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羅生門 -武士と鬼女-

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 南の羅生門に鬼が棲み着いたと噂が立ったのが三月ほど前である。
 羅生門とは都を南北に貫く朱雀大路の南端にある大門であるが、弘仁七年と天元三年に大風で二度倒壊しており、それ以降は再建されることなく、荒れ果てた不気味な姿を晒している。
 そのような有様なので、周辺の治安も悪化の一途を辿り、夜ともなれば誰も近寄らない荒廃した地域となっていた。
 鬼と云われているが、実際にはどのような姿かたちなのか誰も知らない。
 何故なら、噂を聞いて何人かの力自慢が鬼退治に行ったがひとりとして戻らないからだ。だからといって数十人で徒党を組んで行くと決して現れないと云うから始末が悪い。
 朝廷はやむなく、腕に覚えのある一人の偉丈夫を遣わした。

 着いてみればなるほど鬼でも出そうな荒れっぷりである。
 武士は半ば崩れた楼閣を見上げた。
 中に踏み込んでみると、二階から上は昼間でも真っ暗だった。

「御免、鬼は居るかね」

 回りくどいのは好きではない。単刀直入に声を掛けた。

「あら、今度はまたいい男が現れたねぇ」

 闇の中から艶めかしい女の声が降ってきた。

(はて、鬼とは聞いていたが、男か女かは聞いていなかった)

 鬼にも性別があるのかな、と武士は首を傾げた。

「そなたが鬼かね? 私は主君の命により鬼退治に来た者だ。姿を見せられよ」

 フフフ、と艶っぽい笑い声のあと、ぬるり、と梁の間から逆さまに、まるで蛇のように女の上半身が現れた。
 紅梅の着物をまとっていはいるが、肩口ははだけて豊満な乳房が半分見えている。
 垂れ下がった髪が生き物のように揺らめき、よく見ればその付け根、額の左右からねじ曲がった突起が出ていた。

(なるほど、鬼か)

「俺は渡辺源次わたなべ げんじという者だ。そなたは?」

 武士が名を問うと、鬼は「特に名など無いよ」と素っ気なく答えた。

「名があった方が報告の時などに色々と都合がよいのだが」

「そうだねえ……」

 鬼は逆さになったまま首をねじ曲げ、ゆっくりと辺りを見回した。

「茨……木、とでも名乗ろうかね」

 その視線の先に茨の木があったであろうことは察するに容易い。

茨木いばらぎか、なるほど刺がありそうだな。ひとつ手合わせ願いたい」

「やれやれ、見た目は良いけどなかなかの朴念仁のようだね。こんな美女を見ても何も感じないのかい?」

 鬼女は手のひらを差し出し、小指から順に折りながら「上がっておいで」と云った。
 そして、するりと闇の中へ姿を消した。

 階段を軋ませ上がってみれば、二階はそれほど真っ暗というわけでもなかった。破れた天井や壁からわずかに光が入り込んでいるのだ。
 正面にうごめくものがあった。先ほどの鬼だ。

「ひとつ教えてあげよう」

 鬼が艶めかしい声でゆっくりと云った。

「わらわを刺しても簡単には死なぬ。わらわを退治するには、まぐわいながら何度も絶頂を向かえさせることだ。その前にそなたが気力果てればそなたの負けとなる」

 ただ人肉を貪るのではなく、夢に現れて精気を吸い取る鬼も居るという。
 それは源次も聞いたことがあった。

「そのような鬼なのか?」

「そのような鬼なのだ」

「他の者達はそうやって破れたということか? 遺体は無いのか?」

「搾りかすはここから落とした。すぐに獣が持って行きおった。中には二本足の獣も居ったよ」

 鬼は狐のように目を細め、くすくすと笑った。
 庶民の貧困は著しく、治安の行き届かないところでは、追い剥ぎなど日常茶飯事だった。
 鬼はその人間同士の醜い有様を笑ったのだろう。
 源次は憮然として腰の太刀を抜いた。

「人心の乱れをお主だけのせいにはできん。だが使命は果たさせて貰おう」

「斬れぬよ」

「ただの刀ではない。主から賜った『髭切』の宝刀だ。斬れるなら斬った方が早い」

 源次が一気に薙払う。
 鬼の胴を斬ったつもりだったが、まるで手応えがなかった。

「おお、怖い怖い。本当に不粋な殿方じゃ」

 鬼はひらりと舞うように身を翻し距離を空けた。

「斬れぬな……」

 源次は太刀と鬼をまじまじと見比べた。

「わらわが実体を持つのは精気をすするときのみ、さあ、得心したならまぐわおうぞ」

 鬼はするりと着物を肩から抜くと床に落とした。
 それで全裸になった。
 豊満な胸、くびれた腰、肩から足の先まで見事な曲線を描いていた。

「やむを得ぬ、か……」

 源次は刀を置いた。
 女は嫌いではない。
 鬼の裸体を見て、躰の芯はすでに熱くなっていた。



 源次はまだ若く体力があった。そして若過ぎず、美男子と評判であったため女に不自由せず扱いにも長けていた。
 それでもこのような女は初めてだった。

(これが、魔性というものか)

 既に女の膣内なかに二度放っていた。
 鬼は源次の自慢の逸物に絡みついた。
 そして、信じられないような力で締め上げてきた。
 腰を動かすことが出来るのは、女の中から止めどなく溢れてくるぬめりを帯びた液のおかげだった。

「うむぅっ……!」

 三度目の精を放った。
 立て続けに放出したにもかかわらず、かなりの量だった。
 肩で息をしている源次の上体を下から押して、女が上になった。
 女も頬を紅潮させ、息が荒い。

「素晴らしいぞ、源次殿……!」

 鬼女は口元に笑みを浮かべて、うねうねと腰を回す。

「他の男であれば、もう出し切って使いものにならなくなっておる頃じゃが、まだこんなに硬い……そなたなら、わらわを満足させてくれそうじゃ」

 精力には自信があったものの、このような短時間に何度も大量に放出した経験などない。
 まだ硬さを保っていられるのは、源次の体力だけでなく女の妖力がそうさせているに違いないのだ。
 すべてを吸い尽くされる恐怖はあったが、激しい快感がそれを消し飛ばし何も考えさせない。
 ただ、与えられる快楽に反応し、まぐわうだけの獣になっていった。

「おお……良いぞ、良いぞ……わらわも達しそうじゃ!」

 女は上下にあるいは前後に源次の上で巧みに腰を使い快楽を貪っていたが、ついに大きな波が押し寄せて来たようだ。

「共にゆこうぞ、かつて辿り着いたことの無い境地に!」

 大きな乳房を自ら掴み、揉みしだき、長い舌で乳首を舐め上げる。
 やがて、源次の胸板に両手を着くと、髪を振り乱し狂った様に腰を動かしだした。

「アアアアア! 来ル来ル来ルッ、来ルゾォォォォッ! 一番激シイノガ、今マデ来タコト無イノガ来ルゥゥゥ!!」

「うぬっ!」

 源次は達すると同時に傍らに置いた太刀を抜き放った。
 ギャアッ、と鬼が叫び、飛びずさった。
 射精の勢いで一度だけ力を込められたが、二撃目は無い。腰が不抜けたようにがくがくと動き、勝手に精をまき散らしていた。
 何とか身を起こした。
 足元に躰から切り離された鬼の腕が転がっていた。

「少しは見所が有ると思ったが、やはり不粋! 不作法! 朴念仁!」

 女は腕の切り口を抑え吼えていた。目をつり上げ、尖った犬歯を剥き出しにした表情は鬼と呼ぶにふさわしかった。

「お恨みしますぞ、源次殿……!」

 源次が太刀を構えると、鬼は呻くように云って、片腕で壁を破り外へ飛び去って行った。
 源次はぽかんと鬼が去った方角と壊した壁を見ていた。
 まともに力比べをしても、とても勝てそうにはなかった。
 やがて、鬼が着ていた着物で下半身を拭うと、身なりを正し、鬼の片腕を持って楼閣を後にした。



「浮かぬ顔をしておるな、綱」

 参内帰りの途中、源次は後ろから声を掛けられた。
 源次の姓名は源綱みなもとのつなまたは渡辺源次綱わたなべのげんじつな渡辺綱わたなべのつなともいう。
 振り向いてみれば、偉丈夫の源次より更に大きな体躯の武士が立っていた。
 源頼光に仕える同僚で源次と並び「頼光四天王」と称される坂田公(金)時さかたのきんときであった。

「金太郎か……持ち帰った鬼の腕を、天文博士に占ってもろうたのよ」

「晴明殿か?」

「ああ」

 源次は先ほどまで一緒だった安倍晴明あべのせいめいの顔を思い浮かべた。
 三十二歳上だが若々しく、何事にも動じず、いつも涼しげな顔をしている。
 嫌みなところが無く、話していると何処か安心できた。

「で?」

「大凶……潔斎して七日間の謹慎だ」

 坂田は笑った。

「ひとりで鬼退治などに行くからだ。俺を誘えば良かったものを」

「人数が多いと出ぬと云うからよ……」

 源次はすべてを報告したわけでなかった。流石に鬼とまぐわったとは云えなかったのだ。
 自分と鬼の行為に坂田も加わると思うとぞっとする。むしろ、ひとりで良かった。貴重な体験をしたと思えばよいのだ。
 源次は坂田にしばしの別れを告げ自宅へ戻った。



 自宅では沐浴をして身を清め、鬼の腕をひつに封じて仁王経を読誦どくじゅし、七日間の物忌ものいみをしていた。
 伯母が上洛し訪ねてきたのは、その六日目のことであった。

 伯母は源次にとっては養母でもある。
 門まで出て「急にどうなさいました?」と問うと「最近、夢見が悪いので心配になって訪ねて来た」と云う。
 我が身を案じて遥々来てくれたのはありがたいが、まだ物忌の途中なので家に入れるわけにはいかない。

適々たまたまの御上りですが、実はわけあって七日の物忌をしておりまして今日はまだ六日目です。明後日にならないと入れることが出来ませんので、どうか今夜のところは別に宿を御探し下さい」

 そう云うと、伯母はさめざめと泣き始め、源次が生まれてこれまでどれほど大事にしてきたか、立派に成長してどんなに誇らしく思っているかを滔々とうとうと語り出した。
 入れなければ夜を徹して帰ると云うので、源次はそれはあまりにも不孝と仕方なく門を開いた。

「それにしても、七日の物忌とはいったい何事ですか?」

 中に入ると伯母が当然ながら尋ねたので、源次は鬼とまぐわったこと以外はありのままに話した。

「それでは、鬼の腕がここに有るのですね」

 部屋の真ん中に櫃がある。
 伯母はそれをまじまじと見つめた。
 横に立つ源次の傍らには、あの宝刀「髭切」がある。
 伯母がどうしても見たいと云うので、源次は仕方なく櫃を開けて見せた。

「おお、恐ろしい。これが鬼の腕……」

 櫃の中を覗く伯母の顔が変わっていく。
 額には牛のような角が現れ、姿は妖艶な美女になった。

「間違いなく、わらわの腕じゃ!」

 伯母であったものが櫃の中の腕を掴む。
 それと同時に源次の太刀が閃いた。
 斬れたのは着物のみだった。
 美女へと変化したものがひらりと身を翻して距離を空けた。
 その顔は先日の鬼女に相違なかった。

「斬れぬと云うたであろう」

 鬼が笑った。

「やはり、お主であったか! よく、伯母上の顔が分かったな。まさか、喰ろうたのか?」

 あまり物事に動じない源次であったが、さすがに顔色が変っていた。

「そのような鬼ではないとも云うたはずじゃ。お主がわらわの中に放ったのじゃ、命や記憶……様々なものを。その記憶を辿って造ってみたのよ。似ておったか?」

「……なかなか、似ておった」

 よく分からないが、とりあえず伯母は無事なようだ。
 源次は冷静さを取り戻していた。

「だが、あまりにも頃合いが良すぎて見え透いておったわ」

「それでも、こうして腕を取り戻せれば首尾は上々よ」

 鬼女は腕の切り口同士を合わせた。
 するとたちまちのうちに腕は元通りにくっついた。

「それよりも、お主の逞しいモノが忘れられぬぞえ」

 元に戻った腕の感触を確かめるように指を動かしながら、鬼が目を細め舌なめずりをした。
 それを見て、源次の中からも熱いものが込み上げて来る。

「何ならここでもうひと勝負するか?」

 鬼女はまんざらでもないという顔をしたが、源次の持つ「髭切」をちらりと見て鼻に皺を寄せた。

「源次殿はやはり不粋じゃ。好かぬ」

 そう云って飛び上がると、破風はふを蹴破り虚空へと消え去った。
 源次は壊れた壁を見つめ、鬼とその腕を取り逃がしてしまったが、どちらにせよ力勝負ではちと分が悪そうだと頭をかいた。



 余談ではあるが、鬼の腕を斬り落とした宝刀「髭切」はこの後「鬼丸」と改名されたという。





 羅生門

 END



あとがき
 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 シリーズで書いている現代サキュバスものと、羅生門のお話をミックスしたものです。シリーズとは別に単独で読めそうなので単発で公開しました。
 もともとの『羅生門』は『平家物語』剣巻にある一条戻橋の話が謡曲として派生したものです。話の流れとしては『大江山の鬼退治』のほうが先ですが、綱と茨木は初対面にしたかったので、まだ鬼退治は起こってないことにしました。(綱と茨木の対決が先のバージョンもあり)
 大きなバトルはあとにして、その前哨戦といった感じです。
 そもそも羅生門の鬼と茨木童子は「よく同一視される人物」で、別人らしいのですが、まあそこは創作ということで(ちなみに一条戻橋の話では鬼の名前は出てきません)。
 茨木童子の読みはイバラキだったりイバラギだったりするようです。濁ったほうがモンスターっぽいかな、と思い本作ではイバラギにしています。
 「茨木童子女性説」はわりとあるようですが、「茨木童子淫魔説」はこのお話が初かもしれません(笑)。
 腕を取り返した茨木童子は、民話ではその後、実家に帰った話や、実家に帰ったが追い返された話などがあるそうでなんだかかわいそうです。

 2021.10.20 朔村ナギ
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