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籠る

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アベルが去った後、フィリアは鍵をかけて部屋に閉じこもり水も食事も絶ってしまった。

アベルの優しさが偽りだったと知ってしまったための失意のためである。

消えてしまいたい、心からそう思うほどにフィリアは打ちのめされていた。


何度も侍女が食事を届けに来たが、無視した。

鍵をかけたとはいえ、フィリアの身を案じるなら何らかの方法で扉を無理矢理に開けてきてもいいはず・・・しかし現実には扉の外からの形式的な呼びかけしかなかった。

本気で自分を心配してくれる人間がいないことにフィリアは改めて傷つき、自分が顧みられない存在であることを嘆いた。



閉じこもってから3日目になると、もはやフィリアの意識は朦朧としていた。

肌はかさつき、喉はひきつり、思考は頭の中でモヤのようになってしまって纏まらない。

全身の脱力感に生命の危機を感じながらも、フィリアの心中はどこか穏やかだった。



もうすぐ苦痛も何もない場所に逝ける―――そんなことを思いながらフィリアは微笑む。




そんな時であった。




ドゴンッ!!!

突如響いた轟音。

フィリアは驚いて身を起こした。


ゴンッ!! ガンッ!! ゴンッ!!

何度も何度も轟音が響く。

音源はフィリアの部屋の扉だった。

誰かが扉を蹴破ろうとしている―――とフィリアは気づいた。



ドンッ!! ゴンッ!! ズゴンッ!!

轟音とともに扉がきしむ。

扉の外で何が起こっているのだろうか―――フィリアは、ただ茫然と扉を眺めることしかできなかった。



ガシャアンッッ!!



とうとう衝撃とともに扉の鍵が吹っ飛んだ。

ギギィときしんだ音を立てながら扉が開く。


「どうして、あなたが・・・?」

現れた相手にフィリアは困惑を隠せない。

そこにはアベルが肩で息をしながら立っていた。

「フィリア様・・・3日間、何も口にしていないそうですね。死ぬおつもりですか?」

フィリアは肯定する代わりに目を逸らす。

その様子を見てアベルはフィリアが会話に応じるつもりがないことを理解した。

了承もとらずに部屋に踏み込むと机の上に何かを置いた。

それは水差しと鍋だった。

「俺と話もしたくないというなら構いません。ですが、必要なものは無理やりにでも口にいれてもらいます」

そう言うとアベルは水差しの中身を口に含むと、己の唇をフィリアの唇に勢いよく押し付けた。

「!? ンーーッ!!」

フィリアが拒絶するよりも早くアベルの唇がフィリアの口腔内へと侵入してきた。

アベルの上唇と下唇の間の隙間から3日ぶりの水分が流し込まれる。

吐き出すこともできずに喉に流れ込んできた水を飲みこんだ。

「アベルッ?! あなた一体なにを・・・」

混乱するフィリアに構わず、アベルは鍋の蓋を開けた。

蓋が開くと同時に湯気が立ち上がり、香ばしい麦の香りがフィリアの鼻腔を刺激した。

「厨房に頼んで麦粥を作ってもらってきたのですが・・・どうやら無理矢理食べさせないといけないようですね」

アベルは鍋の中身を掬って自分の口元に持っていく。

口移しで食べさせられる、瞬時にフィリアは悟った。

「ま、待って! お願い、待って!!」

「ご自分で食べますか?」

フィリアは黙り込んだ。

世を儚み命を絶とうとしてここまで空腹に耐えてきたのに、アベルの言いなりになってしまうのは嫌だった。

「ご自分で食べますか?」

「・・・・・・・」

「ご自分で、食べますか?」

「わ、わかったわ、わかったわよ!」

疑問形の皮をかぶったアベルの強制にフィリアは屈した。


よろめきながら椅子に座り、スプーンを受け取ると3日ぶりに食べ物を口に入れた。


心とは裏腹に体は生存本能に忠実だった。

3日ぶりの食事をフィリアは貪るように咀嚼する。

それなりの量があったが食べきるのに10分とかからなかった。

その間アベルは直立不動で微動だにせず、ただフィリアが食事をとる様子を監視していた。


何日かぶりの満腹感と自害に失敗した徒労感でフィリアは脱力し、机の上に突っ伏した。

アベルは食器を片すと、口を開いた。

「フィリア様、昨日、北方の山岳地帯で反乱が起きたとの報せが入りました。今、陛下や帝国軍の幹部が集まって鎮圧の方針を話し合っています」

「・・・そう」

唐突なアベルの発現の意図をフィリアは分かりかね、適当に相槌をした。

反乱とやらがフィリアに何の関係があるというのだろうか?

「俺も騎士として皇帝陛下とともに前線に向かいます。戻れるのは、かなり先のことになるでしょう」

アベルが戦場に行く・・・思わぬ知らせにフィリアの胸の中でえも言われぬ感情が渦を巻いた。

「戻ってきたときには必ず貴女を迎えにここに来ます・・・ですから、それまでご健勝でいてください。どうか、お願いします」

そしてアベルは深々と頭を下げた。

フィリアには何故アベルが自分に頭を下げてくるのか、そして何故健勝でいろというのか、さっぱり分からない。

しかし、静かな口調に込められた気迫にフィリアはたじろぎ思わずうなずいてしまった。

フィリアが首を縦に振るのを確認したアベルは何も言わずに去ってしまった。

その後、フィリアが食事を拒むことはなくなった。
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