グランドレース

刀根光太郎

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大空

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 古びた建物が乱雑している。
もう少し表現を加えるならば、
廃都に後から立てたバラック小屋が乱立している。

 見た事も無い植物が廃ビルに絡む付いている、奇妙な光景。
かつての大都市は変わり果てていた。
しかし、不思議とそれ等は溶け込み、一体化している。

 さらに謎の粒子が霧の様に辺りを舞い、
視界を適度に妨げていた。一見すると暗い雰囲気が出ていた。

 けれども、そこに住む人々は活き活きとしており、
子供たちが楽しそうに遊んでいる。

 廃墟から廃墟へ。廃墟からバラックの屋根へ。
そしてその逆と、縦横無尽に飛び移り、駆け回る。
縄や木、布などを使い、自分たちの専用通路を作っていた。
その地域一帯を遊び場にしている。


 走り回っている子供たちの中に、
ひと際目立つ子がいる。
彼女の名は吉田よしだ陽葵ひまり。

 十歳前後で少しぼさぼさで短めの黒い髪。
その髪に馴染む、くりっとした黒い瞳。
使い古した半袖半ズボンと、
動きやすい服装を好んでいる。
さらに高い身体能力を有する、人間の女の子である。

 遠くからひまりちゃん、待ってと声をかけられる。
一旦走るのを止めて、振り向く。
男の子たちが息切れしながら追いついて来た。
少し前かがみになって膝に手を置いて息を整える。
そんな彼等を頑張ってと励ます。

 その屈託のない笑顔に、
先ほどまで情けない声を出していた男の子たちは、
少し照れくさそうにしていた。

 彼女等の目的はゴミ漁りだ。
使えそうなものを売って生活の足しにしている。

 その他にはここから離れた森林に動物を狩りに行ったり、
近くの川で魚を採る地域団体がある。
その団体がそれらを管理する事で過度な取り過ぎを防いでいる。
子供も定期的に狩猟に参加する。

 そして、食料を分配する。
これは独占では無く、
長く生活するための知恵であり、
食料を調整している。

 神道や仏教が昔ながらの教えを広める。
武器を持つのではなく、助け合っている。


 沢山拾った後に、体を一度大きく伸ばす。
左右に回転させたり、背中を広げたり、腕を回す。
そこでふと遠く、都市の中央に目をやる。
複数の巨大な建物がそびえ立っていた。

 博多付近に、福岡タワーよりも遥かに高い建造物がある。
それはただの建物でなく、
頂上にある新都市を支えるための基盤となっている。

 柱の上には長方形に加工されて石が乗っていて、
新都市はその上に作れらている。
そこは地震の揺れに強い構造となっている。


 西暦は2056年。
陽葵は地球(ちーたま)の日本という国にある旧都市、
福岡で暮らしている。



 その周辺には小さな何かが沢山飛んでいた。
その中の二つ近づいて来た。
小さな音が徐々に大きくなっていく。
次第にそれの姿がはっきりと見える。

 上空を競い合う様に通過するその正体は、空を飛ぶバイク。
プロペラが無いスリムなボディー。


「空を飛ぶのってどんな感じかな……」


 ドップラー効果を起こしながらやってきた空中バイクは、
次第に小さくなり、終には見えなくなった。

 男の子はそれを聞いて、あそこに行こうぜ、
と陽葵を誘う。その提案を受けると、
一旦荷物を隠してそこに向かう。

 その場所は彼女等の秘密基地で、
色々な宝物(ガラクタ)があった。
ここは空中バイクが頻繁に通り過ぎるスポットだ。
気の良い人なんかが偶に低空飛行をして、
操縦している姿を見せてくれる。

 そこに先ほどのバイクと似ているが旧型である。
内部の部品は殆ど取られているので、
主にフレームしか残っていない。
風よけの窓も割れてしまっている。
だが、遊ぶのにはハンドルとシート、
ステップがあれば問題ない。

 坂道の上にそれを持っていく。
ガルウィングのドアをパカリと開けてシートに跨る。
車輪やホバー用のプロペラは無く、形状は平らに近い。
短い翼が付いている。最近のには付いていないパーツ。

 そして、機体の裏側、フロア部分は空洞になっている。
中にはバイクを浮かすための、
エネルギーを発生させるものが、入っていたのだろう。

 そして、下の方には金属のパイプが伸びており、
スノーモービルのスキーの近い形状になっていて、
それが機体を支えている。これは着陸時にも使用する。

 子供たちはそこそこに重たいフレームを楽しそうに坂の上へと運ぶ。
一人乗りなので、順番に交代して滑る。
楽しんでいると男の子が言う。

「俺、将来お金持ちになって、空を飛ぶんだ! 
それでレースに出るんだっ!!」

 それに便乗する男の子たち。便乗していると思ったら、
急に無理だよと意見を変えたりもした。
都度、意見が変わる。
悪意は無い、ただ思った事を口にしているだけだ。

 結論はお金持ちになると何でも出来るとなった。
バイクで遊びながらも、
次第に何を買うか、何をするかの話題に広がる。
こうして子供たちは今日も全力で遊びきる。


 日も暮れそうなので、空中バイクを秘密基地に隠した。
満足した様子で元気に挨拶かわし、自分たちの家へと帰るのであった。



 家のドアを開いて早々、三歳年上のお姉ちゃんが怒鳴って来た。
遅かったわりには荷物も少ない。サボっていたのかを問い詰められた。
使える物が少なかった、とか友達が怪我をして大変だったとか言ったが、
中々信じてもらえず駄目であった。

 それを怒ろうとするが、奥から妹たちの声が聞こえて来た。
家事を手伝ってと言って奥へと入って行った。

 現在の家族構成は母、姉、陽葵、妹が三人だ。
父親は数年前に急に消えた。

 そこから程なくして母は病を患った。
これは魔素の過剰摂取が原因で、現在では治療方法が確立している。
薬は国から少量が支給されるので、それを騙しだまし飲んでいる。
常に辛そうだが、無理をしない生活は何とか出来るという状態。

 異世界と繋がった後に生まれた子供たちは、
その病にかかりにくいというのが幸いだ。

 この病の原因、魔素。それは三十年前に起きた。
別の世界に繋がるゲートというものが突然開き、
異世界人がやって来た。開いた原因は分かっていない。

 そこから異世界人との戦争が各地で勃発した。
六年前にようやくそれは終わり、今は復興している。
そして、異世界人と和平を結び、共存する様になる。
一説によると人口は15憶人まで減ったそうだ。


 その途中で建てられたのが、新都市。
戦争中に建てるものではない、巨大な建造物。
しかし、異世界人と通じた時に流れ込んできた魔素が、
人体に良くないものであった。

 それから逃げ延びるために、人類は空へと足を進めた。
命を賭した急速な技術革命が起きた。
地震に耐えきれる柱を建設し、
空に都市を作り逃げ延びる事に成功した。
他に高山にも建造物が作られているが、人口は少ない。

 さらに各地で急激な地殻変動も起きた。
これは異世界の影響だと言われている。


 兎にも角にも、それにより魔素も研究が進められる。
その過程で特定の粒子と魔粒子を反応させると、
爆発的なエネルギーを起こせる事を発見した。
液体や特別な気体にしたりと、さらに研究を進めている。

 それを色々な分野に役立てようとしている。
そして、空中バイクにも使用している。


 早朝に川で洗った干していた服を家の中にせっせと取り込む。
食事が出来たので、家族でテーブルに着いた。
それぞれ個性がある「いただきます」と共に夕飯を食べる。
陽葵は思いついた。

「ねぇ、お金があればお母さんの病気治せるかな?」

 新都市からの情報は、はっきり言って殆ど入って来ない。
それを完治させることが出来るかなど分からなかった。
それでも母はいうのだ。

「ええ、そうね。でもその内、薬をぃいーっぱい生産して、
届けてくれるわよ。だから不安になる事はないよ」

「ぇえっー!!! 待てない!! お金があればお母さんも治せるし、
皆ご飯を一杯食べられる!! だからお金持ちになる!! 
そうだッ、そしたら皆で上の都市に住もうよ!」

 妹たちはそれを聞いて、良い事だと思い。三人とも喜んでいた。
しかし、姉は少しため息をつく。
ほんの僅かに悲し気な表情を見せたが、わざと怒りの表情を見せる。

「……でも陽葵、あんたどうやってお金持ちになるのよ」

「ぅ……ええっと、ええっと……物を拾って売る!」

「サボってたでしょ?」

「い、いや……その。それはっ。ごちそうさまでした!」

 ご飯を口に掻き込むと立ち上がって逃げようとする陽葵。
姉が食器を片付けてと一言。
戻って来た彼女は自分の食べた食器を持って行った。
そして、そのまま部屋に入る。
部屋は同じなので逃げ切れる事はないのだが。 


 姉が片付けを終え、部屋に入って来た。
布団にもぐって震える。
しかし、意外な事にも怒ると言うよりも諭す感じだった。

「……な、何が目的だ! お姉ちゃんっ」

「あんたねぇ……あんまり適当言っちゃ駄目よ」

「適当って?」

「病気が治るだの、お金持ちになるだの……
お母さんが辛くなるだけだし、葉月たちが勘違いするでしょ」

「でもっ……」

「あんたの周りにお金持ちになれた子はいる?」

「いないけど……」

「ほら見なさい。そんな都合が良い事は起こらないの、諦めなさい。
それにあんまり無茶すると怪我するんだからね。お母さんも心配するでしょう」

「うん……」

 最小限の明かりで済む様に、なるべく早く就寝する。
妹たちは母と同じ寝室で寝ている。

 その代わりに朝は早い。
日が昇ると同時に動き出す。まずは陽葵が川に洗濯へ行く。

 火を起こすための特殊な液体燃料と食料が僅かに支給されるので、
それを受け取りに姉が出かける。

 もし地域団体から食料がもらえる知らせがあれば受け取りに行く。
さらにその団体は薪も管理しているので、分けてもらっている。


 ゴミ集めも含め一通りの仕事が終わったので、
お昼過ぎまで遊びに行く。

 鬼ごっこをしている時、
男の子が「柱を上ってみよう」と言い出した。
何故かと聞いたら新都市福岡を見てみたいとのこと。
それにレースが見れるかもしれない、と嬉しそうだった。

 早速、一番近くの柱に向かった。
子供たちは怪訝な表情をしていた。
柱の周辺は高い金属のフェンスで囲まれており、
ライフルを持った警備員が複数いたからだ。

 忍のように小走りをして、人の少ない箇所のフェンスに接近する。
フェンスに触れた瞬間、警報が鳴る。
警備員たちが大声を出して、誰だと叫ぶ。
威嚇するような声で近づいて来る。
驚いて皆一斉に走り出す。

 警備員がライフルを構えようとした時、
冷静な男が子供だと制止させた。

 廃墟に素早く駆け込むと慣れた様子で、
街中をパリクールをするがの如く駆け抜ける。
一人一人に無駄な動きが無い。

 次第に警備員が見えなくなった。
しかし、それに安心した時、男の子が転んだ。かなり深い傷。
止血のため、陽葵がシャツの腹部分を破ろうとした時、
男の子が止めた。代わりに自分の服を破って止血する。

 他の男の子が隠れながら周囲を調べ、
誰も居ない事を確認した。


 親に怒られる事を恐れた少年たちは、
この事を秘密にする。
彼はそのまま転んで怪我をしただけ、となった。

 暫くは警備の人達に見つからない所で遊ぼうとなり、
秘密基地周辺で遊ぶことにした。
実際に探しに来るかは不明だが、子供たちの中ではそうなった。


 家に戻るとフェイス周辺であった事件だけが広がってたようで、
心配したそうだ。こっそりと姉に関わって無いかと訊ねられた。
動揺しながらも無いと答えた。

 その日はドキドキしながらも、
普段と同じように生活を試みた。



【新都市】

 澄んだな空気。そこには青い空が広がっていた。
周囲には近代的で、綺麗な高層ビルが立ち並ぶ。
使いやすいように整備された公園、
ゴミ一つない綺麗な街並み。
交通が非常に効率化されている。
運転者は手放しで、自動のようだ。
信号も見当たら無い。

 ここは住宅、商業、学校など便利なエリアが混在している都市。
他にも空港、農業、工場、漁業など、
それぞれに特化した都市が各地に存在する。


 この都市には専用の通路が立体的に複数存在する。
それは人や車、自転車等に細かく分けられている。
その中でも異質なのが空だ。
ある一定の高さ。その上下左右の空間を飛ぶ乗り物が、
規則正しく往来している。その車種は豊富である。

 そして、その一定の高さを越え、かつ旅客機よりも低い位置。
そこには空中バイクが凄まじい速度で往来している。
新都市福岡は、そんな都市であった。


 その都市の何処かで、
とある個人のドック整備士が空中バイク、
真っ白で年季の入ったVH2をいじっていた。
兼用でVH2のエンジニアでもある。
超小型のターボファンエンジンを以前よりも改良し、
その調整を終わらせている所だ。

 眼鏡の奥に映る琥珀の瞳を輝かせ、作業している女性。
巨乳をしっかりと抱擁するな黒いタンクトップ。
裾を折り返したオーバーオール。
近くには白衣が脱ぎ捨てられている。

「オリっオリっオリっオリ!! オリハルっコ~ン♪ 
熱に負っけなっーいオリハルコ~ン♪
うん、あともう少し……っ」

 そう口ずさみながらオレンジ色の猫耳と尻尾をピコピコと動かす。
耳と同じ橙色、少しくせ毛でボリュームのあるショートヘア。
耳元から伸びる左右の髪が鎖骨まで届きそうだ。
彼女は獣人。元々異世界にいた種族で、他にも様々な種族がやってきた。

「よしっ!!」



 奥にいる人族の助手はボーっとしながらコーヒーを飲んでいた。
すると整備室のほうで大きな音が聞こえた。
驚いて立ち上がると、慌てて向かう。
そこには獣人がVH2に跨っていた。

 オーバーオールが太腿付近まで短くなっている。
取り外しできるタイプのようだ。
豊満な体がVH2のボディーに触れる。

「恵麻エマなんしとん!!!」

「ォーいぇぇ! 整備が終わったから試運転よぉ!」

「あんたずっと寝てないでしょ!」

「うぃ~っ」

 恵麻は普段そんな事は言わない。
短いやり取りだが、一発で分る徹夜テンションだ。
助手は止めようとする。


 恵麻が左足を適度に踏み込む様な動作すると、
VH2の底から凄まじいエネルギーが発生し、
機体が浮かんでいく。それをただ見上げる事しか出来ない。

 ハンドルの近く、
中央にある色分けされたトグルスイッチをパチンパチンと切り替える。
セレクトスイッチを摘まんで回し、機体の細かい調整する。
ランプが点灯する。これにより必要な設定の調整する。
バイクの周りに半透明のバリアの様なモノが発生し、
その後に透明になり視認できなくなる。

 猫耳と目を保護するゴーグルを装着しており、
親指と人差し指が剥き出しのグローブを装着し終わると、
腕を曲げて人差し指で天を指した。

 そして右手の親指を僅かに、右足も少し動かしながら、
右手のハンドルをバイクのアクセルの様に力強く回すと、
機体の両側面、下半分についている筒が熱を帯びる。
次の瞬間、十分な揚力を得るための速度まで一気に超加速して走り去る。
静寂に包まれた整備室でポツリと呟いた。

「まったくわからん、そのジェスチャーいらんのよ……」




 陽葵たちは秘密基地で遊んでいた。
木の枝でチャンバラをしている。
それを皆で応援し、盛り上がっていると、
別の男の子が離れた場所で泣いていた。

「すいばり刺さった!」

「ちょっと見して」

 指にトゲが刺さっていた。幸い深くない。
一旦皆が心配して集まって来た。
陽葵は器用にそれを掴むと綺麗に抜き取る。
男の子は泣き止み、照れつつもお礼を言った。

 ある男の子が突然、度胸試しをしようと言い出した。
秘密基地から少し離れた場所にある崖へと赴く。
崖の近くまで行くと、うつ伏せになる。
ゆっくりとほふく前進をし、顔を出す。

 もちろん怖がって顔を出さない者、
そもそも近づかない者もいる。

「こっち来んのっ?」

「行かん。怖いっちゃ」


 陽葵も崖から顔を覗かせる。
楽しそうな彼女を見て、男子が崖の傍で立ち上がる。
皆がそれを見て凄いと褒める。
男の子は誇らしげに陽葵を見た。

 そんな時、何のいたずらか強い風が吹いた。
男の子はバランスを崩し、崖から足を滑らせる。
陽葵が一瞬の判断で腕を掴む。
ぶら下がっている状態になり、悲鳴を上げ、
絶対に離さないでと懇願する。

 遅れて男子たちが陽葵を掴む。
他の男子も手を伸ばすが、
当の本人は恐怖で目をつぶって片手を挙げられない。

 時間が経ちにつれて、
お互い腕の力が弱くなっていく。

「頑張って! 必ず引き上げるから!」

「タク! もっと力入れろっちゃ!!」


 腕から徐々に手首に向かってずり落ちていく。
お互いの顔に恐怖は無い。
離さないように力を必死に込めている。
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