから実績を積み重ねてそれを上げていくのである。
遅くても二ヶ月もあれば、白からは誰でも昇格出来るのだが、彼は一年間ずっと白のままである。それゆえに皆からからかわれるのだ。
ギルドに入る方法は三つ。推薦状を持っているか、一年間、修練所と言って、ギルドに入る為の育成機関から入るか、最後に試験を受けるかになる。その入試試験は信頼のある身分証明が必要になる。
一番入り易いのは修練所から入る事だ。身分に関係なく、しっかりとした知識や戦闘技術を学ぶ事が出来る。ただし、それなりに高額である。
何時ものように男達がクロウを馬鹿にしていると、扉から黒い瞳をした男が入って来た。黒髪を少し後ろになびかせて大人っぽい。しかし、良く見ると二十代前半のようで若い。すると皆はその男に注目する。同時に様々な声が飛び交う。
「コールじゃん。あの立ち振る舞い。相変わらずかっこいいなー」
「おお、コールさんだ!」
「もう討伐の依頼を終えたのか! 凄い!」
「そろそろ銀になるんじゃないのかと俺は予測しているよ」
「いや、それは誰もが思ってるだろ……」
その他に女性にも人気で黄色い声を出していた。その男は黒ベースのローブを身に着けている。彼は魔導師、魔法という力を使い、敵を倒す者だ。現在の等級は黒。
等級は14段階あり、彼はクロウより九つも上である。黒以降になると色では無く金属になる。先ほど彼等が言った銀とは等級であり、昇格の話題である。
コールは依頼完了報告をするために受付へと歩き出すとクロウがそれを見てつまらなそうに呟く。
「はー、相変わらず人気だねぇ。羨ましいー」
「そうなりたきゃお前も努力する事だな、クロウ」
「ばーか。そいつには一生かかっても無理だよ」
そう言って彼等はクロウを笑い飛ばした。その声が聞こえたのかコールがクロウの方を向くと目が合う。そして、鋭い眼で睨んだかと思うと、興味なさそうに前を向いた。
「おい、雑草。今コールさんが睨んでたぞ。お前、何かしたか。嫌われてるんじゃないか?」
男がそう言いながら隣を見るとクロウはテーブルから忽然と姿を消していた。少し辺りを見渡すと、彼は女性に話しかけていた。
「ねぇ、今夜遊ぼう! いい所知ってんだぁ」
「消えろカス……その首をもいでまた来いや……ッ」
「ちょちょっと待って!」
しかし、速攻で会話が終わっていた。このギルドで有名な彼。個人個人が予め、彼への対応を大体決めているようだ。それを見た者は呆れ果てている。
「……馬鹿だな」
「言っただろ? 構うだけ無駄なんだよ」
そんな会話をしている間にコールは既に別の依頼を受けて居なくなっていた。
そんな中、クロウは諦めずに何人かに声をかけては罵倒されていたという。しばらく時間が経った時にどこからともなくひそひそ話が聞こえて来た。
「聞いたか? また死体が見つかったんだとよ」
「らしいな。どうやら今回は首がなかったらしい」
「やだぁ怖いわ。この前も女性が襲われたばかりなのに……」
「まだ殺人鬼がうろついていると考えると……」
「お互い気を付けような」
その時、何処からか女性の大声が聞こえて来た。
「近づかないでこの変態!」
「ィてぇ! ちょっと部屋に誘っただけだろ!」
クロウが力強いビンタをもらっていた。
「あの変態……あいつが殺されれば平和なんだが」
「ははは……確かに……」
「違いない」
そこで受付嬢がクロウを呼びつける。金髪で緑の瞳をしたセミロングの綺麗な女性だ。すると彼は瞬足で近づいて来た。
「なに、デート? いいよ行こう」
「……ふざけないで下さい。依頼の話です」
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「草むしり? 一昨日やったばかりだけど」
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「いいえ、違いますッ。魔物の討伐依頼ですっ! 貴方は自分の立場を分かってますか!?」
「え、ギルドの優秀な人材?」
「はぁ? 万年白等級の無……ッ…………あ、一年間、白等級は流石に無いかと思いますがッ……」
彼女は一旦落ち着くことに成功した。
「でも街の手伝い系の仕事をして皆に貢献してるよ?」
「そ、そうなのですが……もう一年です。いい加減に等級を上げないと、稼ぎも少ないですし、貴方も色々辛いでしょう。草むしりだけだと昇格試験が出来ません」
「ん? もしかして俺の事好きなの?」
「ッ……黒等級の依頼をさせますよ?」
受付嬢は死ねと言う言葉を飲み込みながら、遠回しにそれを強く否定する。ずっとそのやり取りを静かに聞いていた彼等が不安そうに受付嬢に問う。彼等は白より一つ上の黄緑等級だ。
「……あの、この人と一緒に討伐依頼なんて……本当に大丈夫ですか?」
「居ても変わらない気がします……」
「……提案したことを後悔しています。荷物持ちというだけでも……いかがですか?」
「そういう依頼か。そこの女の子達の荷物だけなら喜んで持つけど」
それを聞いた三人は引きつった表情になる。彼の事を知らなかった新人なのだろうか。
「何か怖いので、別の人でもいいですか?」
「そうしたいのは山々ですが、今は……」
その時、背後から声をかけてくる男がいた。腰には少し高価そうな剣を携えていた。
「あ、それなら僕。空いてますよ」
どうやら別の依頼を終えて帰って来たようだ。
「貴方は確か黄緑等級の……」
「俺達と同じか! ナディアさん。俺達、こちらの方と組みますよ!」
「そう……ですか……分かりました。そのように依頼の受領手続きを行いますね」
「お願いします!」
「おう、良かったな。気を付けてなー」
「……」
クロウが元気よく彼等を送り出す。彼等が去った後、しばらく沈黙した。受付嬢ナディアは意を決して話し始める。
「あの……本当はこんな事を言いたくは無いですが、貴方の行動……最低の屑ですよ……」
それを聞いてクロウは悪びれた様子もなく答えた。
「……だからこそ、それに相応しい事をするんだ」
「? 相応しい、事……? それは何ですか?」
彼は逃げるように歩き出した。そして、言う。
「草むしりとか? ってな訳でナディアさん。俺は女性を口説く旅に出るよ」
そこで彼女は激怒する。それを答える瞬間まで真剣に耳を傾けていたのだ。寸前まで彼を更生出来るかと考えていたが甘かった。
「ふざけないでください!」
彼はそれを聞かずに走って逃げ去るのであった……。
ある夜の事である。クロウがお店から女性と一緒に出て来た。
「デーヴィッド、凄く良かったわ。また来てね!」
「うん! 来る来る! もう明日にでも!」
彼はスッキリした様子で歩き始める。彼が見えなくなった時、お店から男が出て来た。閉店の準備をするためのようだ。看板を持ち上げながら言う。
「おや、今日も来てたのか、彼」
「何時も助かってるわ。あいつ金だけは持ってるからね」
「……ふむ。ただ最近不穏な事件が多いみたいだし、気を付けなよ」
「大丈夫よ。彼が好きなのは、私だけじゃないみたいだから」
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「ふぅー。あの子良かったなー。っと明日はどうしようかな。他にも良い子が多いんだよなあの店~」
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その男の声で彼は一気に目を覚ました。
「げっ、家間違えたっ。お邪魔しましたー」
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「冷た! 何しやがる。開けろルディ!」
真夜中だが、多少騒ごうと防音の魔具のおかげで音は外には漏れないのだ。ルディは手慣れた感じで話しかける。
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「……あー、来たんだけどな……すれ違ったようだ」
「嘘をつけ……もういい。下らん事を言ってないで話に入るぞ」
彼等はルーベンとルディ。表立って言えない依頼をこなす者達だ。仕事内容は殺しから追跡などそこそこ幅が広い。彼等は普段、クロウ、コールとしてギルドで仕事をしている。裏で何かしていると思われないためだ。所謂、表の顔と言う奴だ。
「また殺しか?」
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「……俺達みたいなのに人探しの依頼ぃ?」
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「何だこれ?」
ルディが紙を渡して来た。彼が資料を手にする。文章だけのものと絵だけのものが、数枚重なっていた。文章を流し読みにして、人物が描かれた紙を見る。
「お、こいつ。こいつも」
「知ってるのか?」
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「ふーん。じゃあとりあえず動くか」
「それと……依頼主の要望だ」
「何だ?」
「もしもこの事件、誰かが起こしたモノなら関係者を全て殺せ。主犯は特に、だと。報復を恐れているようだ」
「なるほど、俺達に依頼する訳だ……」
「優先は彼女を連れ帰る事だからな。忘れるな」
「りょーかい」
こうして彼等は夜の街へと繰り出すのであった……。
☆☆☆☆☆☆☆
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