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彼はもう動かない

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「あいつ……手を放しやがったな……ィテー。おい、動けるか?」

「何とか……」

 若干痛みを堪えた声を出しながらも花糸かしはそう答えた。しかし、桃地ももちは足を痛めたようだ。安否確認をした大竜も腰を痛めている事に気が付いた。

 彼はもう一度崖を見上げる。この高さでよく生きてたと思った。恐らく女神が言っていた魔素による身体強化の恩恵だろうと、適当に考える。要の能力、身体強化とは別の話だ。

 その時、不安定な声で話しかけてきた。

「お……おい……大竜……」

「なんだ?」

 そう言われて振り向くと嫌でも気が付いた。狼に似た獣だ。しかも一匹ではない。何匹もいることに恐怖を覚える。平均2メートルくらいあろう個体が木陰から、唸り声をあげ、顔を覗かせる。

「い、何時の間に……ッ」

「花糸っ。俺と桃地は怪我で動けん。援護しろッ」

 襲い掛かって来る獣に圧縮した水、刃のような糸、雷の放出で対応する。崖の上からも、残った者たちが石を投げて援護をしていた。

「へへっ、狼如きにやられるかよッ」

 近づいて来れない狼を見て、彼等は笑みをこぼす。その時、大竜が腕を前に出したまま固まった。

「どうした?」

「ッ……まさかっ。こんな時にッ」

 慌ててステータスボードを確認する彼を見て誰もが察した。MPが尽きたのだ。桃地も苦い表情をした。彼女もまたMP切れの様だ。

 大竜は脳裏に今までの経験が過る。最後に現れたのはくろがねの嘲笑う顔だった。悔しさと目の前の恐怖が交じり合う。

(消えろ幻影! ふざけるな! 俺は……俺は選ばれたんだッ!!)

「くそ! くそッ!」

 焦燥に駆られる大竜たちを見て、一瞬で状況を判断した花糸かしは糸を上に向かって飛ばす。彼のやろうとしている事に気が付いた桃地はすかさず脚を掴んだ。

「何一人だけ逃げようとしてんだッ!!」

「ち、違う! 助けを呼ぼうと!」

「私も連れていけよ!」

「連戦で疲れてるっ。今は二人を支えるのは無理だ! だから助けをっ」

「っざけんな! この状況で誰が来るんだ! そんな暇があったら獣を殺せ!」

 獣は一瞬様子見をしていたが、やがて状況を理解したのか、桃地が掴む逆の脚に嚙みついた。花糸は苦痛の声を上げる。

「がぁああ! 離せ! 離せ獣が!」

驚いた桃地が腕を放すと、石で獣を追い払おうとする。しかし、まるで怯まない。今度は糸を出してない方の腕に別の獣が嚙みついた。そして間入れず彼の首に獣が噛みついた。

花糸かしぃぃ!」




 宝剣たちは森の中を進んでいた。そろそろ日が暮れそうだ。進むか戻るかを考えなければならない。田村が複雑な表情で言う。

「……そろそろ日が暮れる。これ以上は危険だ……と思う……」

 後藤と松本はまだ進みたいと言う顔で見つめて来た。それを確認したうえで、宝剣が苦い顔をした。

「……戻ろう……」

 彼女等もその言葉に静かに賛成をした。その時、遠くから声が微かに聞こえる。気のせいかと思ったが、その声は徐々に近づいて来る。刀野とうのたちだ。しかし、二人しかいない。

 皆は緊急事態なのだと即理解した。彼等はすぐに駆け寄り事情を聞く。支離滅裂な単語の中に崖や落ちた、などが含まれていたので何となく察した。説明させるより案内をさせた方が早い。

「崖に連れていってくれ!」

「ぁ……ああ!」

 宝剣たちが崖の上に到着すると、絶望的な状況だった。花糸が血だらけで倒れており、大竜、桃地、丹生が震えていた。近くの石を投げたり、蹴る様な動作で抵抗はしている。

 宝剣が急いで崖の下に降りようとしたが、田村と不死原は羽交い締めで止めた。直感で間に合わないとも思ったからだ。

 それに獣の数が多すぎる。昼に休憩を挟んだとはいえ、道中の獣を倒しながらずっと歩き続けて来た。体力、MPが持たない。このままではミイラ取りがミイラになる。

 遅れて走って来た後藤が状況を確認しようと崖の下を除こうとした時、松本が手のひらでそっと彼女の目を覆い隠した。


 桃地が恐怖に震えながらも声を絞り出す。

「嫌……こんな死に方……嫌。誰か助けて……」

「死……ッ? お、おい! 俺を助けろ無能共!!」

 桃地の声を聞き、死を強く意識した大竜が二人に言い放つが、状況は変わらない。絶望の表情を浮かべる丹生にぶがボソッと吐き捨てる様に呟いた。

「あんたたちなんかについて来るんじゃなかった……」

 四人は恐怖と苦痛の悲鳴を上げた。無意識に首や頭を守ったのだろう。腹部やその他を狙われていた。かなり長い間、その叫び声はこだまする。悲鳴と共に痛みを感じる箇所を声に出すのが妙に生々しかった。

 やがて、彼等は静かになる。


 拠点に戻って来た宝剣たちは事情を愛丘たちに話した。彼等は黙禱もくとうを捧げた。

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