かご喰らいの龍

刀根光太郎

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第8話 コールとクロウ①

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 とある街の屋敷に憲兵達が突入して犯罪者を捕まえていた。その憲兵の中に水色の髪と瞳をした低身長の女性がいた。その女性の瞳は鋭く、寒気がするほど冷たい眼差し、自分の身長よりも長い槍を持って思い悩む様にずっと佇んでいた。

「……【デッドエンド】。やはり奴の手掛かりは無しか……」

 突入の先陣から最後の主犯格の確保までほぼ彼女一人でこなしたようなものだった。彼女の名はツィーディア・トルゥーディ。周りでは他の憲兵が慌ただしく後処理をしている。そんな女性に気軽に話しかける男がいた。

「トルゥー、そいつはただの噂だ。いい加減諦めたらどうだ……」
「違うッ。私の両親はッ……」

 彼女は一瞬だけ鬼の形相になる。しかし、すぐに冷たい顔へと戻った。

「……私は諦めない。必ず奴を見つけ出して……殺す……ッ」
「おいおい、物騒だな……せめて捕獲と言え。今のは聞かなかった事にするよ……」

 彼女はその忠告に反応せずに歩き出した。それでもさらに声をかける男。

「しかしまあ、今回も大手柄だよ……まったく君は優秀だな」

 それに対しても返答が無かった。彼は小さなため息をした後に続けた。

「だから過去を悔やむより、今を誇り給え。それがご両親への……」

 彼女は外に出て見えなくなってしまった。それを見ていた別の男が話しかけて来た。

「駄目みたいですね……」
「ああ……彼女は今も自分の中の鬼に蝕まれている……悲しい事だ」

「……デッドエンドは本当にいるのでしょうか?」
「それは俺には分からんよ……何を信じてよいのやら」


 本日は曇り。気温はちょうどよく、過ごしやすい朝。ルディはギルドの扉を開ける。するとナディアがいち早く彼に気が付いた。

「コールさん、ちょっと良いですか!」

 彼は受付嬢の方へと向かう。風格を漂わせて歩いていると嬉しそうな声でひそひそと音がする。

「良いよねー。コール様と何時もお話しできるなんてっ」
「私も受付嬢になろうかしら」

 ナディアの周りには2人の若い男女がいた。その2人はその状況に落ち着きがなくうろたえていた。

「ナディアさん……不味いですって、止めましょう……僕たちは大丈夫ですから!」
「きょ、今日は諦めますので……」

 ナディアはそんな声とは裏腹に特に気にする事もなく彼に話をする。

「コールさん今日は空いてますか?」
「特に予定はない」

「実はこの二人は青等級なのですが、そろそろ上を目指してまして。少し難易度が高めの依頼を一緒に行ってもらっても良いですか?」

「最低限の手助けで良いんだな」
「はい、どうか二人を見てあげてください」

「了解した」
「何時も助かります」

「ええ! それは嬉しいですが! 僕等なんかが……」
「そんな事でいちいち卑屈になるな。行くぞ」

「「お、お願いします!」」

 彼等はハーブの採取の依頼を受けていた。これは白等級でも存在する。しかし、今回のそれを取る為には狂暴な魔物が生息する森を抜けなければ行けない。このように同じ採取依頼でもその価値が段違いになる事がある。だからこそそれが設定されているのだ。

 目的地には少し遠いので馬で向かう。彼等は同じ速さでそれぞれの距離を保つ。そして魔具を起動する。半径10メートルの間でクリアに音を拾う事が出来るモノだ。コールは移動しながら彼等の戦い方を聞く。黄色髪の男がバリー、茶色髪の女がアン。

 バリーは槍と風の魔法で戦う。その戦い方から魔槍騎士と呼ばれている。槍は魔槍と言う武器で槍に魔法文字が刻まれており、魔法構築を助ける役割がある。指輪、イヤリング等のアクセサリーにそれを刻んでいる者もいる。しかし、魔法文字を多く刻める大きな媒体の方が基本的に単純な力は強い。

 アンは回復を軸とする回復魔導師だ。補助魔法と攻撃魔法も少し使える。回復魔法とは体力を回復させたり、傷を癒したり出来る。しかし、それは万能では無い。魔素の消費が激しく、怪我が重度になるほど治す事は困難になり、時間もかかる。彼女は色々な事を考えて、両手を空けたかったのでイヤリングタイプの媒体で魔法構築を補う。その道を究めるのは深い練度が必要であり、困難である。

 バリーはソワソワしながらも勇気を出して質問をした。

「コ、コールさんの魔法媒体が見えませんが、どれですか?」
「俺は腕に魔法文字を刻んでいる」

「直接ですか! そんな事が可能なんですねっ。僕も出来ますか?」

「さあな。荷物は減るが、腕に少しでも傷が付くと構築式が壊れる。だが、物体だと内部に特殊な方法で魔法文字を刻む。だから壊れにくい」

「両方にするのは駄目なんですか?」

「それは多数の魔法媒体を組み合わせた時と同じだ。上手く組み合わせれば相乗効果生まれる。だが、問題が起きた時の立て直しがより面倒になる」

「ありがとうございます。人体に魔法文字何て、流石はグリモマギアス出身です」

 アンも恐る恐る聞いてみる。

「コールさんが苦手な魔物って何ですか?」
「……距離を詰めて来られるときついな。多数の相手をするのも同じだ」

「コールさんでもやっぱりそうなんですね……」

 彼は自分の境遇を考えずにギルドでの模範的な解答をした。ただし、魔物の名前はパッと思い浮かばなかった。

 そんな会話をしていると目的地に到着する。彼等は馬から降りた。木につなぐと魔具を使って結界を張り、その中に馬を待機させる。強度はそんなに無いが、気配を多少隠せるのだ。

 森に入り少しすると頭部に一本角を生やした狼の魔物が数体出て来た。ルディは少し様子を見る。初めにアンが両手で丸い光の球を作り出すとそれをバリーに押し付けた。すると彼の体が一瞬だけ光る。

「うおおおお!」

 そこからバリーが先制で風の刃を放ち一体の魔物を倒すと、その他の魔物が遅れて一斉に襲い掛かる。目の前から来た魔物に槍で応戦する。彼は振り回さずに突きをメインに魔物と戦う。

 アンも魔物に襲われているが、避けていた。バランスを多少崩しながらも彼女は指を使って空中に円や線、文字を描くと、最後に軽く拳を握ぎる。すると手に薄っすらと魔法陣が展開された。

「バリーには負けないんだからっ」

 手のひらをかざすと光線の様なものが魔物に首を貫く。魔物に小さな風穴が空いて倒れた。さらにアンの近くにいたもう一体の魔物を彼の風が射抜く。

「やった!」

 そこでバリーが違和感に気が付いた。そして走りながら叫ぶ。

「アン、もう一体だッ。まだ動けるぞッ」
「えっ?」

 彼女が振り向くと魔物が飛び掛かって来た。再び指で描こうとするが、間に合わない。無意識に両手で首と顔を守る。肩慣らしの戦いがいきなりの多数戦で流れに乗り切れていなかったのだ。その時、ルディが魔物の前足を手で掴み近くの木に思いっきり叩きつけると魔物は絶命する。

「良い魔法だ。もう少し体捌きを身に着ければ尚良くなる」
「あ、ありがとうございます……」

「……ぅお……すげー」
「うん、ひと段落だね……」

 そこでルディは氷で小さい円系の壁をバリーの側頭部付近に展開する。すると飛んで来た茶色の針が、氷を貫けずに地面に落ちた。その針の角度からしっかりと位置を特定して氷の針で反撃する。すると木の上にいた蜘蛛の様な魔物がボトっと音を立てた落ちて来た。すぐに起き上ると、背中に棘を持つそれは彼に襲い掛かかる。

「……くっ」

 バリーが槍でそれを撃退する。倒せはしたが、彼の心臓はドクンドクンと激しく動いていた。彼は大きく深呼吸をする。

「コ、コールさん……ありがとうございます……」

「バリー、気を抜くな。その針には毒がある。治療が遅れると低確率だが死ぬ」
「ッ……死っ……!?」

「最悪を想定しておけ。薬や魔具での治療や撃退も良い。値が張る上に、絶対助かる訳では無いが……ケチっていても得が無いぞ」

「肝に銘じておきます」

 彼等はそこからも色々な経験をしながらも進んで行く。今日倒せなくても良い。自分達に何が足りなくて、何が必要かを感じる事が出来るのは幸運である。そして、さらにお手本のような男が傍にいるのだ。

「バリー。目標の場所までもう少しのはず」
「ついにか……」
「気を抜かないでね」
「分かってる」

 彼等は疲労していた。ルディが本当に最低限の手助けしかしていないからだ。二人の魔素が尽きようとしていた。しかし、魔物は待ってはくれなかった。木の半分はあるだろう巨大な魔物が現れたのだ。それは巨大な蠍のような生き物だが、尾は二本で長い舌を持っていた。

「気を付けろ、こいつも尾に毒を持つ……」

 アンが手の平で光の球を作り、バリーの背中に当てると彼は走り出した。そして、すぐに彼女も一連の動作を終え手を握る。一瞬苦しそうに片目をつぶったが気合を入れてそれを解き放つ。

 光の攻撃は当たったが、そこまでのダメージが無いようだ。そのため魔物は何事も無かったかのようにバリーに尾を突き立てる。際どかったがそれを避けると地面それが突き刺ささりヒビが入る。

「何てパワーだ……」

 そんな事を言っている暇はなく。もう一方の尾も鞭のようにしなり彼に襲い掛かる。彼は態勢など気にせずに全力で跳び、転がるようにかわした。

「バリーッ!」

「アン、奴の眼を狙え。出来るか?」
「……やってみます」

 彼女は光の魔法で左の目を潰しにかかる。

「った……ぅッ」

 魔物はその激痛に苦しんでいるようだ。その間にバリーが槍で攻撃するも堅くて弾かれた。

「くそっ!」

「バリー、魔法だ。口の中も狙え」

 彼も言われた通りに風の魔法を口に放り込むと魔物は闇雲に暴れ出す。

「出来……っ……」
「私がもう片方の……ッ」

 しかし、バリーは片足を付くと遅れてアンも片足を付いた。魔素切れだ。それが少なくなると眩暈や吐き気が起こり、最悪死に至る。それは外気に存在する魔素が毒素を含んでいるためだ。体内の魔素が無意識に体をコーティングし、外気の毒素を弾いているのだ。その他の効果は体内にある魔素が多いほど傷や体力の自然な回復向上に役立つ。

 そこでルディが魔物と彼等の間に立つ。

「良くここまで頑張った……後は任せろ」
「コールさん……ッ」

 バリーが叫んだのは尾がルディを目掛けて来ていたからだ。すでに時間が経ち痛みにも慣れ始めた魔物が正気を取り戻していた。しかし、彼は顔の大きさ程度の氷の壁を作り、それを弾いて見せた。

「え……」

 何度魔物がどの方向から攻撃しようと新しい壁を作り全て弾く。それに驚いて魔物が攻撃を止めた瞬間、彼は氷の針を放つ。

 容易く片方の尾を貫いた。そして、もう片方。その後に口、最後に一番堅い背中の部分も、氷の針を上から真下に落として同じように貫く。魔物はそのまま動けずに絶命する。

「い、一瞬で……」
「あの堅い装甲を……何て魔力。凄い……」

「これが氷の魔法を究めた男……」

 目的の採取場所に辿り着くと必要分を取る。二人は少し座って休憩しながら魔素を加工した飲み物を摂取し、多少魔素を回復させていた。そこでバリーが深刻そうな表情をしていた。

「コールさん……僕はこのまま魔槍騎士でも良いのでしょうか?」
「……何か悩んでいるのか」

「ええ、今回の件ではっきりと分かりました。二つの技術を中途半端に鍛えても倒せない魔物がいるのだと……それよりはどちらか片方に絞って極める方が良いと感じました……」

「ええ、バリー。やめちゃうの!? コ、コールさんは今のままでも良いと思いませんかっ?」

 アンは必死でそれを止めようとする。幼い頃から一緒にいる彼女には譲れないものがあるようだ。

「それも一つの道だ」
「……そんな」

「ではやはり魔導師に……!」

「だがバリー。今回の敵は、仲間を増やす事や同じ型のままでも自身の鍛錬で乗り越えられる可能性があった」

「そ、それでは……どうすれば……」
「悩み、考え、そして、実行する事が重要だ」

「……分かりました。色々とやってみたいと思います」

「頑張れ。それとバリー、隣の花は赤い。気を付けろよ」
「……確かにそう……ですね……少し焦っていたのかもしれません。もう少しアンと話し合ってみます」

「バリー……」

 彼は何か納得したようにそれを声にした。彼女も嬉しいそうに呟いた。

 帰りもバリー達がなるべく魔物を撃破していった。そして、三人は無事にギルドに凱旋する。ナディアがそれを見てホッとした表情になっていた。ルディが彼女に報告する。

「彼等は連携が取れている。魔物の処理速度も早くて良い。しかし、油断する場面が多々見られるから注意が必要だ。その他は途中で魔素が枯渇したが、それは知識や経験をもう少し積み重ねていくと補えるだろう。次の等級に挑むためには、もう少しだけ自身の能力の底上げ、戦闘技術、注意力の向上があれば問題なくこなせるだろう」

「「ありがとうございました」」

 ナディアが書類にそれを記載していると彼は去って行った。

「もう少し居てお話してくれても良かったのですが……そうだ。お二人はどうでしたか?」

「はい、とても勉強になりました。自分に足りて無いモノが分かって次の課題も見えて来ました」
「それとコールさんが凄かったです! 私達も何時かあんな風になりたいです」

 それを見ていたギルドの者達が羨ましそうに言う。

「くー、俺もコールさんにそんな事言われたいぜ」
「あの二人は将来有望かもしれんな」

 そんな中、テーブルに顔をつけてダレていた男が呟いた。

「ああ、確かに羨ましい。あのそばかすの子……絶対美女に育つぞ」

「……いたのかよ。クズロウ」

 クロウはそれを聞いて言う。

「俺の堕落のおかげで挫折しても希望が持てんだよ」
「ほー。たまには良いこと言うじゃねーか。クソ野郎」
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