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食事

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もう何度目だろうか、フィリアはグウグウ鳴るお腹をなだめるようにさする。

モールド王国からサドゥーク帝国に嫁いできて約1か月が経過した、6月のこと。

さっそく食事の配膳が不規則になってしまった。

朝昼晩と1日3回食事が運ばれてきたのは5月の終わりまで。

6月に入ってすぐに配膳は時間通りに来なくなり、とうとう今日は日が沈んで夜になっても朝食が運ばれてくる気配はない。


モールド王国にいたころも意地悪で食事を抜かれたりしたことはあったから慣れている。

いっそのこと厨房に行って文句をつけようかとも思ったが、今までの経験上嘲笑とともに軽くあしらわれるだけだろうと思いやめてしまった。

そもそも、この広い宮殿のどこが厨房なのかすらフィリアには分からない。

ここは大人しくしているとしよう、とフィリアは決めた。

仮にも皇帝の側妃を本当に飢え死にさせるとは考えにくい。

しばらく耐えていれば向こうが飽きてくれるだろうという計算がフィリアにはあった。


眠気が空腹を上回るまでじっとしていようとベッドの上で仰向けに寝転ぶ。

天井を見つめながら時が過ぎるのを待っていると、だんだんと眠気が空腹を上回っていき、全身を心地よい鈍重さが満たしていく。


・・・もう間もなく眠りに落ちていける、そうフィリアが思った時だった。


コンコンコンッ!


ノックの音でフィリアは目を覚ました。

時刻は真夜中に近い時間帯だった。

「今、行きますわ」

ようやく夢の世界に逃避できるところで邪魔されたフィリアは眠気と空腹感の混ざった怠さと、訪問者への苛立ちを引きずりながら扉を開けた。

「フィリア様、夜分失礼します」

「アベル? どうしてここに・・・」

そこに立っていたのはアベルだった。

「その・・・俺の勘違いだったら申し訳ないのですが・・・食事が運ばれてきていないんじゃありませんか?」

「どうして、それを・・・」

フィリアの回答を聞き終わる前にアベルは状況を理解した。

「やっぱり! 厨房に1人分の食事が残されてて・・・もしかしてフィリア様の分じゃないかと思って持ってきたんです!」

アベルは片手に持っていた籠を差し出してきた。

覆いの布をとるとフィリアのもとに運ばれていたはずの食事が入っていた。

「ありがとうアベル、わざわざ届けに来てくれるのね」

フィリアはアベルから籠を受け取った。

「フィリア様が食べ終わるまで部屋の外で待機していますので、食べ終わったら教えてください」

「え? そんなの悪いわ。アベルも入ってらっしゃいよ。座る場所くらいはあるから」

「よろしいのですか?」

遠慮するアベルをフィリアは部屋に招き入れる。

せっかく食事を持ってきてくれた相手を廊下で立たせて待たせるのはフィリアの良心に反することだった。

机と椅子は1つずつしか無いことに遅まきながら気づいたフィリアはアベルをベッドに腰かけさせると、自分は椅子に腰かけて1日ぶりの食事にありつく。

食べながらさりげなく視線をやるとアベルは気まずそうな表情を浮かべている。

その表情からフィリアは罪悪感と同情を読み取る。

「ねえアベル、あなたが気にすることなんてないのよ」

食べながら喋るフィリアへの返答はなかった。

アベルは自身の管轄外のことであるはずのフィリアの食事の配膳の不手際に責任を感じていて、なんと返事をすればいいのか迷っているようだった。

「これくらいは慣れてるから、どうってことないわ。貴方に気もみさせる方が辛いから、どうか気にしないでちょうだい」

「フィリア様・・・もしかして今回だけじゃなかったんですか?」

アベルが眉をひそめた。

しまった・・・フィリアは自身のうかつさに気づく。

アベルが知っているのは、今日のぶんの食事が運ばれていないことまで。

なのにフィリアは期せずして、『これくらいは慣れてる』と・・・つまりはフィリアが食事を抜かれることに慣れているのだと明かしてしまった。

アベルの心の負担を軽くするつもりだったのに、むしろ心配させてしまっている。

「大丈夫よアベル。本当に大丈夫だから」

「フィリア様・・・申し訳ありません、気を使わせてしまって・・・」

フィリアの強がりに、アベルは謝罪で応じる。

結局アベルの表情が晴れることはなかった。

食事は終わり、アベルが去る時が来た。

「ありがとう、おかげでぐっすり眠れるわ」

「フィリア様、また様子を見に来ます。どうか気を落とさないでください」

「ええ、ありがとう」

一礼してアベルは去り、フィリアはまた1人になった。

後日、アベルが厨房の使用人たちに言い含めてくれたようで食事の配膳は多少改善された。

そして、言葉のとおり、律儀にもアベルは時折フィリアのもとを訪れてくれるようになった。

食事がきちんと届けられるようになったことよりも、アベルが来てくれるようになったことの方が不思議と嬉しく感じるフィリアであった。
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