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 俺は取り合えず聞くことにした。

「どちら様ですか?」

「覚えてない? 貴方もお世話になってるわ……」

「え!? そんな!」

 先生は深刻そうな表情で話を続ける。

「落ち着いて聞いてね……」

 俺は緊張しながら頷いた。

「原初のお茶碗、彼よ……皆が崇め奉ってた、あの子がっ……ぅぅっ……こんな姿に……ッ」

 意外でも何でもなく、俺は落ち着いていた。人じゃなくて安心したからだ。

(あ、その説はどうも、大変お世話になりました……茶碗ならまた作れば良い……と言いたいところだが、確かに製作者からすればただ事じゃないよな……)

「か、悲しいですね……凄く……俺は忘れませんよ! アル……ゴリズム? 一世君の事……」

(名前合ってるよね?)

「ぐすっ、聞いてくれる? アルゴリズム一世君の生涯を……」

(良かった合ってた……って生涯? もしかして、長くなります?)

「…………」

 先生はこちらを静かにジッと見つめて来た。俺は目を閉じると決断した。

「……はい」

 先生は永遠と気持ちを伝えて来る。作る工程の話を交えながら熱く語ってきた。さらに気持ちが乗っていた。早口になる。途中、拠点に居る何人かと目があったがすぐに反らされた。

(あいつ等、さては知ってたな……)

 先生の話から解放される。先生には悪いけど、マジで疲れた。再び捕まらない様に拠点に急ぎ足で戻る。その時、遠くから女子が近づいて来る。

「私のせいで……ごめんなさい……」

(大橋だったよな? クラスでも話したのを見た事は無い。根本と違って、彼女は大人しい感じだったな)

 彼女は何時もよりも明らかに暗い表情をしていた。話した事の無い俺にもそれは容易に分かるくらいに。少し離れている先生の方をチラリと見て申し訳なさそうにする。

「あれ? もしかして大橋さんが割ったのか?」

「はい……あんなに大切な物を……」

「そっか。大橋さんは怪我は無かった?」

「え? はい……どこも……」

「なら良かった」

「な、なんで怒らないんですか……っ? 私は何の役にも立ってないどころか、こんな迷惑までかけて……」

「ん? 先生に怒られたのか?」

「なんでかまったく……」


「ほら、気にして無いって。怒らないのは大橋さんの方が大切だからじゃないか」

「でも先生……凄く悲しんでて……」

「……諸行無常。一生懸命に作った物が壊れるのは悲しいと思う。でも、無くなるからこそ、そこに魂を注ぎ込むんじゃないかな?」

「……?」

「上手く言えないけど……先生は確かに悲しんでた。でも、情熱は失って無かったように見えたよ。きっとまた……いや、今以上に凄いのを作るさ」

「……そうなのかな?」

「そうだよ……信念や情熱がある時の人間は凄い力を発揮するからな」

「……羨ましい。私にはそう言うのがないから……」

「大丈夫。これからこれから。三年は長い。それまでに大橋さんも何か見つかるって。きっと楽しくなる」 

「私も?」

「ああ、大橋さんもきっと」

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