たとえ世界を敵に回したとしてもOREの病いは治らない

刀根光太郎

文字の大きさ
上 下
16 / 58

16.偶然

しおりを挟む
 ついに、体裁を繕わなくなった、というよりも。

 ふっきったか?と、当たり前のように執務室に入ってきた体格の良い男を見上げてスレインは疲れた顔になる。この男が来ると、女性たちは色めき立つが、目的が分かっているからその目が厳しいものになるのも知っている。
 まあ幸い、この中ではそれほど目立った動きはないが、他の部署が絡んだときに、リラがやりづらそうにしていることが出てきていた。仕事に私情を挟むのはいかがなものかと思うが、おそらくそう言ったものたちは、職場を結婚への足掛かり程度に考えているのだろう。だからなおさら、リラにはその考えが思い浮かびもしないから、苦労しているのはわかる。
 わかるのだが。


 この目立って仕方ない、リラの視線が向けられていないときにはリラに近づくものを威嚇するような顔をする男。ふっきるにはふっきるなりの行動を起こしたのだろうが。
 その割に、リラの方に変化がなさすぎる。
 またきれいさっぱり、聞かなかったことにしたのか、思い切りよく勘違いをしたのか。


 うちみたいに吹けば飛ぶような家の人間に関わっても、美味しくはないんですけどねぇ、なんて言ってたな、とふと思い出す。
 いや、正直、リラがわかっていないだけでシェフィールド家とお近づきになりたい人間は履いて捨てるほどいる。どうにかしてその能力を発揮してもらいたいのに、揃いも揃って程々目立たず、昇進の話は素通りしながら来ているのだ。



「主任」


 不意に呼ばれ、スレインが顔を上げれば、リラが目の前に立っていて。そのすぐ脇には、目を疑うような顔をしたローランドがいる。いやもう、だんだんこんなもんだと見慣れてきているのが恐ろしいが。
 声も、仕草も、何もかもが目に入れても痛くない、孫を愛でるおじいちゃんか、と少しずれたツッコミを入れたくなるのは、ひたすらリラの方に自覚がないからで。
「今日、お昼ご一緒するお約束だったんですけど…」
「あ?ああああ、いい、いい」
 リラがその言葉を口にした瞬間、背筋を嫌な汗が流れた。いや、比喩ではなく。しかも一気に体感温度が下がったようで。氷の騎士様が、本当に氷のような視線を向けてくるのだからたまらない。
「またの機会」
「いや、気にするな。リラ、気にするんじゃんない」
 そして、余計なことは口にするな。
 たまには食堂で飯でも、と、話していたのだが。迂闊だった。いくらローランドがリラをみそめる前の約束だったとしても、何か理由をつけてナシにしておけばよかった。


 いや、こんなことをしていたらリラの交友関係がどんどん制限されていくわけで。
 独占欲、なのだろうが。それはリラにとっては良いことではないと、早い段階で気づいて欲しいものだと思う。命が大事だから、とっさに逃げ腰になってしまうけれど。







 やけに焦った様子のスレインに押し出されるように送り出され、リラは困った顔でローランドを見上げた。

 今日は食堂の予定だったから、お弁当がない。そして、食堂のような場所なら百歩譲って構わないが、不特定多数に提供されるものではなく、リラが食べることを前提として作られたものは、口にするなと、さんざん言われているワケで。


「あの、せっかく作ってきてくださったってことなんですが、申し訳ないので、売店で何か、買ってきます」
「何を言っている?食べてもらえた方がありがたい。申し訳ないというなら、食べてもらいたいものだが」
 申し訳なさの方向性が違うだろう、とローランドが思ったのは当然だな、とリラも思う。
 困惑顔のリラを見下ろしながら、ふと思い出す。先日、リラの口に手ずから食べ物を入れたときに、リラが友人から叱られていたこと。魔力譲渡は、身内以外から受けないように言いつけられていると釘を刺されたこと。
「何か理由が?」
 尋ねるローランドの目が不安そうなのを見てとって、リラは目を逸らす。
 この人のどの辺が、氷のようだというのだろう。
 ずっと答えを待っている様子に、諦めてリラは、その理由を口にする。別に秘密にしている話でもないし、知っている人も多い。
「わたしが口にするものに毒を仕込まれたことがあって。それで、口に入れるものは、不自由に感じない程度に、注意を受けていて」
「なっ」
 いくつもの感情が一度に湧き上がって、ローランドは言葉にならない。
 リラに、毒を盛る輩がいた?
 そいつを生まれてきたことを後悔するほどに…いや、何より、オレがそんなことをするわけがないだろうっっっ!


 という心の中で吹き荒れる叫びにリラが気づくはずもなく。
 なので、買ってきます、とどこかに向かおうとするリラの手首を握り、その細さに驚きながら、流れるようにローランドは腰を引き寄せる。
「え?」
 驚いた顔でぽかんと見上げるリラを、物陰の壁に押しつけた。
「魔力譲渡でなければ、良いんだな」
「へ?」
 何を、と聞き返す前に、壁に縫い付けられたリラの唇に柔らかいものが触れる。なんで、と問いかけることもできない。
 どこで何のスイッチが入った、この人!
 あまりにも唐突ではた迷惑な熱量で、頭がくらくらする。そもそも不慣れなのだから、やめて欲しい。

 もがこうとしても、相手は騎士。かなうはずもなく。
 逆に今まで肩透かしを喰らい続けた結果、すっかりおあずけ続きのローランドの方は、若干…ではなく、暴走気味で。
 言葉を紡ぐその唇の動きだけで、互いのそれ同士が触れてしまうような距離で、ローランドはリラを見つめる。
「お前をこういう意味で、求めている。そんなお前を、この先一緒にいたいと願うお前を、傷つけるはずもない。むしろそういうものから、守りたいんだ」
 この距離で話さないで!
 と、言いたいのに、頭が真っ白で、混乱しすぎて血の気がひいて、とにかく立っているのもやっとで、腰を引き寄せるローランドに支えられているような状態で。
「お前が手に入らないというなら…いや、それでも、傷つけられない。だから、オレの作ったものを食べて何かあるわけもない。それでも拒否するなら、このままここで、お前を食べていようか?」



 反射的に。思い切り。
 リラは首を横にふった。文字通り血の気がひいているからくらくらするけれど、声が出ないから他に意思表示のしようもなく。


 満足げに。
 ぞっとするほどの美しい笑顔を、ローランドはうっとりとリラに向け、啄むような、惜しむような口づけを、軽く、瞼と唇に落とす。
「嬉しいが、惜しい気もするな」
 瀬に腹は変えられない、と、精神衛生上よろしくないレベルのローランドの攻勢からリラは逃れ、当然のように腰を引き寄せてエスコートされる。
 慣れない。慣れないから居心地が悪い。だが、先ほどので正直くらくらしていて、支えは必要で。



 遠い目になりながら、この状況の説明がつくわけもなく。いやもう、言葉通り素直に受け取れば、それで説明はつくのだけれど。ただ、この人が何をそんなに気に入ったのか、全くわからない。



 以前、リラが食べる場所として伝えた一つ、池の畔のベンチに誘われ、楽しげに、口に弁当を運ばれる。
 悔しいが、美味しい。本当に、文句のつけようもなく美味しい。
 だから、つい、そう呟いて仕舞えば、ローランドは心底嬉しそうに目を細めるのだ。
 どうしていいか分からないままに目を逸らして仕舞えば、喉の奥を鳴らすような笑い声が降ってきて、また口に食事が運ばれる。
 自分で食べるというのに、この間、咎められたことの原因もそれとわかって、なおさらこうしているのだろうかと思うほどに、譲ってくれない。
 それもあるが、ただ、食べさせればとても素直に幸せそうに美味しそうに食べるリラに食べさせるのが、楽しくて仕方ないだけだったのだけれど。




 なんか、餌付けされてるみたいだなぁ。



 と、もはや感覚を麻痺させる以外に逃げる手段を見出せず、ぼんやりとなされるがままに遠い目をして、リラは自分を見下ろす蜂蜜のような目を見上げた。



 やっぱり、氷でも鉄でも、ないよね、と。
 むしろどっちも溶かしそうなくらい、恥ずかしいですよ、と。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

処理中です...