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4章 僕らと神津市の怪談 ~向日葵のかけらと腕だけ連続殺人事件~
『キーロ』の不安
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翌朝10時、新谷坂駅でナナオさんとキーロさんと待ち合わせしていた。
逆城駅は方角的には新谷坂の真東にある。電車1本でいけるけど辻切中央駅で急行に乗り換えたほうが早くて、それだとだいたい新谷坂駅から3,40分くらいかな。
あれからまだ半日くらいしかたっていないのに、ナナオさんはすでにいろいろ情報を集めていた。
ナナオさんのお兄さんの友達が雑誌記者をしてて、昨晩キーロさんの情報と交換に報道されていない情報を聴き込んだそうだ。
ナナオさんが仕入れてきた未公開情報。
発見された腕はやっぱりDNAが違うから5人分。キモオフ参加者8人のうち連絡がとれるのが3人。嫌なことに人数が一致している。
それからそれぞれの腕は生体反応があって、つまり切断された時に生きていて、どの腕にも共通した人間以外のDNA情報が付着していた。何の動物のDNAかはわからない。
あとは腕は全て布に包まれていたことと警察はキモオフメンバーにはたどり着いていないこと。
とても嫌な予感がする。
春の終わりに僕が出会った『口だけ女』ならこの状況が作り出せる。彼女はおそらく、人を丸のみにできる。犯人が何らかの怪異であれば、実行は可能だと思う。
だからひょっとしたら、廃ホテルに関係する怪異がキモオフ参加者を襲っている、のかも。
だんだんそうとしか思えなくなって来た。
どうすれば逃げられるのだろう。
記者さんからも出頭して警察に保護を求めてはどうだろう、という話も出たたけれど、警察が守ってくれるかはわからないから嫌だって。たしかに原因が怪異の場合。警察でなんとかなるかはわからないし、そもそも現状で何から守ればいいのかわからない。
今のところ全部は憶測で、結局自分で身を守るしか無い、のかも。
そういう話を聞いている間に電車はいつのまにか逆城駅のホームに滑り込む。
なんだかすごく濃い30分。肝心の廃ホテルにたどり着く前に結構消耗した感じ。その間、キーロさんはナナオさんにピッタリくっついてうつむいていた。
そんな話をしながら逆城駅の南口のロータリーに出ると柔らかな日差しが降り注ぐ。逆城の北側は古い町並みで有名で、南側は海水浴場につながっている。だからなのか、逆城の駅舎は結構おしゃれだ。
ここからはバスに乗る。夏休みには結構にぎわうようだけど、今日はまだオフシーズンでバスに並ぶ人も1人しかいない。
問題の『逆城観光ホテル』は、逆城駅から二東山展望台行きのバスに乗って狐坂停留所途中下車して、そこから少し歩いたところにある。がたんがたんと山を登るバスに乗っていると、ふいに木々の切れ目から青い海が見えた。まだ泳ぐには早いだろうけれど、サーフィンをしている人たちが豆粒のように小さく動いている。バスの窓から吹く風は少しの塩の香りをはらんで僕のそばを通り過ぎていく。
今向かっている廃墟のことを考えなければ、とてもよい遠足日和だ。そう思って振り向くと、キーロさんの顔色は相変わらず悪く、僕は風を気持ちよく感じていたことに罪悪感を感じた。ナナオさんは僕の後ろの二人掛けの席で、ずっとキーロさんの肩を抱いていた。
そのうちバスはキキと小さな音を立てて山道を斜めに止まり、僕らは降りる。しばらく左手に海を眺めながら山道を下ると、すぐにざわざわと深緑の藪が茂った道に続く分かれ道が現れた。
藪はしばらく先で林に変わり、さらさらと光の差し込む林の合間を進んでいくと『私有地立ち入り禁止』と書かれたひび割れたカラーコーンが忘れられたようにひっそりと佇み、その先に潮風でもろく傷んだブロックの塀と赤茶に錆びた鉄の門が見え、さらに足を進めると灰色に汚れた白い建物が見えた。
廃墟。
昼の廃墟は初めてだ。夜にナナオさんと一緒に行ったことはあるけど、夜とは全然雰囲気が違う。
『逆城観光ホテル』は闇に紛れることなく僕らの前に堂々と姿を現し、しかも周りの風景と溶け込むことを強く拒んでいる。
大切なところもそうでもないところも何もかもが少しずつ均等に欠けていて、その不確かさがどこか気高くまるで忘れ去られた誰かの大切な思い出のようで。妙に幻じみていで触れるとすぐに壊れてしまいそうで、断りなく立ち入るのはためらわれる。そんな存在の危うさ。
「ボッチーさんも廃墟好きな人?」
「ボッチー、ぼんやりしてないでとっとと入るぞ」
両耳に聞こえた正反対の言葉で我にかえる。そうだ、僕はここを調べに来たんだった。でも、キーロさんのいう『廃虚』も僕はひょっとしたら好きかもしれない。なんだか不思議な特別な気分でホテルに足を踏み入れた。
キーロさんから聞いていた通り、ホテル入口のガラスは完全に割れて床に散らばっていた。持ってきた軍手をはめてフレームだけのドアを押す。ロビーの床は割れガラスの他にも木の破片やゴミが散らばっている。
これはスニーカーとかじゃないと無理だよね。
「『神津ペッカー』さんはかっこいいサンダルで来たんだよ?」
ふふ、と笑いながらキーロさんは言う。
それは無謀な。『神津ペッカー』さんはこういう探検は初めてなんだろう。
「ボッチー、変なところあるか?」
「とりあえず、変な感じはしないと思う」
緊張した声が走る。ナナオさんが言う『変なところ』っていうのは怪異の残滓だ。そう言われて改めて見回してみたけど新谷坂の怪異の気配は見当たらなかった。
キーロさんはほっと息をつく。
ナナオさんは僕が新谷坂の封印を解いた時に一緒にいた。だから僕と封印の関係と、僕が新谷坂の怪異を見つけられることを断片的に知っている。
キモオフの日の足取りに従って調査を開始する。ロビーを出て1つずつ順番に部屋を巡る。キーロさんは元気とはいえないものの少し調子を取り戻し、ナナオさんは心なしかワクワクしていた。
注意深く壊されたところがないか見て回る。破損や落書きは散見されたけど、どれも自然に壊れたか、壊されたとしても昔のもののように思えた。ナナオさんがいろんな場所を突っつこうとするのを止めたりもした。
色々なものが散らかった人のいない荒れた客室や厨房。そこは時間に無理やり侵食されて抵抗もできずに壊れ崩れる将来の姿を思い起こさせ、どこか背徳的な感じがした。
最後に屋上に上がると白い雲のたなびく空と海が晴れ渡り、その風景は先ほどバスで見たより鮮やかで海から吹く強い風が僕らの髪を吹き飛ばした。僕は振り返ってキーロさんと向かい合う。
「このホテルにおかしなものは何もない、と思う」
キーロさんはようやく小さく微笑んだ。キーロさんの明るい髪は、この空と風によく似合っている。
でもそうすると、この廃墟には結局手掛かりはなかったことになる。スタートに戻ってしまった。
キモオフメンバーが襲われているのだとしたら一体何の仕業だろう。何が原因なんだろう。
明るい初夏の日差しを浴びながら、僕らは途方に暮れた。
帰りのバスの中で問いかける。
「ホテルが関係ないとしたら、他に何か共通するところは思い浮かぶ?」
「わからない……。LIMEでグループは作ったけど『でりあさんの彼氏』さんは入ってないし。どこかで肝試しスポットが被ったのかもとか思ったけど、やっぱり『神津ペッカー』さんは他に肝試しするタイプじゃなさそうだし。全然思いつかない」
「廃墟の雰囲気は夜と昼とで変わらない?」
「うーん、夜は暗くて少し怖かったかもしれないけど、そのくらいで他は特には……」
キーロさんは眉をよせている。原因はどこにあるんだろう。
途方にくれた僕らは、とりあえず今夜一晩考えなおそうということになった。今日は昨日と反対でキーロさんの家にナナオさんが泊まることになったようだ。
明日は日曜日。だからまだ動ける。今日の夜か明日の朝に方針を決めることにした。
◇
薄暗い路地で目の前にぽとりと腕が落ちてくるのを見ていた。
これは復讐だ。
せいぜい恐怖してから死んで行っただろうか? せいぜい苦しんだだろうか?
これで3人目だ。死んでしまえばもう興味はない。腕自体にはなんの感慨も湧きはしないが、残せば役に立つかもしれない。
目の前には1本の腕がある。まだ十分に暖かく、ぎざぎざの断面からは赤い血が滴り落ちている。
復讐の記念に腕に布を巻きつける。
慎重に、外れないように。
そうだ。今日はブレスレットを残しておこう。他の奴らにもメッセージは伝わるだろうか?
誰も逃すつもりはない。
まだ残りは多い。
背後ではぞりぞりと這いずる音と、咀嚼音が続いている。
次の計画をたてよう。
逆城駅は方角的には新谷坂の真東にある。電車1本でいけるけど辻切中央駅で急行に乗り換えたほうが早くて、それだとだいたい新谷坂駅から3,40分くらいかな。
あれからまだ半日くらいしかたっていないのに、ナナオさんはすでにいろいろ情報を集めていた。
ナナオさんのお兄さんの友達が雑誌記者をしてて、昨晩キーロさんの情報と交換に報道されていない情報を聴き込んだそうだ。
ナナオさんが仕入れてきた未公開情報。
発見された腕はやっぱりDNAが違うから5人分。キモオフ参加者8人のうち連絡がとれるのが3人。嫌なことに人数が一致している。
それからそれぞれの腕は生体反応があって、つまり切断された時に生きていて、どの腕にも共通した人間以外のDNA情報が付着していた。何の動物のDNAかはわからない。
あとは腕は全て布に包まれていたことと警察はキモオフメンバーにはたどり着いていないこと。
とても嫌な予感がする。
春の終わりに僕が出会った『口だけ女』ならこの状況が作り出せる。彼女はおそらく、人を丸のみにできる。犯人が何らかの怪異であれば、実行は可能だと思う。
だからひょっとしたら、廃ホテルに関係する怪異がキモオフ参加者を襲っている、のかも。
だんだんそうとしか思えなくなって来た。
どうすれば逃げられるのだろう。
記者さんからも出頭して警察に保護を求めてはどうだろう、という話も出たたけれど、警察が守ってくれるかはわからないから嫌だって。たしかに原因が怪異の場合。警察でなんとかなるかはわからないし、そもそも現状で何から守ればいいのかわからない。
今のところ全部は憶測で、結局自分で身を守るしか無い、のかも。
そういう話を聞いている間に電車はいつのまにか逆城駅のホームに滑り込む。
なんだかすごく濃い30分。肝心の廃ホテルにたどり着く前に結構消耗した感じ。その間、キーロさんはナナオさんにピッタリくっついてうつむいていた。
そんな話をしながら逆城駅の南口のロータリーに出ると柔らかな日差しが降り注ぐ。逆城の北側は古い町並みで有名で、南側は海水浴場につながっている。だからなのか、逆城の駅舎は結構おしゃれだ。
ここからはバスに乗る。夏休みには結構にぎわうようだけど、今日はまだオフシーズンでバスに並ぶ人も1人しかいない。
問題の『逆城観光ホテル』は、逆城駅から二東山展望台行きのバスに乗って狐坂停留所途中下車して、そこから少し歩いたところにある。がたんがたんと山を登るバスに乗っていると、ふいに木々の切れ目から青い海が見えた。まだ泳ぐには早いだろうけれど、サーフィンをしている人たちが豆粒のように小さく動いている。バスの窓から吹く風は少しの塩の香りをはらんで僕のそばを通り過ぎていく。
今向かっている廃墟のことを考えなければ、とてもよい遠足日和だ。そう思って振り向くと、キーロさんの顔色は相変わらず悪く、僕は風を気持ちよく感じていたことに罪悪感を感じた。ナナオさんは僕の後ろの二人掛けの席で、ずっとキーロさんの肩を抱いていた。
そのうちバスはキキと小さな音を立てて山道を斜めに止まり、僕らは降りる。しばらく左手に海を眺めながら山道を下ると、すぐにざわざわと深緑の藪が茂った道に続く分かれ道が現れた。
藪はしばらく先で林に変わり、さらさらと光の差し込む林の合間を進んでいくと『私有地立ち入り禁止』と書かれたひび割れたカラーコーンが忘れられたようにひっそりと佇み、その先に潮風でもろく傷んだブロックの塀と赤茶に錆びた鉄の門が見え、さらに足を進めると灰色に汚れた白い建物が見えた。
廃墟。
昼の廃墟は初めてだ。夜にナナオさんと一緒に行ったことはあるけど、夜とは全然雰囲気が違う。
『逆城観光ホテル』は闇に紛れることなく僕らの前に堂々と姿を現し、しかも周りの風景と溶け込むことを強く拒んでいる。
大切なところもそうでもないところも何もかもが少しずつ均等に欠けていて、その不確かさがどこか気高くまるで忘れ去られた誰かの大切な思い出のようで。妙に幻じみていで触れるとすぐに壊れてしまいそうで、断りなく立ち入るのはためらわれる。そんな存在の危うさ。
「ボッチーさんも廃墟好きな人?」
「ボッチー、ぼんやりしてないでとっとと入るぞ」
両耳に聞こえた正反対の言葉で我にかえる。そうだ、僕はここを調べに来たんだった。でも、キーロさんのいう『廃虚』も僕はひょっとしたら好きかもしれない。なんだか不思議な特別な気分でホテルに足を踏み入れた。
キーロさんから聞いていた通り、ホテル入口のガラスは完全に割れて床に散らばっていた。持ってきた軍手をはめてフレームだけのドアを押す。ロビーの床は割れガラスの他にも木の破片やゴミが散らばっている。
これはスニーカーとかじゃないと無理だよね。
「『神津ペッカー』さんはかっこいいサンダルで来たんだよ?」
ふふ、と笑いながらキーロさんは言う。
それは無謀な。『神津ペッカー』さんはこういう探検は初めてなんだろう。
「ボッチー、変なところあるか?」
「とりあえず、変な感じはしないと思う」
緊張した声が走る。ナナオさんが言う『変なところ』っていうのは怪異の残滓だ。そう言われて改めて見回してみたけど新谷坂の怪異の気配は見当たらなかった。
キーロさんはほっと息をつく。
ナナオさんは僕が新谷坂の封印を解いた時に一緒にいた。だから僕と封印の関係と、僕が新谷坂の怪異を見つけられることを断片的に知っている。
キモオフの日の足取りに従って調査を開始する。ロビーを出て1つずつ順番に部屋を巡る。キーロさんは元気とはいえないものの少し調子を取り戻し、ナナオさんは心なしかワクワクしていた。
注意深く壊されたところがないか見て回る。破損や落書きは散見されたけど、どれも自然に壊れたか、壊されたとしても昔のもののように思えた。ナナオさんがいろんな場所を突っつこうとするのを止めたりもした。
色々なものが散らかった人のいない荒れた客室や厨房。そこは時間に無理やり侵食されて抵抗もできずに壊れ崩れる将来の姿を思い起こさせ、どこか背徳的な感じがした。
最後に屋上に上がると白い雲のたなびく空と海が晴れ渡り、その風景は先ほどバスで見たより鮮やかで海から吹く強い風が僕らの髪を吹き飛ばした。僕は振り返ってキーロさんと向かい合う。
「このホテルにおかしなものは何もない、と思う」
キーロさんはようやく小さく微笑んだ。キーロさんの明るい髪は、この空と風によく似合っている。
でもそうすると、この廃墟には結局手掛かりはなかったことになる。スタートに戻ってしまった。
キモオフメンバーが襲われているのだとしたら一体何の仕業だろう。何が原因なんだろう。
明るい初夏の日差しを浴びながら、僕らは途方に暮れた。
帰りのバスの中で問いかける。
「ホテルが関係ないとしたら、他に何か共通するところは思い浮かぶ?」
「わからない……。LIMEでグループは作ったけど『でりあさんの彼氏』さんは入ってないし。どこかで肝試しスポットが被ったのかもとか思ったけど、やっぱり『神津ペッカー』さんは他に肝試しするタイプじゃなさそうだし。全然思いつかない」
「廃墟の雰囲気は夜と昼とで変わらない?」
「うーん、夜は暗くて少し怖かったかもしれないけど、そのくらいで他は特には……」
キーロさんは眉をよせている。原因はどこにあるんだろう。
途方にくれた僕らは、とりあえず今夜一晩考えなおそうということになった。今日は昨日と反対でキーロさんの家にナナオさんが泊まることになったようだ。
明日は日曜日。だからまだ動ける。今日の夜か明日の朝に方針を決めることにした。
◇
薄暗い路地で目の前にぽとりと腕が落ちてくるのを見ていた。
これは復讐だ。
せいぜい恐怖してから死んで行っただろうか? せいぜい苦しんだだろうか?
これで3人目だ。死んでしまえばもう興味はない。腕自体にはなんの感慨も湧きはしないが、残せば役に立つかもしれない。
目の前には1本の腕がある。まだ十分に暖かく、ぎざぎざの断面からは赤い血が滴り落ちている。
復讐の記念に腕に布を巻きつける。
慎重に、外れないように。
そうだ。今日はブレスレットを残しておこう。他の奴らにもメッセージは伝わるだろうか?
誰も逃すつもりはない。
まだ残りは多い。
背後ではぞりぞりと這いずる音と、咀嚼音が続いている。
次の計画をたてよう。
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