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17.獣人

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【辺境の地】


 目が覚めると、牢屋の中にいた。ミリウの低い声が響いた。

「目覚めたか」

 向かい側にも同じく牢屋があり、鉄格子の中にロストとミリウが居た。しかし、ロストはまだ横になって気を失っている。

「……俺の力が覚醒して転移した、のか……」

「違う。私たちはオークに捕まった」

「!? 一体何が……ぅっ首が……」


「少し話しが長くなるが?」

「大丈夫だ、話してくれ」


 そして、ミリウが語り出した。



 数時間前、グリムとロストは息を切らしていた。ミリウは人族と獣人たちの追手が来てないか警戒していた。リーパーは鞄の中に居る。

「何とか巻けたようだな」

「まったく、至る所にいるな。英雄候補を呼び過ぎだってのっ」


「グリムよ。これからどうす、むん」

 その時、ミリウが立っている場所が崩れた。崖に落ちていく。慌ててグリムが彼女の腕を掴むと、そのまま地の底へ引き釣り込まれた。

 ロストもそれを追いかけて、グリムの腕を掴み、翼をばたつかせる。しかし、浮遊する気配は無く、そのまま勢いよく落下していった。


「うわぁぁぁあああ!?」


 地面に着地すると彼女が腕に力を込め、二人を支える。地面が割れたが、彼等は無事だった。しかし、完全に衝撃は抑えきれず、ロストとグリムは意識を失っていた。

「すまぬ」

「おいおい、何がどうなったっ?」

「凄い段差だった。む……」

「なんだ、脅かすな。気を付けろよ、ドジっ子ども~」


 リーパーが鞄の中から少し顔を出した時、ミリウが周りを見渡していた。兵に囲まれていた。彼は即鞄に隠れる。豚の様な姿、しかし二足歩行して武具を身に着けている。魔王領に暮らすオーク族だ。

 オークは一連の様子を見ていたため、何か困惑していたが、やがて口を開いた。


「貴様っオークか!? あ、オークは俺たちか」

「そうだ、そうだ……てっきり」


「ぐっ……何という筋肉……貴様、何者ッ?」


「エルフ族。ミリウ・エルエル」


「おおぉ! エルフ! 素晴らしい。女、悪いが遠いご先祖様からの遺言でな。拘束させてもらう」


 この数相手に意識の無い二人を守り切れないと判断し、大人しく捕まったのである。


【牢屋】

 グリムはリーパーを探す。しかし、鞄には居なかった。ミリウに聞こうと思ったが、オークに聞かれる可能性があるので黙っていた。

 どうやら魔法を構築できない。オークもかなりの魔法対策が出来るようだ。ミリウがいる場所の隣には獣人らしき女性も捕まっていた。



 そんな時、遠くから声が聞こえる。


「ど、どうかっ。お助けてください!?」

「そう言われて助けるはずがないだろ。女はここで永遠に暮らしてもらう。これが一番発展が早のでなッ」


 ドアが開くと彼女を凝視した。失礼だとは思ったが、それ以上に見た事が無い姿だったからだ。

 一番近い表現はケンタウロス。腕は鳥の羽。尻尾は蛇。上半身が馬の耳を持つ獣人、下半身は馬。毛並みは滑らかで栗毛。言葉を話せ、最低限体を隠せる服を着ているので、そういう種族なのだろう、とグリムは考えた。


 オークが牢屋に入れようとするが、二メートル半はありそうな巨体で扉を通せない。ここはオークを捕まえる牢では無いから入口が狭かった。

「痛い! 痛いです! 止めてください!」

「くっ、くそ! なんてことだ! この牢、設計ミスじゃないか!?」


 そこでミリウが立ち上がると鉄格子を掴んだ。オークがうろたえる。

「な、なんだっ。大人しくしないと、ただじゃおかないぞ!」

「むん!」

 そして、彼女が力を込めると鉄格子が曲がり、入り口が広くなった。尻尾の蛇がクルクルと丸くなる。

「彼女が痛がっている」

「あ、すみません」

 そう言いながらオークがケンタウロスを収納すると、ミリウは鉄格子を元に戻す。そして、鍵をかけている時にオークは気が付いた。


「……え? お前……もしかして脱走出来るのか?」

「今の私では、一度しか使えぬ奥義」

「そうか。ならば大丈夫か」


 オークが去って行くとグリムは言う。

「一度なのか?」

「先ほどの私では、な……筋肉は状況に応じ、常に進化する」


(凄いな筋肉って……)


 ずっと泣いている者にグリムが訊ねた。

「貴方は獣人ですか?」

「わ、私は……」


 隣の牢屋で捕まっている獣人が言う。

「はっ、そんな訳あるかい。そいつはねぇ、化け物だよ!」


 それを聞いて、彼女は委縮する。グリムをそれに取り合わずに彼女と話す。

「名前は?」

「……リッス」

「はっ、化け物で十分だよぉ!」


「ご、ごめんなさい!」


 そこでロストが目覚めた。状況を思い出しながらゆっくりと起き上がる。

「ぅ……ん……」


「目覚めたか?」


「え、我覚醒した?」

 リッスを見て唖然とした様子で言う。

「……もしかして我が召喚したのか?」


「違うぞロスト。その方はリッスさんだ」

「仲間?」

「い、いえ! 違うますよッ!?」


 隣の獣人が笑い出す。

「あはははは! その化け物と仲間だって!? 頭がおかしいんじゃないか!?」


 ロストがリッスをジッと見つめる。暫く見ていると我慢できずに馬の方の背中を撫でた。すると蛇が腕に優しく触れて来た。そして、ロストは上半身、毛で覆われた背中を撫でる。

「ひやっん! あ、あの! くすぐったいです」

 ミリウがロストを引き離した。

「すまぬな。リッスよ」

「い、いえっ……き、気にしてませんっ」

 彼女は照れた様子だ。気持ちを落ち着かせるため、左右の指をくっ付けて、手で遊び出した。隣の獣人は、彼等の反応が気に食わないのか、さらに叫ぶ。

「はっ! 悪い事は言わない! そんな気味の悪い化け物に関わるの何て止めときな! 不幸になっちまうよぉ」


「白き竜が来る……」

「はぁ、なんだって? 白き? ……ん?」


 獣人がふと目線を落とすと、リーパーが目の前に立っていた。そして間入れずに彼女の服に入り込んだ。

「ぎゃぁぁあああ! なんだこいつぅ!? やめて、やめて、やめろこの野郎! あひゃひゃひゃひゃ。くすぐったい! 離れろぉぉお!」


 満足したのかリーパーが戻って来た。そして、鞄に入るとスヤスヤと寝た。丁度その頃、騒ぎを聞きつけたオークが獣人の前に来た。

「うるさいぞ!」

「今! 変なのがいた! 私の服に入って来て! とにかく変なのが居たんだよ! ここ、ここから出してくれ! 喰われるぅぅ! 食い殺されるぅぅうう」


 彼女が息を切らしているが、特に何も変わった様子は無い。そんな変なのも見当たらなかった。

「……ぁ~……お、俺は下っ端だから……じゃ、じゃあな……俺が言うのもあれだが、お、お大事にな……あ、一応静かに頼む……」


「居たんだよ。本当に居たんだよぉ。信じてくれよぉ」



 ここから脱出するための作戦。それはミリウだ。そこで考える。今よりもっと強くなれば自分でもここから出られるのだろうか?

 魔法が使えない原理が分からない事には、それに対抗する魔法を生成できない。魔法の生成自体が出来るか試す、それも不可能の様だ。

 対策をするなら外で予め作らなければならない。


(俺もまだまだ弱い。作るべき魔法はまだ沢山あるみたいだな……ククク、足りないからこそ俺は力を求め続けるッ)



【夜の帳】


 空気が澄み、静寂が訪れた。外に繋がるドアからオークが入って来た。


「お前等が新入りか。うんうん、丁度良いサイズだな」

 ミリウたちを一瞥すると動きが止まる。

「ん? まあ、裏技を使えば多少は大丈夫だろう」


「オークさん。俺たちの武器は何処にありますか?」


 昼間のやり取りを見るに文明の割に、そこまで頭は良くなさそうだ。


「馬鹿か、そんな事言うはずないだろッ? それにお前のは確か、あの使えないダセェ大鎌だろ! はっはっはッ笑えるぜ!」

「はぁ?」

「ああ? 何だその眼は、文句あるのか?」

 リーパーが痛みを与えてグリムを落ち着かせる。そして、彼に伝授された作戦を言う。


「オ、オークさん……もし武器を持ってくれたら……良い事を教えますよー」

「何? だから無理だと……」


「もし……あの大鎌と剣が美女になるとしたら?」

「なんだと!」


「ただ、方法が分かりにくい。もし、持って来てくれるなら……」


 既にオークはその場に居なかった。リーパーが良い顔で言う。

「なっ?」

「嘘……だろ……マジでいけた」


 オークがそれを持って来た。

「さあ、早く教えろ!」

「まあまあ焦らず……」


 その時、背後でミリウが、予め壊していた鉄格子をゆっくりと開ける。

「まずは……脳を揺らします」

「? なに?」


 ミリウがオークを殴ると倒れた。道は予めリーパーが探索していたので分かる。一番脱走が楽なのは牢の壁を壊す事。それを見た獣人たちは驚いた。獣人たちが助けてくれと声を上げる。

 だが一人だけ目を地面を見ていた。昼間、散々嫌味を言ったからだ。


「ミリウ、派手に行くか?」

「ふむ。良かろう」


 すると彼女は牢屋を全て破壊し始めた。一番驚いたのは悪態を着いた獣人だった。


「な、なんで……私までっ……」

「感情無き者の魂は不味いからな」


「……ど、どういう意味だ?」

「」


「おい、早く行くぞ!」


 グリムたちと捕まった女性たちは外に出る。彼等が逃げるとオークたちが追って来た。グリムとリーパーが魔法を大量にばら撒きながら逃げる。

 捕まった者たちは体力が落ちている。グリムの尋常な治癒エクスヒールで完全では無いが、彼女等を癒した。それを見たグリムは止まる。同時にリーパーが姿を現した。


「げっ! その白いのは!」

 リーパーは幻影で彼女たちを隠す。彼は決め顔で言う。

「逃げるならあっちだ。俺たちはここで時間を稼ぐから行け」


 獣人からは訳の分からない怒りが込み上がる。彼等の仲間は全員が異なっている。しかも、彼等は見知らぬ獣人も異形のリッスも全て助けた。そして今、こうして囮になろうとする。何為に?


「くそ! 何だ! 何なんだお前達は!? 何故助ける! 何故、貴様等は!?」


 それを聞いてグリムとロストがポーズを決め始めた。


「ククク、我等は異端……闇が恐れ……」

「闇に愛され……」

「闇を統べし……」


「吸血鬼」「死神」「筋肉」「俺は関係ない」


「何なんだよぉ……分からない……っ」


 困惑する獣人を気にせずにグリムは彼女の方を見た。

「さて……リッスはどうだ?」

「え……私……?」


「我等が怖いか?」

「あ、い、いえ……」


「フフフ、貴方には資格がある」

「しか、く?」


「ククク、我は汝のような者を待っていた……我等と共に行こう」


「……は、はい」

 リッスには何が何だか分からなかった。しかし、誘われた事が嬉しかった。なので彼女は自身の心に従った。


 グリムは他の獣人たちに告げた。

「さあ、早く行くが良い」

「れ、礼は言わないからなッ」


「もとより不要だ」

 去り行く獣人たち。そこで、オークが追い付いて来た。



「くそ! 獣人たちを何処にやった!」


 その時、彼等は既に逃げ出していた。その姿を見て血管が切れた。オークたちはグリムを追う。数が多すぎるのでまずは逃げながら様子を見ようと考えた。

 しかし、そう上手くは行かなかった。他のオークよりも一回り巨漢オークと数人が逃げ道を塞いでいた。

「回り込まれたぞ!」

「突破するしかあるまい……」


「ククク、深淵を知るが良い。《色褪せぬ罪咎デリットリスィ》」

「おぉ! 新しいのか!」

 グリムは持続型の身体強化の魔法、森人の探求エル・フォルトと。短時間だが、かなりの身体強化が出来る魔法、偽りの勇士シラ・フォルトを重ねて使用し、超加速する。

 その大鎌を持って巨体オークに切りかかる。巨大な武器でそれを受け止めるがオークが力負けし、後方に押され地面に直線を描く。

「ぐぬぬぬ! これしきで!」

 徐々に押し返すオーク。グリムは武器を弾いて距離を取ると戻って来た。ミリウは柔らかい表情で言う。


「《デリットリスィ》か。不覚。私が魔法に目を奪われるとは」

「おい、グリム。今のはどんな魔法なんだ?」


「……そ……り……だ」


「何だってッ?」


「だから、魔素が足りなかったようだ」

「……それは……魔素が足りなかったという事か?」


「ああ、魔素消費が凄まじい。最大威力を見たい、という願いの弊害だな。同時期に作成した《闇の魂ネラエニエル》も同じ問題を抱えてるとみた」


「……事前に試したか?」

「元気な時にな」


「良し! 勝てば許そう!」

「……ふっ、当然だ」

 彼等は走り出した。


「我は闇より出ずる深紅の災禍……業を背負いし愚者に災いを……」

 背後でロストが深紅の剣と翼を出した。ダメージを負い、再生により魔素を奪われる前に、攻めて決める気だろう。


「死を畏れぬ生者に安息を。優しき眠りに誘え。《甘美なる誘惑アイト・ファルチェ》」


「自然に宿りし大いなる精霊たちよ……フォォォォ」


「どいつもこいつも決め台詞かよ!?」


 そこでリーパーはリッスとふと目が合った。

「ぁ……私も、ですか?」

 リーパーは優しい表情で首を横に振った。


 巨漢オークは驚愕した。部下を無視して一直線に向かって来ていたからだ。

「なにぃぃ! 全員俺狙いか!? 望むところだ! 返り討ちにしてくれるわ!」


 刹那。不意打ちで地面から発生した影の刃がオークを襲う。避けきれずに全てを受けてしまう。

「がッ……まだまだぁ……」

 血と羽の大雨がさらに降りかかる。

「ぐあぁぁぁあああ!? これしきでぇ……」


 最後に力強い走りで迫って来るミリウが走り抜けた。


「ぶはっ……ッ」


 巨漢オークは大きく吹き飛ばされて意識を失った。彼等の部下が叫んだ。

「やったぞッ。我等のボスが勝ったぞぉぉぉお!? あ、負けたのか紛らわしい」


 部下がボス治療しようと近寄る。その隙にグリムたちは去って行った。



【静かな場所】

 オークを振り切ったグリムたちはリッスは野営をしていた。話を聞いていると、リッスは戦闘が得意では無い。


☆☆☆☆☆
リッス
レベル:6
スキル:
魔法:ナリッシュ、プラントグロース
属性:地属性、植物派生

☆☆☆☆☆


 ミリウが真剣な表情で言う。

「私はリーパーと同意見だ。六災害との戦いは壮絶を極める……共に戦うのは厳しいだろう」


「言ってねぇ!? 良いだろ! リッスと旅をしようぜ!」

「む。其方、強さが必要だと……」


「違うんだよ……今回は例外何だよぉ。六災害と戦う所まで行かなくても一緒に居てもいいだろ!」


「わ、私は……」

 グリムがそれを受けて言う。

「あの状況。かなり強引に誘ったからな……リッスさん、厳しい戦いになるのは本当だ。もう一度、答えを聞かせてくれないか?」

「……私は……ど、どうすれば……」


 尻尾がクルクルと丸まる。不安を感じている様だ。


「これだけは自分で答えを出して欲しい。願うなら獣人の村に送り届けよう……」


「村に……ッ」


 皆はそれ以上は何も言わない。目を瞑り、それ以上は彼女に訴えかけない。彼女の言葉を待っていた。


 リッスは先ほどの事を思い出す。彼女からは三人は正常に見える。

「……貴方たちはどうのような存在なのですか?」


「俺は人族の期待を裏切った名もない死神」

「……」

「我は出来損ないの吸血鬼。同族の命を奪いし闇」

「私は魔法を捨てたエルフ」


「……何故……一緒にいるのですか?」


「死神の直観」「成り行き」「漆黒の夢」「筋肉の声」


 皆は目を閉じたままそう言った。その可笑しな者たちを見て、リッスは少しだけ微笑んでいた。


「私は皆さんの事をもっと知りたい……きっと強くなります。だから一緒に行かせてください」


 皆は目を開ける。グリムが悪い笑みを浮かべて言った。


「ククク、歓迎しよう。ようこそ、我々の世界へ」

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