君と歩いた、ぼくらの怪談 ~新谷坂町の怪異譚~

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4章 僕らと神津市の怪談 ~向日葵のかけらと腕だけ連続殺人事件~

『不運』の疑問

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 僕は新谷坂高校の寮で暮らしている。
 どうしたらいいかと頭を捻りがら騒がしい寮の食堂で晩ご飯をつまんでいると、藤友君が食堂にやってきたから呼び止める。
 藤友君は僕の友達。学校では隣の席。かっこいいけど取っ付きづらい感じがする。でも本当はすごく優しくていい人だ、と思う。そしてすごく運が悪いらしい。
 藤友君もいろんな怪異や変なことに巻き込まれていると聞いた。だから何か一緒に考えてもらえないだろうかと思って。

「藤友君、相談したいことがあるんだ」
「昨日のやつか。ちょっと待ってろ」

 藤友君は少しだけ目を細めて僕に尋ねる。
 すごく話が早い。藤友君は晩ご飯をとってきて目の前に座る。

「おばけが原因だと思うんだけど、手がかりが何も見つけられなくて」

 今日の顛末を話す。
 『腕だけ連続殺人事件』の被害者5人は全員肝試しオフに行ったメンバーで、全部で8人のうちの生き残っている人が3人。その1人がナナオさんの友達。その友達が狙われているなら助けたい。
 でも今日オフ会で集まった廃墟に行ってみたけど何もなかった。他に8人に共通点はなくて手詰まりになっている。何かいい知恵はないかな。
 藤友君は静かにご飯を食べながら相槌もうたずに黙って聞いて、僕が話し終えるとおもむろに口を開く。

「原因からのアプローチだな。結果からはアプローチしたか?」
「結果?」
「そう。殺されるっていう結果が共通しているんだろ。だからその友達ってやつも共通項に当てはまっているかどうかを心配してるんじゃないのか」

 原因から見て無理な場合は結果から見ると共通点が見えるかもしれない、という。
 目からウロコ。結果からなんて考えもしなかった。でも結果って?

「腕が出た場所がある程度わかるなら共通点を調べたらどうだ? ひょっとしたら『殺して回っているやつ』のヒントがわかるかもしれない。目的はその殺人という結果を防ぐことだろう? 殺された状況に何らかの共通点があればそれに該当しないようにすれば避けられるかもしれない」
「藤友君すごい……」

 考えもしなかった発想。
 藤友君は眉を少しだけへの字にして言う。

「お前、いろいろ考えるくせに結構抜けてるよな」

 うう、反論できない。

「他に何か気がついたことがあれば教えて」

 今日見て聞いたことはなるべく詳しく全部話した。
 一通り聞いたあと、藤友君はやっぱりあきれ顔で言う。

「まずはストラップを捨てろ。怪異の気配がするんだろ? なんで持たせてる、少なくとも引き離せ」

 あっそうか。急いでナナオさんにメールを打つ。
 その間、藤友君はしばらく静かに考え込んでいる。口元に手を当てたポーズがなんだかかっこいい。

「なぜ腕を残すんだ?」
「写真のこと?」
「写真は写真で気になるがもっと根本的な話だ」

 根本的?

「腕以外は見つかってない。ということは腕以外は完璧に隠せている、または何らかの方法でその他の部分を処分できているってことだ。普通、腕を隠すより体を隠すほうが大変だ。体をまとめて隠せるなら腕だってそのまま隠せるだろう。腕って肘より先の部分だろ?」

 藤友君は自分の右肘から右手の先までを指し示す。
 確かに『腕だけ隠せない』とは思えない。反対側の腕は隠しているんだし。

「だから犯人が腕を残すのはわざとで何らかの意図がある。情報が足りないから確定はできないが『腕を残す』ことに何かの意味がある」

 腕を残すことの意味……。
 腕、腕。必死で色々頭のなかをかきまわす。

「『くまにゃん』さんのブレスレット?」
「情報が足りないな。その『くまにゃん』が最初の被害者ではないんだろ? そもそもブレスレット自体も特徴的で他のメンバーは持っていない。だとするとブレスレットの有無で被害者を選んでいるわけではない、ように思える。他の被害者も同様に何か特殊なアクセサリーをしていたと仮定しても『くまにゃん』のだけ残すのはおかしい」

 藤友くんは視線をせわしなく机の上で動かしながら続ける。

「写真をアップした奴が犯人だとするならその時点で腕は4本あるはずだ。その4本から最後に切断したものではなく、わざわざひとつ前の3本目ものを選んでアップしたのかな。その場合、腕自体に何らかの意味やメッセージ性があるのかもしれない。まだわからないな。それから向日葵の柄の布?」

 藤友君が小さくつぶやく。
 記者さんがいうには腕は発見時に全て布で包まれていたらしい。それにも何か意味があるのかな。BBSでも『くまにゃん』さんも4本目も布で巻かれてるって書かれてたんだよね。他の腕も布で巻かれていると噂をされていたようだけど。

「それから……入手できるならグループLIMEの履歴を見せろ」
「何かわかるのの?」

 勢い込んで腰を上げる。藤友君は反対に視線を落としてさまよわせる。しばらくして顔を上げて僕を見つめる。

「お前、結構思い込み強いほうだろ」

 えぇ?
 どうかな。あんまり考えたことないけど。
 困惑した僕に構わず藤友君は続ける。

「思うところはあるが話せるほど確証は持てない。間違ってても困るしな。思い込みに足を救われると面倒だ。あと全員の体格の情報があると対策の参考になるのかな」
「体格? どうして」
「そのキモオフ参加者とやらが犯人の場合、体格差が大きければ近寄らないほうがいい。純粋に襲われたら敵わない。まあ複数犯なら意味はないから参考程度だ」
「……聞いてみる。キーロさんは165センチくらいで、ほっそりした人だった」

 それから、と藤友君は言いにくそうに視線を外す。

「この前のことには感謝してる。だからなるべく力になりたいとは思ってる。ただ今回はアドバイス以上のことはできない。俺はひたすら運が悪い……。俺がでしゃばるとその友達ってやつが俺の不運に巻き込まれてかえって危険になる気がして仕方がない」

 この前のって花子さんたちの時のことかな。あの時は藤友君がほとんど全部自分で解決したんだと思うけど。
 運が悪いって聞いてるけどそんなになの?
 いや、いろいろ話は聞いてるけど。

「アドバイスくれるだけで本当に嬉しいんだ、この間も僕は大したことできなかったし、気にしないで。それより藤友君すごいね。僕はそんなこと全然考えてなかったよ」
「……いろいろ考えておかないと死ぬからな」

 藤友君はちょっと嫌そうに頬づえをついて遠い目をする。
 えっ重い。藤友君は顔を上げて隣を向き、ふぅ、と長い息を吐く。

「2人ともなにしてるのー?」

 話に夢中になってて気が付かなかったけど、僕らの隣に坂崎さんが立っていた。
 なんとなく悪の大王感がある。

「これから飯か?」
「そうだよっ」
「じゃあ向こうで食おう。プリンやるから」
「えっほんとっ? いくいく」

 藤友君はデザートだけ残ったお盆を手にとり立ち上がる。
 魚の骨だけ皿の端によせられている。藤友君は食べ方が奇麗だ。

「東矢。行き詰まったら、前提をひっくり返せ。思い込みで間違うことはままある。それから何故こんなことになっているのか、理由を考えるといい」

 理由?
 理由は廃墟探索じゃないのかな。

「あとはそうだなぁ……リスクを取るときはそれが本当に見合うのか考えたほうがいい」
「はーやーくぅ」
「ハイハイ」

 そう言って藤友君は坂崎さんをつれて別の席に向かった。
 坂崎さんに事件がバレないように配慮してくれたんだろう。
 部屋に戻ってすぐにナナオさんに電話をかけて、さっきまでの話をする。
 藤友君が凄いっていう話になって、明日は腕があったと思われる場所を探すことになった。
 キーロさんが被害にあわないためにはどうしたらいいんだろう。
 藤友君は被害の共通点を探せという。

 今のところ手がかりがあるのは3本目の『くまにゃん』さん、4本目の『でりあさんの彼氏』さん、5本目の『神津ペッカー』さん。

 3本目の『くまにゃん』さん。テレビで報道された映像と掲示板の写真を見た人の断片的な情報が検証されて、腕の発見地点は神津の雑居ビルの路地と特定されていた。
 4番目の『でりあさんの彼氏』。掲示板の書き込みから『でりあ』さんがキーロさんを拾ったニ東山のふもとのコンビニの駐車場。
 5番目の『神津ペッカー』さん。LIMEに助けを求めたとき位置情報を残していたしテレビで路地も映ってた。

 そういえば、と藤友君からLIMEを見せてほしいと言われていた。ナナオさんたちが送信しようと奮闘していたけど、電話越しではやり方がわからないみたい。だから明日見せてもらうことにした。
 それからキーロさん以外の人の体格。
 今も生きている2人、『サニー』さんは155センチくらいの小柄な人。『よっち』さんは170センチくらいでとくに痩せても太ってもいなかった普通っぽい人。

 亡くなった人は順番に。
 最初の『みちとし』さんは170センチくらいの少し太った人。次の『でりあ』さんは160センチくらいに見えたけど、底が厚めのスニーカーをはいてたからはっきりとはわからない。1番やせてた。
 3番目の『くまにゃん』さんは165センチくらいのやや細め、その次の『でりあさんの彼氏』さんは175センチくらいで大柄で結構ガタイがいい。最後の『神津ペッカー』さんは180センチくらいあったけど、男にしては線が細くてなんか性格も軽そうな人だった、とのこと。
 そうすると犯人は大柄な男性でも殺せるような存在……か。キーロさんはひとたまりもないだろう。
 
 早速情報を藤友君にメールで飛ばす。
 明日は10時半に神津駅で待ち合わせて『くまにゃん』さんの腕の発見地点から探すことになった。



 その日、妹は自分の代わりにキモオフにでかけたんだ。
 たまたま立ったキモオフの掲示板に初めて参加表明した。けれども後に、抜けられない予定ができた。
 どうしたものかと考えていると、妹が興味深げに話しかけてきた。

 自分も妹も怖いものが好きで、たまに深夜に車で肝試しスポット巡りをしている。
 まあ、公開募集のキモオフだ。それなりに注目は集めている。妹が行くというなら勝手に行くだろうと思ってスレを見せた。
 それが生きた妹を見た最後だった。
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