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2章 僕らと新谷坂高校の怪談 ~恋する花子さん~

ラブレターの結末

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 藤友君は土日の2日間、ずっと入院していた。ようやく会えたのはその翌の月曜に学校に来た時だった。ギプスとかはしてなかったけど、左腕をかばっているように見えて心配になった。
 昇降口に入る藤友君の後ろををこっそりつける。靴箱からピンク色の封筒を取り出して日にかざし、器用に右手だけでさっと開き、目を走らせる。藤友君の眉が少しだけあがり、何とも微妙な表情に変化した。そして振り返った藤友君に見つかった。
「東矢、おまえの仕業か」
「まぁ、入れたのは僕だけど、中身を考えたのは花子さんだよ」
「返事はここに入れれば届くのか」
「手紙を書くなら僕が預かるけど。花子さんに直接返事してもいいと思うけど」
「……花子さんが幽霊なら俺は見えない。けど、放課後返事をしたい」
 幽霊なら見えない……?
 そういえば藤友君は幽霊が見えないって言ってたっけ。
 えっ本当に『見えない』ってだけの意味だったの? 混乱しながら藤友君を追いかけて、ざわめく朝の流れに乗って教室に向かう。

「あの、怪我は大丈夫だったの?」
「手術になった」
「えっ手術? 大丈夫だったの?」
「手にまだ痺れはあるが、大丈夫だ。アンリに適当に祈ってもらう」
「何それ」
 藤友君は右腕で器用に教室の扉をあけてツカツカと坂崎さんに近寄る。
「アンリ、お前のせいで腕をケガしたぞ。痛いし痺れる。治るよう祈れ」
「えっごめん。なおれーなおれー」
 そう言って、坂崎さんは難しい顔をしながら藤友君の左腕の上でおまじないでもかけるようにもぞもぞと手を動かした。
「あの、これって本当に効くの?」
「効いた。大丈夫だ」
 そうすると藤友くんはさっきまで庇っていた腕をひらひらと動かした。
 嘘。本当に⁉︎ 意味がわからない。

 教室での花子さんのお話はこれでお終い。やがてチャイムが鳴っていつもどおりの授業が始まる。
 結局の所、坂崎さんは藤友君が外に出ていることについて何も言わなかったし花子さんのことも聞いたりもしなかった。あんなに邪魔するなって言ったのに。
 坂崎さんはよくわからない。藤友君は、気にしたら負けだ、という。

 休み時間に花子さんから預かったナイフも返す。ちゃんときれいに洗った。何事もなかったように綺麗になった。授業と授業のインターバルは、わいわいと賑やかだ。
「ねぇ腕を刺す以外に他に方法はなかったの」
「大分切羽詰まってたからな。頭の中が次々書き換えられていくような、そんなゆがみを感じた」
 それは僕もなんとなくわかる。
 僕はだんだんと、何故だが花子さんが悪い存在だとは思えなくなっていった。
 あれ? 今も? 藤友君は僕を見ることもなくぼんやりとしながら呟く。
「スマホの電池残量もあったしな」
「ギリギリだったの?」
「多少なら大丈夫だったが、余裕があるとはいえない。それにぎりぎりに試した方法が駄目なら取返しがつかない。可能で可能性が高い方法から試すべきだ」
 藤友君はちらりと僕に視線を移す。それはとても可能性が高い方法とは思えないけど。
「止血が上手くいくよう予め対策はしたんだよ。それに橈骨動脈じゃ草々死にはしないだろうとは思ってたんだ。ここなら即死しないから」
 それはなんだか、言い訳のようにも聞こえた。というか、当然のようにそんなことを話す藤友くんが理解できない。それに神経を損傷すれば腕が動かなくなるかもしれなかったわけでしょう? なんでこれを最初に選ぶのさ。
「もうちょっと何かなかったの」
「お前は他に何か思いつくのか? アンリを説得するなんてやっぱり無理なんだよ。一生閉じこめられるよりマシだろ」
 真面目な顔でそう言われると、二の句が継げない。あの花子さんの中での一生って、どのくらいの長さなんだろう。お腹もすかないし時間の感覚も曖昧で、そう考えれば、やっぱりそれは恐ろしい。
 確かに僕には坂崎さんを説得する自信はない。
 チャイムが鳴って、がたがたと級友が席に戻っていく。この定められた動きもなんだか、都市伝説じみている。
「じゃあ最後。なんで事前に教えてくれなかったの」
「……花子さんに止められそうだったから。でもお前なら救急車呼んでくれそうだと思えたし。俺は運が悪いからな」
 藤友君はものすごく運が悪いらしいから、自分で救急車を呼んだら渋滞とかで来ない可能性があるらしい。この時はなんだそれ、と思った。けれどもこの後も藤友君と付き合ううちに、あまりの不運っぷりにこの言葉に納得することになる。

 昼休み、桜の下で花子さんと話をしながら昼ご飯を食べた。たくさんのさわさわと揺れる青い葉のすき間からたくさんのやわらかい光がこぼれている。
 花子さんに放課後に藤友君と一緒に返事しにくるねと告げると、花子さんは嬉しそうなそして少し不安そうな顔で頷いた。
 僕が花子さんからきいた、彼女の『学校の怪談』はこういう内容。
 彼女は好きな男子にラブレターを書いて靴箱にいれたら、みんなの前で公表されてぼろくそに言われた。その男子にも死ねよと言われ、桜の木で首を吊って自殺した。それで、死んで幽霊になった後もその男の子のことを忘れられず、校庭から探している。

 普通、そこまでされた人をまだ追いかけたいものなのかな。でも、花子さんは新しい好きな人をみつけたわけだ。
 僕と花子さんが一昨日の夜に話し合った作戦は、藤友君に正式にラブレターを出すこと。あまり選べなかったけど、購買でピンクの封筒セットを買って花子さんの言葉を書いた。
『ハルくん、ごめんなさい。
 もういちど、あいたいです。
 とじこめたりしません。』
 短い言葉。でも花子さんの気持ちがたくさんこもっている。花子さんから手紙を渡された時、僕にもそのどきどきが伝染した。少しだけ。
 まだ付き合いは短いけど、僕は藤友君は優しくて酷いことをしない人だと思う、多分。花子さんは藤友君に「結構好き」と言われたとちょっと恥ずかしそうに言う。
『見守るくらいは許してくれないかなぁ』
 それは『学校の怪談』というよりは、どこにでもいそうな女の子のように感じる。でも対人スキルの乏しい僕にはその区別はよくわからない。
 藤友君の返事はわからないけど、もう一度会いたいという花子さんの願いだけは叶いそうだ。
「放課後にまた来るよ」
 そういうと、花子さんは桜の木の下から小さく手を振った。

 そして放課後、僕は藤友君を桜の木に案内する。
 藤友君は少し緊張しているようで首の後ろを擦っていたけれど、意を決したように一歩を踏み出す。
 花子さんはもう藤友君を閉じ込めたりはしない。そもそも閉じ込めてたのはあの怪異の力だし。
 桜の前の花子さんは頬を染めて、緊張しているのか服のすそをにじにじといじりながら待っていた。
 藤友君は少しキョロキョロして、視線を桜の木に向けた。
 微妙に視線が合っていない。本当に見えないのか。
「花子さん、そのへんにいるのか」
「うん」
 花子さんはうなずいてと小さく答えたけれど、藤友君には聞こえていないようだ。
 藤友君は落ち着かなさそうに僕をちらりと振り向く。僕は軽くうなずく。
「手紙を受け取った。残念ながら俺には幽霊は見えないんだ。だから花子さんを見たり一緒に話をしたりはできない。だから、つきあったりできないし、一緒に何かしたりもできない」

 一旦、言葉が切られる。
「それに、見えたとしても、俺と花子さんではいろいろ考え方も違うからうまくいかないと思う」
 花子さんは悲しそうに少し俯いたたけど、しかたがないね、という感じでうなずいた。見えも聞こえも触れもしないなら、どうしようもない、と思う。住む世界も違う。
「……ただまぁ」
 藤友君はそこで一度言葉を切り、花子さんを探すように視線を彷徨わせる。
「それまでの間にたまに会いに来るくらいなら、可能だ。それでもいいなら、俺もたまに会いたい」
 一瞬、花子さんはぽかんと口を小さく開けたあと、桜の花がほころんだような笑顔を浮かべ、ふわりふわりと浮かれるような温かな風が吹いた。
 藤友君は面食らって振り向いて、僕に小さな声で尋ねる。
「東矢、花子さんは嫌がってるのか? その、無責任なことをいってる自覚はあるんだが」
「すごく喜んでるよ」
 僕には花子さんがいまにも藤友君に抱きつきそうな姿がみえている。季節外れの桜が咲きそうな勢い。こうして、花子さんは藤友君を見守る同意を取り付けた。
 この日以降に僕が昼ご飯をたべに屋上に上った時、時々桜の木にもたれて昼ご飯を食べている藤友君を見るようになった。

 そしてその放課後、僕は新谷坂山の井戸の底の封印に来た。
 ポケットから緑の石を出す。僕とのつながりをうっすらとは感じ取れるけれど、なんの反応もない。
「ニヤ、これが今回の『学校の怪談』の原因だと思う。これは一体なんなの?」
「それは災厄のもとだ。それ自体は害をなすものではないが、災厄を集め、かき回し、より巨大な災厄となす。この程度でとどまっていたのは僥倖だ」
 えっこれそんなにヤバいやつなの?
 見ている分には、くすんだ緑の石にしか見えない。
「もっと『学校の怪談』がたくさんあったら危険だったのかな」
「可能性はある。ただ四体にとどまっていたのはサカザキアンリの影響もあるように思える」
 坂崎さん? あの人本当になんなの?
 僕は封印の中に石を投げ入れる。石はなんの抵抗もせず、そのまま沈んでいった。
「これなる返還により、主との縁は解消された。今ここよりは我が封印にて守られる。再び解放されぬ限りは」
「じゃあ後はよろしくね」
 僕は封印に背を向けて、新しい怪異を探しに井戸を後にした。
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