かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第二章 オルビス大陸

第6話 邪気の無い笑み

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【ロスリン伯爵領:ティリンタ城】

 静寂が似合う立派なお城。そこに、慌ただしく走りながら近づいて来る男が一人いた。

「シルヴェスター様。ウォルデン家の嫡男、ジェイデン卿がお見えになりました」

 ジェイデンは港町で手紙を書いて送っていた。

「応接室に通せ。私は用を済ませたらすぐそちらに向かおう」
「承知いたしました」

 シルヴェスターはマリエルの部屋に向かうとノックをして入る。彼女は目をはらしていた。彼はそれを見て悲しい表情を一瞬だけ見せた。

「マリエル、ガリウス卿の息子がそんなに嫌か……」
「リオネル様は……いえ、上手くは言えませんが、あの親子は恐ろしいのです」

「……それは考え過ぎだ。彼等の手腕は見事としか言いようが無い。私も高く評価している。きっと今よりも領地を豊かにし、マリエルを幸せにしてくれるだろう」

「ジェイデン様の御父上はきっと!」

 シルヴェスターはマリエルの頬を叩きてしまった。

「滅多な事を言うんじゃないっ……彼はそんな男ではない」

「……申し訳ございません」

「私も叩いて、すまなかったな。もう、この話は終わりにしよう。客人が来た。部屋で大人しくしておるのだぞ」

「どなたですか……?」

「……商人だ。他国の商会の者だ。大事な話になる。決して近づいてはならぬ」
「……はい、お父様」

【客間】

 ジェイデンが椅子に腰を掛けていると、シルヴェスターがやって来た。彼はすぐに立ち上がって挨拶をする。

「お久しぶりです。ロスリン伯シルヴェスター。突然の訪問にも関わらず、 お時間いただきありがとうございました」

「とんでもない。さあ、そこに掛けたまえ」

 お互いが座るとシルヴェスターが頃合いを見て話し出す。

「この度はどのような要件かな」

「先日、私の父が殺されました……」
「……、か。それは大事件だ。犯人は分かっておるのかね?」

「いいえ、まだ何とも……」
「御父上の件、お悔やみ申し上げる……して、私に何を求める?」

「犯人を探すお手伝いをして欲しいのです」
「……ジェイデン卿はどうお考えかな?」

「私は内部の裏切りであり、それがナルシス団長かガリウスだと睨んでおります」
「家臣を疑うとはいかがなものか? 根拠はあるのかね」

「……今は分かりません……しかし、必ず証拠があります! どうかご協力をお願い申し上げます」

「人を疑うという事はそれなりの代償が必要となる……何も無かった時、その責任は取れるか?」
「……それはっ」

「彼等はウォルデン家の為に死力を尽くした傑物けつぶつ。それを何の根拠もなく疑うというのかね」
「……ッ」
「やはり、君は……君には領主になる資格は無い」

 彼が指を鳴らすと兵士達が出て来た。別の部屋で待機していたグッドマンとヘリュも捕まっていた。

「ジェイデン様。申し訳ございません」

「シルヴェスター卿、何を!」
「手荒な真似はしない。ウォルデン領に帰り、今一度話し合うが良い」
「どうか、どうか調査を! 一度だけでも! お願い致します!」

 シルヴェスターはそれに取り合わずに扉から出て行った。ジェイデン達は捕まってしまった。

【小さな部屋】

 マリエルがベッドに伏せて泣いていると、遥か遠くで大きな爆発が複数回聞こえた。驚きながらもバルコニーに出るが何も分からない。ふと下を見るとジェイデンが何処かに連れていかれていた。

「ジェイデン様っ?」

 急いで部屋を出ようとしたが護衛兵がいた。すぐに中に戻される。

「……お父様っ。まさか……ッ」

 彼女は才女としても知られている。しかし、今はそれが意味をなさなかった。バルコニーから辺りを見るがここは高く、また降りれそうな場所も無い。さらに下にも兵が居て見張っていた。その箱から出る事が出来ない女の子は絶望していた。

【ティリンタ城近辺】

 ルーベン達は追手を全て倒した後、遠くで城を観察していた。

「ルディ……ジェイデンは捕まったみたいだ」
一筋縄ひとすじなわでは行かないか」

「さて……どう行こうか……」
「……仕方ない。あの早馬はやうまの追跡をするぞ」
「りょーかい」

 ウォルデン領に馬車と数頭の早馬が向かう。それを追いかけている時、彼等は辺りに人の気配を感じる。囲まれていた。追手達は待ち伏せをしていたようだ。

「また、お出ましの様だ」
「しつこいねー」

「武器の種類も増えてるな」
「目立つ武器を沢山お持ちで。手段を択ばなくなったのか……」

 短剣だけでなく、剣や槍といった殺傷能力が高い武器に変っていたのだ。またしても多人数で二人を囲っていた。
そして、攻撃を開始する。男達が決死の覚悟で突っ込んで来た。

「うおおおおおおお!」

 襲い掛かった男が何も出来ずにルーベンに大きく吹っ飛ばされた。それに一瞬気を取られた者に氷の針が突き刺さる。

「ぐぎゃあああああ!」

 男達は苦い表情を浮かべる。何をしても通じない。彼等には弱点が無いのだろうか、と。その時、空気が変わった感じがした。そして、誰かが言った。

「止めて置け……お前達じゃ、一生無理だ」

 森の中から低い男の声が聞こえて来た。それの姿が見えた時、ルディが面倒そうに呟く。

「……おい」
「これは……最悪だな……」

 居るだけで威圧感をまき散らす大柄の男。それはハーヴィーだった。彼は愉しそうに二人を凝視していた。

「……何だ。知っているのか?」
「いいや……なぁ……」

歯向かってくる奴は、最近は居なかったからな。こいつは楽しめそうだ」

 その時、ハーヴィーの立っている位置にヒビが入ると同時に深い穴が空く。彼はすでにルーベンの目の前にいた。
拳をそのまま振り下ろす。もの凄い風を発生させた拳は轟音ごうおんと共に地面に大きな穴を開けた。追手達はそれに怯えながらも嬉しそうな声で言う。

「や、やった……終に仕留めたぞ」
「し、しかし……死体を持って帰れと。あの音……粉々になってないと良いが……」

 しかし、彼等は何も言えなくなった。ハーヴィーが最初は小さく、そして、徐々に大きく。楽しそうな笑い声を出したからだ。彼等は茫然ぼうぜんとしながら見ている事しか出来なかった。土煙が無くなり視界が開けてくるとルーベンが居なかった。彼は少し離れた所でハーヴィーを油断なく見つめていた。

「い、居ない……ッ」

 追手達はさらに驚愕する。ハーヴィーの腕にかすり傷があったからだ。

「この感じ……お前は……そうだっ……あの時の男……ッ」
「だから知らねーよ」

「クク、フハハ、ハーッハッハッハ!! 最高の気分だぁ。感謝するぜッ、リオネルゥッ」

 ハーヴィーは勝手に言いたいことを言って再び笑い出す。その間にルディに言う。

「行ってくれ……こいつは俺が引き受ける」
「仕事が増えるのはごめんだ。さっさと追いついて来い」
「分かってる」

「なっ。逃げたぞ、追え!」

 ルディは凄まじい速度で走り去って行った。

「逃がさんぞ……」

 ハーヴィーは近くの追手が持っていた槍を奪い取り、力を込めるとルディに投げた。

「魔導師の身体能力ではかわせまい」

 ルディが振り返ると小さな正方形の氷を三枚、連なるように並べた。槍はそれを貫くが三枚目が時、丁度その力を失って地面に落ちた。彼は素直に驚いた。

「なんだと……ッ」

 今度も同じく槍を奪って投げる。すると今度は五枚の氷でそれを防ぐと、今度はが割れた時、力を失い地面に落ちる。

「フハハハハハ! 何だッあれもこっち側かッ……」
「らしくない。本気で投げろよ……」

 ハーヴィーは隙を見せていたが、ずっとルーベンが近づいて来るのを待っていたのだ。肉を切らせて骨を断つ気だったのだろう。

「おい……何故行かせた? まとめての方が楽しめたのだがな」
「こっちは忙しんだ。お前と遊んでる暇はないんだよ」

「まあいい……簡単に壊れてくれるなよ……」

 ハーヴィーが凄まじい脚力で再び接近する。さっきとは比べ物にならない力だった。残っている追手達は風圧で吹き飛ばされる。ルーベンはそれを避け、反撃する。

 しかし、堅い筋肉のせいでダメージが余り入らない。それだけでは無い。彼の巻き起こす予想外な風圧の影響で反撃が上手く出来ないのだ。

 ハーヴィーが拳を一振りすれば、その風は貧弱な木をなぎ倒すほどの風が生まれる。だが、起こす風圧は故意にやっているモノでは無い。彼が求めるのは。風圧はその副産物だ。

 例えば戦闘中に木が倒れれば、それを避けながら戦うだろう。ハーヴィーにとって風はその程度のモノで、計算などしていないのだ。その風圧により起きた事象には、全て起こったに反応している。つまり、彼は獲物が殴っているに過ぎない。

 そんな時、拳がルーベンに当たってしまう。彼は激しく転がりながら勢いよく吹き飛ばされる。そこから追撃は無かった。ヒットした事に喜びながらも、ハーヴィーは彼がその場で戻って来るのをじっと待っていた。

 するとルーベンがそれに答えるように歩いて戻って来た。多少擦り傷があっただけで彼は平気そうな様子だった。彼はそれを満足そうに見つめていた。

「ッテテ……やっぱ割に合わんな……」

「ハーッハッハッハ! そうだ、そうだな! この程度でくたばるはずが無いッ! あの時より強くなってると思ったぜッ!?」

「で、何でお前はどくが効いてないの?」
「愚問だなッ! あの時から定期的に似たような毒を摂取しているからに決まってるだろっ! もう同じ手は食わんっ」

「馬鹿かこいつ……」

「お前を殺すためなら馬鹿にもなる。なんせお前は……生まれて殺せなかっただッ。あそこまで不快になった事は無い……だから今は最高だっ……なぁ、お前ならこの気持ちが分かるだろぉ?」

「はっ、全く分かんねー……」

 こうしてハーヴィーは嬉しそうに接近戦をするのであった……。
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