上 下
12 / 24

迫る

しおりを挟む
それから、どうやって部屋に戻ったのかは分からない。

気が付くとフィリアはベッドに顔をうずめていた。

全てが嫌だった。

物心ついたときから疎まれ続け、否応なく嫁がされた先でようやく見つけた恋。

それすらも偽りだった。

悲しいのに涙は出ない。ただ虚無感だけが全身に満ちていた。



コンコンコンッ!



ノックの音に身を起こす。

「フィリア様、まだ起きていらっしゃいますか?」

アベルの声がしてハッと顔を上げた。

「フィリア様、いらっしゃらないんですか?」

フィリアは迷った。

(どうすればいいのかしら?)

この親し気な声も皇帝の差し金であることを隠すためのカモフラージュに過ぎないことを知ってしまったのに。

数舜フィリアは逡巡したが、結局は立ち上がり扉に向かう。

相手が諦めるまで無視したっていいはずなのに、拒絶することはできなかった。

アベルが部屋の中に入ってくる。

「すみません、遅くなってしまって」

いつも通りの屈託の無い笑顔のアベルだった。

約束通り、手には葡萄酒のビンを携えている。

つい先ほどまでだったら、これが心からの表情だと信じられた。

「気にしなくていいわ。それにしても、どうして遅くなったの?」

「えっと、ちょっと酔っ払いの相手に手間取っちゃいまして」

(酔っ払いの相手、ね)

その言葉が嘘でないことをフィリアは知っている。

「そう、それは大変だったわね。さあ入って頂戴」

アベルは部屋に入ると2つのグラスに赤いワインを注ぎ、片方をフィリアに差し出した。

「ありがとう、アベル」

それからフィリアとアベルはしばらくの間、他愛もない話をして過ごした。

もっとも多くの時間を狭い部屋の中で過ごすフィリアに話せることはないから、もっぱらアベルが話してフィリアが聞き手にまわった。

騎士団での訓練のこと、巷で人気になっている店の料理のこと。

出かけることのないフィリアの気晴らしになるように考えて選んでいるのだろう、話題は全て宮殿の外でのことについてだった。

それを嬉しく思いながらも、さっき聞いてしまった皇帝とアベルの会話がフィリアの頭の中でシコリとなって疼き続けている。

そしてシコリは何時の間にか、小さな火種になっていた。

「あなたは優しいわね、アベル」

ふと、フィリアが声を漏らした。

「そんなことはありませんよ。騎士として当たり前のことをやっているだけですから、気にしないでください」

「そうよね、当り前よね・・・あなたは騎士なんだから、陛下の命令に従うのは当然のことよね?」

皮肉めいた口調で言ってやるとアベルがきょとんとした表情を浮かべた。

少し遠回し過ぎたらしい。

だからフィリアは端的に言ってしまうことにした。

「私、知ってるのよ。あなたが皇帝陛下の命令で私を篭絡しようとしてたってこと」

笑顔から一転、アベルの表情が凍り付く。

「どうして、それを・・・?」

アベルの問いを無視して、フィリアはゆらりと立ち上がった。

「別にいいわよ? どうせ皇帝陛下に愛されることもないだろうから貴方としてみるってのも悪くはないわね」

いつのまにかフィリアが幽鬼のような陰鬱で剣呑な雰囲気をまとっていた。

それに気圧されて、椅子に座ったまま後ずさろうとしたアベルがバランスを崩して後ろに倒れる。

床に尻もちをついたアベルに覆いかぶさるようにしてフィリアがしゃがみこんだ。

アベルの青い瞳には恐怖が浮かび上がっている。


その光景にフィリアの中で暗い熱情が燃え上がる。

「安心して。座学だけだけど、閨教育は受けてるわ。それなりに気持ちよくできるはずよ」

陰鬱に微笑みながらアベルの太ももの内側を撫でさする。そして衣の上から男性の秘部を撫でさするとアベルが息を呑んだ。

「フィリア様お願いします。やめましょう、こんなこと俺は望んでは・・・」

「別にいいじゃない。私が浮気したという事実を作る・・・それが皇帝陛下からあなたに与えられた命令なのでしょう? なら、このまま2人でしてしまいましょうよ。あなたに初めてを捧げるというのも悪い話ではないわ」

震えるアベルの声を無視して、フィリアはゆっくりと頭を降下させていった。

その先には怯えたアベルの顔。

2人の唇と唇が徐々に接近していく。

互いが互いの息遣いを感じられるほどに近づき・・・

「キャアッ!?」

唐突に胸部に衝撃が加わり、フィリアは後ろ向きのまま倒れこんだ。

胸に手を当てながら顔を上げ、こちら向けられたアベルの掌を見て、フィリアは自分が突き飛ばされたのだと理解する。

一方アベルはすぐに立ち上がると、フィリアに一瞥することもなくきびすを返して逃げ去った。

1人残されたフィリアは床に寝ころんだまま、力なく天を仰ぎ見る。


ドオン! ドオン! ドオン!

その時、遠くから人々の歓声とともに大砲の音がフィリアの耳に届いた。

それは新年を告げる祝砲だった。

「惨めね・・・」

祖国では生まれた時から疎まれてきた。

そして体のいい厄介払いとし嫁がされた先でようやく見つけたと思った愛は、最初から仕組まれた偽りのもの。

「うっ、うっ、うう~~っ!」

涙をこらえることも忘れて泣きながら、フィリアは新たな年を迎えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

やっかいな幼なじみは御免です!

神楽ゆきな
恋愛
有名な3人組がいた。 アリス・マイヤーズ子爵令嬢に、マーティ・エドウィン男爵令息、それからシェイマス・パウエル伯爵令息である。 整った顔立ちに、豊かな金髪の彼らは幼なじみ。 いつも皆の注目の的だった。 ネリー・ディアス伯爵令嬢ももちろん、遠巻きに彼らを見ていた側だったのだが、ある日突然マーティとの婚約が決まってしまう。 それからアリスとシェイマスの婚約も。 家の為の政略結婚だと割り切って、適度に仲良くなればいい、と思っていたネリーだったが…… 「ねえねえ、マーティ!聞いてるー?」 マーティといると必ず割り込んでくるアリスのせいで、積もり積もっていくイライラ。 「そんなにイチャイチャしたいなら、あなた達が婚約すれば良かったじゃない!」 なんて、口には出さないけど……はあ……。

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

【完結】ダメな私、こんな人生もありだよね?

青井 海
恋愛
奥手な私は、穏やかで話しやすい人が好き。 失敗を重ねながら新たな恋を経験していく。 しかしダメっぷりはいつまで経っても変わらない。 私って見る目がないのかな…… こんな人生もありだよね? 私は私の好きに生きる。 中学生から社会人まで。 進路に関する話やストーカー的な表現あり。 ※番外編を追加しました。

国護りの力を持っていましたが、王子は私を嫌っているみたいです

四季
恋愛
南から逃げてきたアネイシアは、『国護りの力』と呼ばれている特殊な力が宿っていると告げられ、丁重にもてなされることとなる。そして、国王が決めた相手である王子ザルベーと婚約したのだが、国王が亡くなってしまって……。

【完結】いわくつき氷の貴公子は妻を愛せない?

白雨 音
恋愛
婚約間近だった彼を親友に取られ、傷心していた男爵令嬢アリエルに、 新たな縁談が持ち上がった。 相手は伯爵子息のイレール。彼は妻から「白い結婚だった」と暴露され、 結婚を無効された事で、界隈で噂になっていた。 「結婚しても君を抱く事は無い」と宣言されるも、その距離感がアリエルには救いに思えた。 結婚式の日、招待されなかった自称魔女の大叔母が現れ、「この結婚は呪われるよ!」と言い放った。 時が経つ程に、アリエルはイレールとの関係を良いものにしようと思える様になるが、 肝心のイレールから拒否されてしまう。 気落ちするアリエルの元に、大叔母が現れ、取引を持ち掛けてきた___  異世界恋愛☆短編(全11話) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

処理中です...