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5章 僕と新谷坂高校の怪談 ~昇降口の追いかける足音~
6月8日 (3) 頭がおかしい僕へのお礼
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「あぁもう。失敗しちゃった」
落下した衝撃で少しくらくらする。上を見上げると、『外骨格』の足が見えた。『外骨格』の足は銀色の液体じゃなくて、普通の人間の足になっていた。
「わかった。諦める」
「諦める? 本当に?」
「失敗してもう君に入れなくなったから。ああ残念だな」
『外骨格』はひどく残念な表情を浮かべていた。
あれ? 表情がある。でも、この人は信用できない。
「あぁ、そんなに睨まないで。もう君の体は使えないから。えっと、説明だっけ」
『外骨格』は天井に指を突き刺して、だらりとぶら下がったまま話を続ける。
彼の本体は液状だから、この世界のように地上を生活の場とする世界では、本体を守るための外骨格を装備する。
通常であれば外骨格を装備した状態で次の世界に渡り、渡った瞬間に外骨格がその世界で適切な形状に固定される。これは外骨格の破損等によって不測の事態で外に本体が飛び出す危険を防止するためと、この世界に順応するための存在の登録に必要だそうだ。
ところが『外骨格』は世界を渡る瞬間に事故でバラバラになって、その状態で世界を渡り、全てのパーツがそろわないから固定が不十分だった。そこでパーツを揃えるために足を捕まえようとした。
きちんと固定できるまでは、外骨格の機能は使えるけれども十全ではなく、仮の外装という扱いになっている。
さっき僕が足を捕まえたとき、位置データと共に、現在の僕の足の状態、運動データも送られたらしい。
それで『外骨格』はその性能に驚いた。外骨格は強度は高いけど柔軟性と拡張性に欠ける。その点、僕のような内骨格は、強度という点には不足はあっても、大きさを拡張できるし筋肉と骨格の機構を利用して様々な動きも可能。
だから僕の体を乗っ取って、ところどころ余裕を持たせた上で外骨格をまとえば柔軟さを兼ね備えた素晴らしい肉体を手に入れられると考えたらしい。
「この間の子は中身がつまってて全然入る感じがなかったんだけど、君はなんだかとてもすんなり入れたから、とてもいいと思って」
やっぱり2年女子の怪我も『外骨格』の仕業なのか。
よく考えたら『外骨格』の足は足だから手のあざはつかないもんな。
「でも、その場合、僕は死んじゃうんじゃない?」
「死んじゃう? 操作が俺に変わるだけだし、寿命はかえって伸びると思うよ」
脳や神経系統を『外骨格』の本体に互換するらしい。ようは、僕の脳の機能は消失する。
それ僕は死んじゃうってことなんじゃないの?
それとも生きていても体全然動かせなくなるってこと?
それってたいしたことじゃないことなの?
「あなたは大したことないみたいにいうけど、それは僕にとってすごく困るんだ」
「まぁ、困るだろうと思ったから勝手にやろうとした点は、悪かったなと思ってるよ。ごめん」
軽過ぎるよ……。
やっぱり体の構造が違うと考え方が全然違う……。
「それで、僕の体が使えなくなったっていうのは?」
「ああ、俺はもうこの外装でこの世界で固定と登録がされちゃったから、違う体を使うことはできないんだ。変えちゃうと、他の世界に渡れなくなるし。でもなんか変なんだよね。普通、外装の固定化はこちらからセンターに連絡しないとできないのに、回収した足に触ると固定化しちゃった。やっぱり不具合があるのかな?」
勝手に……? そういえば僕の足も勝手に動いた。
そうすると、『外骨格』の足が守ってくれたのかな。ありがとう、足。
「でも固定化のおかげで外装の機能が全部使えるようになった、こんなふうに」
『外骨格』はにこにこしながら涙と鼻水を垂らす。なんだかよくわからなくて怖い。
「そんなわけで、もう君の体をねらったりしないから。あと……勝手なお願いで申し訳ないけど、できれば君の足から俺の本体を回収したい。もちろん俺も君の体を奪おうとしたんだから、嫌っていうなら諦めるけど」
『外骨格』は申し訳なさそうに言う。
本体なのに帰ってこなくてもいいのかな。やっぱりなんか、常識が違う……。
僕の骨の中にいる彼の本体。そのせいで僕の足はとても性能がいい。オリンピックなんて目じゃないくらい。
でも僕は僕のままでいたい。それに結局、僕は体を奪われなかったし。
『外骨格』も足りないと多分困るよね。ひょっとしたら困らないのかな。
「いいよ、返すよ」
「返してくれるの? 本当に?」
「でも、本当に僕に何もしないんだよね?」
「もちろん何もしないよ。というか、しようがないから。ありがとう。うれしい」
『外骨格』は奇麗な白い歯を見せて僕に笑いかける。表情があるとますます人っぽくて混乱する。警戒心をつなぎ止めるのに努力がたくさん必要。
一応『外骨格』の理屈には納得できた。
本体を返す時に間違って封印に落としちゃ困るから、ということで、井戸の外に出て返すことにした。警戒しながら封印のふたから出たけど、『外骨格』は僕の警戒なんてちっとも気にしていないようで、バキバキと音を立てながら、やっぱり雲梯を渡るようにさっさと天井を進んで、そのまま井戸の壁を登って外に出て行った。
その後ろ姿を追いかける。井戸は飛び降りる時は一瞬だったけど、さすがに『外骨格』の性能でも一足で10メートルを登ることはできない。前と同じように井戸の内壁に両手足をかけて登ったけど、『外骨格』の足のせいか、以前と比べて上りきるのが格段に早かった。
鳥居の下の石段に座り『外骨格』はそれより何段が下の石段に跪いて僕の左膝と右足首に触れる。
昨日の痛みを思い出して思わず体が硬直したけど、昨日と逆で最初に足の感覚が全て喪失し、そのしばらく後左膝の脇と右くるぶしにぷつっと穴が開く音がして、『外骨格』の銀色の本体がにじみ出てきた。
「ふぅ、回収できた。ありがとう。痛みは大丈夫だった? 痛くないようにしたつもりだけど」
「痛くはなかった。まだ痺れてるけど」
彼は右手首をポキッと折って、そのすき間から本体を収納する。
「そう、よかった。ええと、それでお礼だけど、どうしようかな」
「お礼?」
「うん、昨日約束したでしょう? 希望はある?」
彼は僕の隣の石段に座り直して僕に尋ねる。
「急に言われても、思いつかないよ」
「まぁ、そうだよね、でも俺もずっと君の近くにいるわけにもいかないし。あ、そうだ」
彼は自分の右足小指をポキリと折り取り、外装部分の幅1センチくらいをピリリと引き裂いた。小指一関節分の外周サイズの、1センチ×5センチくらいの小さな欠片。それを僕に渡して言う。
「この外装をあげるよ。君にも馴染んでいるみたいだから、使えると思う」
「使える?」
「そう、この外装は僕を守るためのものだから結構硬い。その辺のものじゃなかなか貫通しない。あと、簡単な形なら変形できる、けれども外骨格は拡張性がないから、面積はこのままだけど。ああ、君の体やっぱりいいよね、あっ、大丈夫だから、取らないから」
ビクっとする僕に『外骨格』はあわてて取り繕う。
「その外装は、僕に入ったりまざったりはしないもの?」
「しないよ。服みたいなものかな」
そう言って『外骨格』は笑って自分のTシャツを指す。
「それは小指の部分だから、とりあえず小指に巻いて必要な時使って。あ、でも俺がまた世界を渡る時、外装は脱いでいく。その時にはそれも機能が停止するから使えなくなる。その時は勝手にはがれ落ちるから処分して」
足との思い出があるから捨てるのは心苦しいな。僕は欠片を右足の小指に巻きつけると、すぅと小指に同化して見えなくなった。でも、カリカリと端っこを引っかけば簡単にはがれたから着脱は簡単そう。
「君しか外せないから、落としたりなくしたりはしないと思うよ」
「もらった分、減っちゃうけど大丈夫なの?」
「あげたのはほんの少しだからね。まあ少し小指が短くなるだけで問題ない、じゃあ、俺はそろそろ行くよ。もう会うことはないと思うけど、今回は本当に助かった、ありがとう」
「うん、じゃあ、元気で」
『外骨格』は手を複雑に動かすとブゥンという音がして、彼の目の前で空間が裂けた。『外骨格』はその裂け目に足をかけて最後に僕の方を振り返り、にこりとほほえんで裂け目の向こうに消えて行った。
落下した衝撃で少しくらくらする。上を見上げると、『外骨格』の足が見えた。『外骨格』の足は銀色の液体じゃなくて、普通の人間の足になっていた。
「わかった。諦める」
「諦める? 本当に?」
「失敗してもう君に入れなくなったから。ああ残念だな」
『外骨格』はひどく残念な表情を浮かべていた。
あれ? 表情がある。でも、この人は信用できない。
「あぁ、そんなに睨まないで。もう君の体は使えないから。えっと、説明だっけ」
『外骨格』は天井に指を突き刺して、だらりとぶら下がったまま話を続ける。
彼の本体は液状だから、この世界のように地上を生活の場とする世界では、本体を守るための外骨格を装備する。
通常であれば外骨格を装備した状態で次の世界に渡り、渡った瞬間に外骨格がその世界で適切な形状に固定される。これは外骨格の破損等によって不測の事態で外に本体が飛び出す危険を防止するためと、この世界に順応するための存在の登録に必要だそうだ。
ところが『外骨格』は世界を渡る瞬間に事故でバラバラになって、その状態で世界を渡り、全てのパーツがそろわないから固定が不十分だった。そこでパーツを揃えるために足を捕まえようとした。
きちんと固定できるまでは、外骨格の機能は使えるけれども十全ではなく、仮の外装という扱いになっている。
さっき僕が足を捕まえたとき、位置データと共に、現在の僕の足の状態、運動データも送られたらしい。
それで『外骨格』はその性能に驚いた。外骨格は強度は高いけど柔軟性と拡張性に欠ける。その点、僕のような内骨格は、強度という点には不足はあっても、大きさを拡張できるし筋肉と骨格の機構を利用して様々な動きも可能。
だから僕の体を乗っ取って、ところどころ余裕を持たせた上で外骨格をまとえば柔軟さを兼ね備えた素晴らしい肉体を手に入れられると考えたらしい。
「この間の子は中身がつまってて全然入る感じがなかったんだけど、君はなんだかとてもすんなり入れたから、とてもいいと思って」
やっぱり2年女子の怪我も『外骨格』の仕業なのか。
よく考えたら『外骨格』の足は足だから手のあざはつかないもんな。
「でも、その場合、僕は死んじゃうんじゃない?」
「死んじゃう? 操作が俺に変わるだけだし、寿命はかえって伸びると思うよ」
脳や神経系統を『外骨格』の本体に互換するらしい。ようは、僕の脳の機能は消失する。
それ僕は死んじゃうってことなんじゃないの?
それとも生きていても体全然動かせなくなるってこと?
それってたいしたことじゃないことなの?
「あなたは大したことないみたいにいうけど、それは僕にとってすごく困るんだ」
「まぁ、困るだろうと思ったから勝手にやろうとした点は、悪かったなと思ってるよ。ごめん」
軽過ぎるよ……。
やっぱり体の構造が違うと考え方が全然違う……。
「それで、僕の体が使えなくなったっていうのは?」
「ああ、俺はもうこの外装でこの世界で固定と登録がされちゃったから、違う体を使うことはできないんだ。変えちゃうと、他の世界に渡れなくなるし。でもなんか変なんだよね。普通、外装の固定化はこちらからセンターに連絡しないとできないのに、回収した足に触ると固定化しちゃった。やっぱり不具合があるのかな?」
勝手に……? そういえば僕の足も勝手に動いた。
そうすると、『外骨格』の足が守ってくれたのかな。ありがとう、足。
「でも固定化のおかげで外装の機能が全部使えるようになった、こんなふうに」
『外骨格』はにこにこしながら涙と鼻水を垂らす。なんだかよくわからなくて怖い。
「そんなわけで、もう君の体をねらったりしないから。あと……勝手なお願いで申し訳ないけど、できれば君の足から俺の本体を回収したい。もちろん俺も君の体を奪おうとしたんだから、嫌っていうなら諦めるけど」
『外骨格』は申し訳なさそうに言う。
本体なのに帰ってこなくてもいいのかな。やっぱりなんか、常識が違う……。
僕の骨の中にいる彼の本体。そのせいで僕の足はとても性能がいい。オリンピックなんて目じゃないくらい。
でも僕は僕のままでいたい。それに結局、僕は体を奪われなかったし。
『外骨格』も足りないと多分困るよね。ひょっとしたら困らないのかな。
「いいよ、返すよ」
「返してくれるの? 本当に?」
「でも、本当に僕に何もしないんだよね?」
「もちろん何もしないよ。というか、しようがないから。ありがとう。うれしい」
『外骨格』は奇麗な白い歯を見せて僕に笑いかける。表情があるとますます人っぽくて混乱する。警戒心をつなぎ止めるのに努力がたくさん必要。
一応『外骨格』の理屈には納得できた。
本体を返す時に間違って封印に落としちゃ困るから、ということで、井戸の外に出て返すことにした。警戒しながら封印のふたから出たけど、『外骨格』は僕の警戒なんてちっとも気にしていないようで、バキバキと音を立てながら、やっぱり雲梯を渡るようにさっさと天井を進んで、そのまま井戸の壁を登って外に出て行った。
その後ろ姿を追いかける。井戸は飛び降りる時は一瞬だったけど、さすがに『外骨格』の性能でも一足で10メートルを登ることはできない。前と同じように井戸の内壁に両手足をかけて登ったけど、『外骨格』の足のせいか、以前と比べて上りきるのが格段に早かった。
鳥居の下の石段に座り『外骨格』はそれより何段が下の石段に跪いて僕の左膝と右足首に触れる。
昨日の痛みを思い出して思わず体が硬直したけど、昨日と逆で最初に足の感覚が全て喪失し、そのしばらく後左膝の脇と右くるぶしにぷつっと穴が開く音がして、『外骨格』の銀色の本体がにじみ出てきた。
「ふぅ、回収できた。ありがとう。痛みは大丈夫だった? 痛くないようにしたつもりだけど」
「痛くはなかった。まだ痺れてるけど」
彼は右手首をポキッと折って、そのすき間から本体を収納する。
「そう、よかった。ええと、それでお礼だけど、どうしようかな」
「お礼?」
「うん、昨日約束したでしょう? 希望はある?」
彼は僕の隣の石段に座り直して僕に尋ねる。
「急に言われても、思いつかないよ」
「まぁ、そうだよね、でも俺もずっと君の近くにいるわけにもいかないし。あ、そうだ」
彼は自分の右足小指をポキリと折り取り、外装部分の幅1センチくらいをピリリと引き裂いた。小指一関節分の外周サイズの、1センチ×5センチくらいの小さな欠片。それを僕に渡して言う。
「この外装をあげるよ。君にも馴染んでいるみたいだから、使えると思う」
「使える?」
「そう、この外装は僕を守るためのものだから結構硬い。その辺のものじゃなかなか貫通しない。あと、簡単な形なら変形できる、けれども外骨格は拡張性がないから、面積はこのままだけど。ああ、君の体やっぱりいいよね、あっ、大丈夫だから、取らないから」
ビクっとする僕に『外骨格』はあわてて取り繕う。
「その外装は、僕に入ったりまざったりはしないもの?」
「しないよ。服みたいなものかな」
そう言って『外骨格』は笑って自分のTシャツを指す。
「それは小指の部分だから、とりあえず小指に巻いて必要な時使って。あ、でも俺がまた世界を渡る時、外装は脱いでいく。その時にはそれも機能が停止するから使えなくなる。その時は勝手にはがれ落ちるから処分して」
足との思い出があるから捨てるのは心苦しいな。僕は欠片を右足の小指に巻きつけると、すぅと小指に同化して見えなくなった。でも、カリカリと端っこを引っかけば簡単にはがれたから着脱は簡単そう。
「君しか外せないから、落としたりなくしたりはしないと思うよ」
「もらった分、減っちゃうけど大丈夫なの?」
「あげたのはほんの少しだからね。まあ少し小指が短くなるだけで問題ない、じゃあ、俺はそろそろ行くよ。もう会うことはないと思うけど、今回は本当に助かった、ありがとう」
「うん、じゃあ、元気で」
『外骨格』は手を複雑に動かすとブゥンという音がして、彼の目の前で空間が裂けた。『外骨格』はその裂け目に足をかけて最後に僕の方を振り返り、にこりとほほえんで裂け目の向こうに消えて行った。
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